第22話 「戦乙女登場!」

ピアツェンツア王国の北東部にヴィアール辺境伯領と言われる地方がある。


その歴史は古く、現在の中央大陸での最大国家のピアツェンツア王国が建国される前から存在して一時期は共和国として独立していた事もある。


それにピアツェンツア王国の初代国王や5代目国王の英雄ライモンドもヴィアール辺境伯領出身なのだ。


つまる所、モロに王族の一門なのだが、その土地柄の性質のせいなのか歴代の辺境伯は中央権力に全くと言っていい程に興味を示さず辺境伯領に引きこもって独自の勢力を貫き続ける妙な家門だと言える。


又従兄弟の現国王から「そろそろ公爵家になんね?」と言われて断る時の文句が・・・

「嫌だっての、だってマジ社交とかめんどくせぇじゃん?」現ヴィアール家当主の有難いお言葉だ。


そんなヴィアール辺境伯家の長女ファニー・フォン・ヴィアール、13歳。

ヴィアール辺境伯家の血をモロに受け継いだ彼女もご多聞に漏れず変わり者だ。


令嬢が好みそうな物に一切興味を示さずに今日も愛槍を片手に返り血を浴びながら魔物退治に精を出す。


とは言えこれには理由もあるのだが・・・


13歳の少女とは思えない槍捌きで武功を重ねて付いたあだ名が、「戦乙女の英雄」・・・

ファニーの兄アンソニーが厨二病満載の通り名を勝手つけてそれが定着してしまった。


この兄のアンソニーもかなり癖が強い少年だ。


15歳になった時に王命により「王立学園」に入学するはずだったのだが「めんどくさい」の思いだけで難関である司法試験に合格して弁護士事務所の見習いになってしまった。


医師と司法試験に合格すると学校に通わなくても良いとする特例を狙ったのだ。


この王命と言うのは、伯爵家以上の高位貴族の子弟は必ず一度は王都のいずれかの学校に属さないといけないと言うモノだ。


何でこんな王命が出されたかと言うと50年程前の頃は、愛人との子を隠す為になど子供を学校に行かさない高位貴族が多過ぎて、当時、かなり教育熱心だった先代国王がブチ切れて発布された。


