第3話 「母の思いと魔王と女神の乱闘騒ぎでエルフの女王が緊急参戦」

ピアツェンツア王国の王妃のファニーでございます。


遂にスカンディッチ伯爵領での視察が始まりました。


・・・昨日はやはりあまり寝られずに目に隈を作ってしまい侍女長に軽くお説教されてしまいましたわ、いい歳してお恥ずかしい限りです。


現在の心境は嬉しさ半分に不安半分と言った感じです。

ああ!いけない!今は公務の最中です気を引き締めなければ!


町周辺の視察は順調に進んで市街に戻って来ました。

いよいよシーナに会える、ずっとラーナを見て来ましたからシーナが成長した姿は容易に想像出来ます。


ああ・・・もの凄く緊張して来ました。

あの建物の角を曲がると工業地域でその一画にノイニュンスター様が運営している鍛冶屋があります。


あそこにシーナが・・・


一刻も早く駆け寄りたいのですが友好国の大使様もいらっしゃるのでそう言う訳にはまいりません。


ですが、ゆっくりではありますが確実にシーナの元へと近づいています。


「こちらが我が領の鍛治屋です。

最近は風車などに使う鉄製の大型回転装置の製作に注力しております」


「おお!木製では無く鉄製ですか?素晴らしい技術ですね!

風車が多い我が国も大変興味があります」


スカンディッチ伯爵とグリーンランド共和国の大使様がお話をしてますが、わたくしはそれどころではありません。


予定にあったテーブルの近くで男性と手を繋いで立つ少女から目を離す事が出来ないのです。


ああ・・・・間違いシーナだ・・・

母は一目見て分かりましたよシーナ・・・


ラーナより少し身長が高いかしら?

あれだけ小さかったのにこんなに大きくなったのですね・・・


髪の色はわたくしと同じですが目元が旦那様に似ていますね。

ラーナは目元もわたくしと似ているのにシーナは違いますわね。


耳はラーナと違い上向きなのですね。

お口はラーナの方が小さいですね。


うふふふ・・・双子でもやっぱり全然違いますね。

見分けが出来なかったらどうしましょう?とか思ってましたのに心配する事はありませんでしたね。


あら?あらあら・・・

シーナってばそんなに走ってはいけませんわ。

あなたはお姫様なのですからね、もっとお淑やかにしないといけませんわ。

あら?何でわたくしは地面に座っているのかしら?


それに目の前にシーナがいます。

これは・・・抱きしめてもいいのかしら?


・・・・・


・・・・


・・


「おーひさま?!」


「ファニー様!しっかり!」


突然膝から崩れ落ちた王妃様の腕をシーナが抱きしめる。

王妃様はまだ放心状態と言った感じで地べたに座り込み、侍女の女性が泣きそうな顔をして肩を抱いている。


王妃ファニーが倒れた瞬間のシーナの滅茶苦茶素早い動きにはトムソン店長も反応が出来ずに驚いている。


シーナは心配そうに、せっせと王妃様の手を擦って声をかける、

「おーひさま!だいじょうぶ?!」

そう言いながら今度は必死に王妃ファニーのお腹を撫で始めた。


すると王妃ファニーゆっくりと手を伸ばしてシーナをそっと抱きしめ・・・

「うっ・・・うう・・うわああああん!ああああーーんん!!」

まるで子供のような王妃様の泣き声が町に響き渡ったのだった・・・


「おーひさま、おなか痛いの?だいじょうぶ?」

泣く王妃ファニーの頭を撫でながら心配そうにシーナが尋ねる、なんで子供は大人が泣くと「お腹が痛いの?」と聞くのだろうか?


王妃様の周囲にいる臣下さんや外交官の人達は余りの事に呆然の棒立ち状態だ。

事情を知っているスカンディッチの人達は微笑ましく2人を見ていて温度差が凄い。


少しずつ冷静になって来てだんだんと自分のした事を理解し始めた王妃ファニーの顔がドンドン赤くなる。


「大丈夫ですよ!ファニー様!人間誰しも泣くのです!泣いた後に笑えば良いのです!」

侍女の必死の誤魔化しにファニーは、ハッ!として、

「あっあら・・・わたくしったら、ごめんなさいね驚かせて」

何とか繕い笑いをする。


そしてシーナを見つめて、「貴女にもご心配をかけてしまいましたね」

シーナの髪を梳きながら王妃ファニーは苦笑いをする。


「おーひさま、おなか痛いならあたしとあそこで休もうね?」

そう言ってテーブルを指差すシーナ、打ち合わせもしていないのに素晴らしい流れを作る。


唖然としていた周囲の側近達も「はっ!」と我に返ってシーナの提案に全力で乗っかります。

「そうですね!王妃様はお疲れな様子なので少女の言う通り少し休憩しましょう!」


「誰か!お茶の用意を!」


シーナのナイスアシストで王妃号泣事件は強引に解決しました!