子爵家以下の家門や平民に対しては「推奨」する形になっており財政が厳しい場合には「奨励金」や「寮」なども用意されている。

現状では90%近い下位貴族の子弟がこの制度を利用している。


高位貴族と知り合いになるチャンスだからね。


もし高位貴族がこの法令に違反したら結構キツ目のペナルティーが来る。

虐待とかの悪質な場合は降爵や貴族席抹消までありえるのだ。


子供の守る為に一度王家の目の届く所に子供を集めて状況を確認する為の法律だね。

これ自体は良い法律なので現国王も踏襲した形になる。

先代国王の思惑通り不幸な子供が減って来ているのは間違いない。


アンソニーに話しを戻すと弁護士事務所に入って「じゃあ弁護士をやるのか?」と言えば「やらない」のだ。

大半をヴィアール辺境伯領で過ごして弁護士として仕事をしているアリバイ工作の為にたまに王都へ行く感じだ。


王家には最初からバレているが辺境伯領で普通に領運営の仕事をしているので黙認されている。


話しをファニーの方へと戻そう。


ファニーが魔物を狩まくる理由として母のスージィーに「今日は照り焼きにしたいから「ジャイアントベアー」を狩って来て」と毎日狩りのお使いを頼まれるからだ。


そんなお使いを13歳の娘に頼む母も母だが疑問も持たずに受ける娘も娘なのだ。


「やれる奴がやれば良いじゃん」


1200年以上続くヴィアール辺境伯家の唯一の原文そのままの家訓である。

ファニーは自分は魔物を狩れるから狩る・・・この家訓を守っているに過ぎない。


要するにコイツ等の祖先は森の中で狩りをして生計を立ててる気ままな自衛武装集団が大きくなっていつの間にかヴィアール辺境伯家になっちゃったのだ。


産まれ持った遺伝子の影響なのか、貴族らしい生活を嫌い王都とか栄えてる都市に行くのを本能的に嫌がるのだ。


そしてファニーは晩飯調達の為に森へと入ったのだが・・・

調子に乗ってちょっと狩り過ぎた・・・


6体のお肉となったジャイアントベアーを見てため息を一つ付き・・・

「はぁ・・・仕方ないですわ」

よっこらせー!と一番大きなジャイアントベアーを担いで歩き出すファニー。


今日は6往復せねばならない、急がないとお肉がダメになってしまう。


ちなみにジャイアントベアーの体重は平均で800kg程だ。

身体強化魔法の使い手のファニーは1200kgまでの獲物なら問題なく担げるのだ。


「2000kgまでは担げる様になりたいですわ」効率よく2頭担ぎがしたいファニー。


今日は他に予定もないので修行を兼ねて走る事にした。

走る衝撃でジャイアントベアーの死体から血が流れて自分の服を汚しているが気にしない、むしろ血抜きの必要が無くて楽ですわ、とか思っている。


森を抜けて自分の家のヴィアール城塞都市に入ると街中が騒がしい。

いや、この街は年がら年中24時間騒がしいのだが今日は質の違う騒がしさだ。


「何かあったんですの?」

とりあえず顔見知りの衛兵に何があったか聞いて見ると、


「お嬢様おかえりー、って立派なジャイアントベアーだな!

脂が乗っててマジで美味そうだ・・・

ああ!いやね、王家の王太子殿下が視察に来たんだよ」

との返答が返って来た。


「視察?そんな話し誰からも聞いてませんわね・・・

・・・まぁ、わたくしには全然関係ありませんわね」

自国の王子様の訪問に全く興味無しのファニー。マジでどうでも良いのだ。


今日はまだまだ獲物の搬送をせねばならぬのだ!

王子様なんざどうでも良いのだ、そんなモン父と兄が対応するだろう。


そんな訳でえ王子様をアウト・オブ・眼中にして歩き始めるファニー。


「おお!立派なジャイアントベアーですね!」


「今日は照り焼きらしいわよ?」


「マジっすか?!やったぜ!」


衛兵とすれ違う度に声をかけられるファニー。

誰も「お嬢様!私がお持ちします!」とは言わない、これが日常、平常運転だからだ。

のっしのっしと歩くファニー、館に近づくと見慣れぬ一団が居た。


「ああ・・・アレが視察団ですわね」

我関せずと挨拶もせずに横を通り過ぎたファニー。


すると使節団と思しき男達はギョッとした表情になり、一人の少年が走って近寄って来た。


多分、この子が王子様なのだろう。


「大丈夫か?!君!血だらけじゃないか!」

王族らしい金髪碧眼の結構な美少年である。

ちなみにファニーは長い黒髪に青い瞳をしている。


どうやらファニーの服にべっとりと付いた血を怪我と勘違いした様子だ。


「ご心配には及びません、この血は討伐したジャイアントベアーの返り血です。

御心配して頂きありがとうございます・・・お肉の処置を急ぎますので失礼致します」


王子様相手に凄い塩対応だが本当に急いでいるのだ。

森に残してきたジャイアントベアー5体を早く回収して血抜き完璧にしないと鮮度が落ちてしまうのだ。

一応は首チョンパして逆さに吊ってはいるのだが心配なのだ。


「討伐?ジャイアントベアー?君が?!・・・・・うお!」

ここで初めてファニーがジャイアントベアーを担いでいる事に気がついた王子様。


普通は少女よりジャイアントベアーに目が行くはずだが?


《変な人・・・》これが金髪の美少年・・・王太子ヤニックへ対するファニーの第一印象だ。


ヤニックがジャイアントベアーの発見に遅れたのは、もう死骸なので「脅威無し!」と無意識のうちに注意から外したからだ。

目の前の対象に優先順位を付けるのは長い間ずっと地獄の戦場にいた者にしかわからない感覚だ。


そんなヤニック王太子をファニーは「変な人」で片付けてしまって「この人は強いかも知れない?」との考えを完全に排除してしまった。

これは今後ファニーがとんでもない恥ずかしい思いをする原因になる。


ヤニックはファニーから背を向けた状態で匂いだけで「血塗れの人間が居る!」と分かったのだ。

相当鋭敏な感覚の持ち主の実力者であると予想が出来る。


この様に王子が「自分の理想にピッタリの強者」だと知るチャンスは多くあったのだがファニーはジャイアントベアーの事ばかり気にしていて本当の意味での人生に関わる運命の出会いをした事に気が付いていない。


「これは今日の晩御飯です」呆気に取られているヤニックに用途の説明をすると、


「晩御飯?ああそうか・・・ジャイアントベアーなら照り焼きか」


「えっ?」


「ん?いいや?何でも無いよ」

ヤニックは修行と称して師匠のイリスが所有している「イリスダンジョン」でコックの仕事をやらされた事があったのでジャイアントベアーが美味いのを知っている。


「ファニーよ、丁度良いこちらが王太子のヤニック様だ」


《お父様!この忙しいのに余計な事を》とファニーは心の中で「チッ!」と舌打ちした。


紹介された以上は仕方ない挨拶を返さないと非礼に当たる。

「ご紹介に預かりました。ファニー・フォン・ヴィアールです。

王太子様の御前にてこの様な見苦しい姿で申し訳ございませんでした」

見苦しいと言うより「恐ろしい」姿のファニー。


スプラッタが苦手な子息なら卒倒している所である。


「ヤニック・フォン・ピアツェンツェアです。

初めましてよろしくお願いします、ファニー嬢」

しかし普通に挨拶を返すヤニック。


この程度のスプラッタなど見慣れているヤニック、黙示録戦争に参加時は魔族と文字通りの血塗れで死闘を繰り返していたのだ。


こうしてお互い素っ気無い挨拶を済ませて2人は別れた。


ファニーが森に吊るしてある全てのジャイアントベアーを回収している間に、父と母とヤニックとでファニーにとっては恐ろしい密談がされていたとは考えてもいなかった。


そして王太子への歓迎の晩餐会。


血塗れファニーは叔母のトリーに風呂にぶち込まれて丸洗いされて、ちゃんとした令嬢の姿で現れた。


パッと見た感じは、黒髪清楚な貴族令嬢にしか見えない。


ヤニックとファニーの席は離れていたので特に会話などは無く淡々と晩餐会進み・・・

・・・と言うか全員が全員夕飯を一心不乱に貪り食っていた。


ヴィアール独特のルール「飯は早いモン勝ち」のせいだ。

とりあえず腹に飯をぶち込んでおかないと夜中に腹が減って起きてしまって辛いのだ!

「晩餐会」と言うより「夕飯」なのだ。


王太子が参加している晩餐会に不敬極まり無い態度なのだが、ヤニック本人もジャイアントベアーの照り焼きを貪り食っているので文句を言う奴は居ない。


更にヤニックの側近達も照り焼きを貪り食っている・・・おい?お前ら仕事はどうした?


そうしてある程度晩餐会と言う名の夕飯を食い終わるとようやく歓談が始まった。

ある程度話しが進むとファニー父のスティーブン辺境伯が今回の視察の概要の説明を始めた。


「・・・お父様?今なんと?」


「ん?今日の照り焼きは美味いな、と言ったが?」


「違いますよ辺境伯・・・ファニー嬢を私の婚約者候補にしたいと言ったのです」


「・・・正気ですか?殿下?」

これは「血塗れ女を婚約者にしたいって・・・アンタ頭大丈夫?」との意味だ。

一応その辺りの自分はやべぇと言う自覚はあるのだ。


「本気ですよファニー嬢」


「・・・そうですか」


これ以上、王家と辺境伯家が決定した事に対して食い下がる事は言わない。

ファニーも辺境伯家の令嬢だからだ。

今回の婚約話しもご多聞に漏れず政治色がかなり強い話しなんだろうと思った。


しかしマジで王太子と自分が結婚するとは思ってもいなかった。


実際には戦場帰りのヤニックに普通の令嬢では相手にならないだろうと、

戦乙女の異名を持つファニーにでも会わせて見ようか?

と国王と辺境伯が事前に画策した話しなのだが。


ヤニックはファニーが気に入った・・・と言うよりは、血塗れの少女にバトル的な意味で気になったから今回の話しに乗っただけで現時点では好きでも嫌いでもない状態だ。


婚約者候補となってようやくファニーはヤニックを真面目に観察する。


主に武力的な点においてだ。


「残念・・・」


「ん?何が残念なんだい?」


「いえ、もう少し照り焼きが欲しかったな・・・と」


ファニーが頑張って狩って来た6体のジャイアントベアーは腹を空かせた衛兵や雇われ戦士達にあっという間に食い尽くされた・・・イナゴの様な連中である。

熊さん達は食えない内臓以外は骨までダシ取りに使われて消滅した。


人間の食欲恐るべし!である。


さてここでファニーは2回目の重大な失敗をする。


観察したヤニックから気力も魔力も全く感じられなくて「コイツ弱い」と一瞥しただけで安易にヤニックに弱者の烙印を押してしまったのだ。


ファニーが戦乙女と呼ばれて強いと言っても、それはヴィアール地方内での事だ。

「世界の上位クラス」のヤニックの偽装に気がつく事は無かった。

ちゃんと真剣に観察すればヤニックの強さを何となく判別出来たのに関わらずだ。


人から気力も魔力を「全く感じない」など本来は絶対に有り得ない異常事態だ。

明らかに何らかの高度な隠蔽、偽装魔法を使っているのは明白なのにだ。


《まあ実際にわたくしが王太子妃に選ばれるなんて事は無いですわね》

ファニー自身も自分が貴族令嬢らしく無い事くらいは自覚している。


ヤニック王太子様には優しく見目麗しい人と婚約すれば良いとしか思ってない。

自分はこのヴィアール辺境伯領で適当に夫を探して兄のアンソニーの手伝いをしていれば良いとも考えてる。


そしてヤニックの方は・・・《ヤバい!眠くて倒れそうだ!》とにかく今は休みたいのだ!寝たいのだ!



数日前・・・


「父上?!このザマの俺を視察に繰り出すとか鬼ですか?!」


黙示録戦争がようやく終わり傷だらけのボロボロになりながらクルーゼに担がれて北の大陸から長旅を経てようやくピアツェンツア王城に帰還した息子を見て、開口一番の国王のセリフに唖然とするヤニック。


「いやヤニックよ、だからこそヴィアールで休んで来いと言っているのだ。

ここにおっても良いが明日から晩餐会に舞踏会の連続じゃぞ?お前が良いなら良いが・・・」


「はい了解しました!ヴィアールへ行って来ます父上!!」


「すまんがクルーゼもコイツに付き合ってやってはくれぬか?」


「んー?、まあ、良いぜ。俺もさすがに疲れたぜ・・・休ませて貰うぜ」


「向こうのスティーブンには話しは通してあるからな。

気の済むまで休んで来い」


こんな感じにヤニックはヴィアールに寝に来たのだ!

とにかくヤニックは眠いのだ!

この晩から1週間爆睡し続けるヤニック。


「なんて体の弱い王太子・・・」その事をヤニック爆睡の件を担当のメイドから聞いて、また盛大に勘違いしてしまうファニーだった・・・


それから2週間経過して視察に来ていた王太子のヤニックが王城に帰る日がやって来た。

当然、ヤニックとファニーの仲が進展している訳が無い。


ヤニックは客間でほぼ寝ていただけでファニーとは会ってすらいない。


「あの人本当に何しに来たのかしら?」

さすがに寝過ぎじゃね?と思ったファニーだが、スティーブン辺境伯が、

「王太子に干渉は不可、他言も無用」と何故か家人に厳命したのでファニーは客間の近くにも寄れなかった。


「厳命なんて・・・そんな大袈裟な・・・」ファニーはそう思ったが、

客間でヤニックは門外不出、閲覧不可のエルフ式最高レベルの立体魔法陣を展開して損傷した魔力回路の修復を頑張っていたのだ。


この魔法術式は人に見られる訳にはいかないのだ。


「・・・・・」不思議な感覚に囚われているファニー、

何かモヤモヤするのだ。


父親に「ほっとけ」と言われて「そうですか?それはありがとうございます」と言いたいのに何故か無性に無視されていた事にムカつくのだ。


「あんな病弱な王太子なんてどうでも良いのに・・・」

ファニーがムカつく原因は自分がヤニックに一目惚れしていたからだと気付く為には暫くの時間が必要になる。


つまりファニーはヤニックに全然相手をして貰えず凄く寂しかったのだ。


「やっぱり、わたくしはあの王太子の事が嫌いだわ」

恋の事など知らないファニーはムカついた原因をこの様に斜め上の解釈をする。

ここから数年に渡る、ファニー対ヤニックの泥沼の戦いが始まるのだ。


「ありがとうございました辺境伯。おかげ様で何とかなりました」

ある程度は魔導回路の修復に成功したヤニック。

とりあえず極大魔法を使わない限りは大きな支障はなさそうだ。


「困ったらまた来なさい。いつでも歓迎するよ」

ガシっと握手するスティーブンとヤニック、それをファニーは目をほそめて黙って見ている。


「じゃあファニー嬢、今度は「10日後の王立学園」で会いましょう」


「えっ?王立学園って何ですか?」


「あれ?聞いてない?王太子の婚約者候補は王立学園に通う慣例があるんだよ?」


「ええええーーー?!わたくし、そんなの聞いてませんわ!お父様?!」


「あーーー・・・言うの忘れとったわ、すまんファニー」

何ともわざとらしい気配ビンビンのスティーブン辺境伯。


「お父様?!ちゃんと説明して下さいまし!」


「あははははは、向こうで会えるのを楽しみにしてますよファニー嬢」


「ままままま待って下さいまし!わたくしは王立学園に行くなんて・・・きゃん?!」

後ろからお尻を思い切り母のスージィーに抓られたのだ。


《あ・・・これ決定事項なんだ》ようやく悟るファニー。

こうしてヴィアール辺境伯爵令嬢ファニーの王立学園への編入が決まった。


その夜ファニーは部屋の中をクルクルと歩きまわっていた。

イライラしていると言うよりは、困惑しての行動だと言って良い。


「なんでわたくしが王立学園であの王太子に会わないといけませんの?!」

ヤニックに会うと想像すると胸が高鳴って体温が上がるのだ!


「ああーーー!!イライラするーーーー!!」

それをファニーはイライラしていると結論付ける・・・なんでやねん?


本当は恋する乙女が王立学園に行くと愛しい王子様に会えると思い、嬉しくてソワソワしているだけなのだが。


次の日の朝。


「お父様・・・それでいつから、わたくしは王都へ行けばよろしいのですか?」

寝不足で機嫌が悪くブスーと不貞腐れているファニー。


「ん?今日からだが?」ファニーから質問に何と気無しに答えるスティーブン辺境伯。


「はあああ?!」これには驚くファニー!今日?!


「お前は今日、辺境伯領から王都へと向かい、トリーと共に王立学園の寄宿舎へ入るんだ」


「な?な?ななな!

そんなの無理に決まってます!わたくしは何の準備もしてません!」


「だそうだが?スージィー?準備の状況はどうなんだ?」


「全ての荷物の準備は終わって後はファニーがお風呂に入れば終了ですよ?」


「お母様ーーー?!」


そう言えばクローゼットの中の服がえらい少なかった?!

身長が伸びたので、またリメイクに出していると思い込んでいたのだ。


これはファニーの性格を考慮しての父と母の作戦だ。


下手に娘に時間を与えると「やっぱり行きませんわ」

と言うのが目に見えているので問答無用で今日の出発して辺境伯領から強引に放り出す方がこの娘には良いのだ。


裏工作として既に1週間前には先発隊15名が王都に入り寄宿舎でのファニーの部屋の準備をしている。


本当は叔母であり侍女長のトリー女史にも先発して欲しかったが、

ファニーを問答無用で連行する者が必要なのでファニーと一緒に今日出発だ。


「学業の単位は?!絶対に足りてませんわ!わたくしの学力では編入出来ません!」


ファニーの言葉にニヤリと笑うスティーブン辺境伯。

「まっ・・・まさかお父様・・・裏口入学を・・・」


「そんな訳ないだろう!」我が娘の斜め上の思考に思わず笑うスティーブン。


「ファニー・・・3週間前に学校でテストをしたでしょう?」

今度は母親のスージィーが説明を始める。


「えっ?ええ・・・中間テスト?を・・・時期ハズレでしたけど」


「その問題は難しかったですか?」


「えっ?・・・うーん?問題の範囲は広かった様な気がしますがそこまでは・・・」


「それが王立学園の編入試験だったのよ、おめでとう楽勝で編入試験に合格だそうよ?」


「我がヴィアール領の学問のレベルを侮ってはならんぞ!わはははははは!!」


「ふええええ??!!」

まっ・・・まさかこんなに事前から念入りに計画されていた話しだったなんて・・・

ファニーは自分の両親に目眩を覚えた。


しかしファニーも生粋の貴族令嬢・・・みっともなく食い下がる事はしない。

何より父・・・辺境伯家当主からの命令なのだ


「わかりましたわ・・・ファニー・フォン・ヴィアール。

本日これから辺境伯領から王都の王立学園寄宿舎へ向かいますわ」


涼しげな声でそう答えたファニー・・・しかし。

しかしその表情は・・・滅茶苦茶幼児の様に不貞腐れていた。

ブッスーーーーーと、思い切り頬を膨れさせている。


そんな娘を構う事も無く、

「うむ!しっかりとなファニー、頑張れよ」対するスティーブン辺境伯は笑顔で娘を送り出したのだった。


マジで辺境伯領から放り出されたファニー。


付き添いのトリー女史と共に馬車でゴトゴト揺られている。


割と危険な道中なのでイケメンの護衛騎士達・・・では無くて完全武装のヴィアール辺境伯軍の一個連隊、1500名を引き連れての行軍?だ。

ハッキリ言ってゴツくて鬱陶しい。


「もう諦めなさいファニー」


「はあい・・・ううー・・・」ファニーはまだまだ不貞腐れているのだった。


「唸るのはやめなさい」


この1500名の連隊もほぼファニーの逃走防止だ。

この娘なら逃走した次の日に隣国のレストランでウェイトレスをしていても驚かない。

どこに居ても何とか生き残る事が出来るのだ。


と言うのは冗談でファニーの方が「オマケで付いて来ている」だ。


「おーい、魔物が来たぞー」馬車の外から気の抜けた声が聞こえて来る。


「サーベルタイガーじゃんか?コイツ魔物じゃねえよ」


「よしよしどうした?腹減ってんのか?干し肉くうか?」

サーベルタイガーは猫科の動物だ・・・って皆んな知ってるか。


「ああ、アイツらから逃げて来たんだな、ブラックファングウルフの群れだ」


ニャー!ニャーニャー!怯えるサーベルタイガーは見た目そぐわない可愛いらしい声を出して兵士達に助けを求める。


「よしよし、怖かったな」ニャーニャニャー!!


「ようし!アイツらブッ倒して昼飯のおかずだな」

ワオオオオーーーーーンンン!!!!


「おし!いくぞぉ!昼飯!!」


ガキィーン!!ガガン!、キャインキャインキャイン!!ニャー!キィイン!!ニャー!!「おらおらおらーー!!」キャイ~ン!ガウウウ!!!


ええい!めっちゃ外がマジ喧しい!!

そんな大騒ぎを聞きながら「はあぁーーー」ファニーは大きな溜め息をついた。


そして3時間後・・・


「盗賊だー!」そんな声が聞こえて・・・「ええ?!」めっちゃ驚くファニー。


そりゃそうだ一個連隊1500名の兵団を襲うには攻勢側の盗賊は同数以上の兵力で奇襲を掛ける必要がある。


しかもヴィアール辺境伯軍はピアツェンツェア王国のバリバリバリの正規軍、

いや王家直属の親衛軍とも言って良いので襲えば反乱と見做され国内の軍団全てからの討伐対象になるのだ。


「あ・・・いえ!僕達そんなつもりじゃないです!」

案の定、展開を書く暇も無く瞬殺された盗賊団。


と言うか「ヒャッハー!!」しながら登場して、その直後に「すみませんでしたー!」をしたのだ、どうやって書けば良いんだよ・・・


「じゃあどんなつもりだったんだよ?」


「たまたま通りかかっただけです!」


「ほ~う?武器持って?」盗賊が持ってた槍をクルクル回す兵士。


「この辺り魔物が多いでしょ?それで・・・ねえ?」


どうやら偵察もしないで先行部隊を商人の旅団と勘違いして襲おうとしたらしい。

するとすぐ後ろに完全武装の正規軍か居て慌てて降伏したのだ。


うん!生粋のアンポンタンなだけだったね!


「はあああああ、馬鹿ばっか・・・」


「ファニー?みっともない言葉を使うのはやめなさい」


「はあい」


とりあえず未遂だったのと嫌疑も不十分なので、

「じゃあ何もやましい事が無いならこの先の街の憲兵隊の所で申し開きを出来るよな?」と盗賊団も同行させる事にしたらしい。


ファニーがチラッと見ると盗賊団は軽装歩兵50人程度。

よくこれで先行部隊を襲おうと考えたもんだとファニーは呆れた。


ちなみに辺境伯軍の先行部隊は戦闘用の馬車が7両に随伴重装歩兵85名からなる。


もし戦えば、戦闘用馬車から35連のバリスタの集中攻撃で近づく前に全滅だったろう。


馬車とか言っているが6頭立ての馬が引いてる「鉄製の戦車」と思ってくれて良い。

1両にバリスタ3門、75mm魔導榴弾砲2門を搭載している、マジモンの兵器だ。


「6頭立てだったんでお金持ちかな?って・・・」

憲兵の尋問に対しての盗賊団の頭目のアホ過ぎる言い訳である。


余罪も少しあったので犯罪奴隷に落とされて懲罰農園での強制労働になったらしい。


正直言って罪の割にはかなり軽い処分であった。

馬鹿過ぎて憲兵隊からも同情されたのもあったが、今まで人殺しまではしていなかったので軽い処分で終わったのであろう。


今までの盗賊行為もどうやら取り囲んでのカツアゲ行為に近かったらしい。


そんな事をしてたら10日目キッチリで王都に到着してしまった。

正式な軍事行動なので遅延など許されないのだ。


同行した連隊はそのまま王都防衛の任務付いていたクロッセート侯爵領軍と任務の交代するらしい。


令嬢の護衛にこんな大軍を付ける訳が無い。

単に国からの要請で動いていたヴィアール辺境伯軍の正式な軍事行動にファニーが随伴しただけと言える。


「じゃあお嬢、学校頑張ってね~」


「貴方達も気を付けてね、無理は禁物ですわよ?」


ヴィアール辺境伯領軍の兵士と別れたファニーは王立学園の寄宿舎へと向かうのだった。

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