いいんですよ、解決ったら解決なんですよ。


当初の予定通りにテーブル席に移動する王妃ファニーとシーナ。


「王妃殿下は大変にお疲れの様子ですので残りの視察は明日と言う事でよろしいかと。

皆様には晩餐会の前に軽い軽食をご用意しております」

そう言って領主官邸へ視察団の誘導を始めるスカンディッチ伯爵。


スカンディッチ伯爵の提案で視察団は一時解散の運びとなった。


シーナに手を引かれてテーブルに向かう王妃ファニー。

《あんなに小さかった手がこんなに大きく・・・》

またファニーの目が熱を持ち一粒の涙が溢れる。


「おーひさま?まだおなか痛い?」心配そうに自分を見上げるシーナに、

「いいえ、大丈夫ですわ」とニッコリと微笑むファニー。


ようやく椅子に座り落ち着いたファニーは、

「ごめんなさいね、お恥ずかしい所をお見せしましたわ」

とシーナとトムソン店長に謝る。


「おーひさま、ほんとうにだいじょぶ?」


「はい、昔良く知っている女の子に貴女がとても似ていたので思わず感情が高ぶってしまった見たいですわ」


この場では王妃と孤児院の子供の設定なのでわりと当たり障りない会話が続く。

そして別れ際にシーナを滞在している官邸に招く流れになる。


しかしシーナは自然な流れで王妃様と呼んでる。

王妃ファニーが自分の母親だと知ってるのですが、生き別れた母親との再会した子供と言った雰囲気がしないのだ。


「どうでしょうか王妃殿下、心配をかけたお詫びにこの子を滞在している官邸に招いては?」

予定通りに随行している女官がシーナを官邸に招く事を提案すると、


「まあっそれは良い考えですわ!どうでしょう?店長様、ご息女をわたくしのお部屋に招くのを許して頂けますか?」


平民の子供を王族の部屋に招くのは比較的良くある事で、王族が気に入ればそのまま侍女や侍従として雇ったりする事も多い。

地方の平民にもオープンな王家だと国民にアピールする為だ。


「承知致しました王妃殿下様、この後すぐ準備を致しまして官邸へ参上致します」


店長さんが深く頭を下げます、少し不遜な感じですが平民なのでこれで失礼に当たらない。

逆に貴族の様な礼や言葉使いの方が失礼になる。


「そうですが、それは良かったですわ、では、夕食をご一緒しましょうね」


ファニーは敢えて晩餐だと平民は気後れするので夕食と言う言い回しをした。

それに晩餐会だと官邸に居る大使達も招待しなければならないので、少々都合が悪い。


平民に対してこの様な気遣いが出来ない王侯貴族も多いのだが、王妃ファニーの実家は官民の距離が近いヴィアール辺境伯家なので自然とこの様な態度が取れるのだ。


王妃ファニーは普段から誰に対しても変わらずにこの様な態度を取るので官民問わずに慕われており、それが数々の危険から自分自身を救っているのだが本人にはまるで自覚は無い。

子供の頃から教育が如何に大事かと言う事の良い見本だ。



王妃ファニーが人目を憚らずに大泣きするアクシデントは有ったが概ね予定通りに進み舞台は遂に本格的な再会の場へと移る。


こうして官邸へと帰って行く王妃様一行の後ろ姿を見送るシーナとトムソン店長。

するとトムソン店長さんがシーナを見て話し掛ける。


「どうだ?シーナ?お母さんに会って?やっぱりお母さんとは思えないか?」


「んー?前のときといっしょー、おかーさん、かわってない」


「???前の時?」トムソン店長が不思議そうにシーナを見ると、

「前のときはラーナにあわせたいって・・・おかーさん言ってたとき」


「!!!シーナ覚えているのか?!」


「うん!おかーさんはあのときもいいにおいがしてあったかかったよ」


「これは驚いた・・・シーナよ、どのくらい覚えておるのだ?」

驚く事にシーナは王妃ファニーとの別れの時の事をハッキリと覚えていたのだ。


「うーんとね、おへやをでて・・・お山にのぼって・・・大きい「りゅうさん」がでてきてね、

おかーさんがないててねー・・・また大きい「りゅうさん」がでてきたの」


「なんと・・・城を出た時から全部覚えておるのか?」


「うん!」


シーナにとっては、別に人に言われるまでも無く、王妃ファニーの事は赤ん坊の時からずっと母親だと認識していた。

そして今回はお芝居なのが分かっていたから王妃様と呼んでいただけに過ぎなかったのだ。


「なるほどのう・・・だから淡々としておったのか・・・しかし驚いたのう。

それでシーナよ、これから夜にお母さんに会ってどうするのじゃ?」


「あのときみたいにくっついてねるー!」そう言って満面の笑顔になるシーナ。


「そうか・・・ではシーナよ、今日の夜はお母さんにたくさん甘えるが良い」


「うん!」


驚き過ぎて所々でトムソン店長の演技を忘れる地琰龍ノイミュンスターだったのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




はあ・・・あんなに泣いてしまうだなんて恥ずかしいですわ・・・

自分では気づかなかったのですが精神的にかなり追い込まれていたのですね。


シーナの顔を見た瞬間に嫌な物が体から出て一気に気が抜けてしまったのね。

うふふふ、やっぱり子供って凄いのですね。


久しぶりに見たシーナはとてもとても可愛いかった・・・すぐ側で成長を見届けられなかったのがやはり悔しいです。


一生懸命に手を擦ってくれるのはラーナと一緒です。

ラーナもわたくしが気持ちが苦しい時や体調が悪い時はすぐに気がついて一生懸命に手を擦ってくれます。


うふふふ、やっぱり双子ですね。


もうすぐシーナがやってきます。

この先わたくしはシーナとどうしたいのでしょうか?会う事が目的で他の事は考えてませんでした。


「ファニー様、シーナ王女殿下が御到着なされました」


「お通し下さいまし」


シーナを放逐した官僚や大臣達の自分勝手な思惑や経緯を知っているわたくし付きの侍女や女官は、これまでもシーナに対する処遇には表立って猛反発しており今回を契機にシーナをまた王女として扱うつもりの様です。


大変有り難いと思います。

長年に渡りわたくしに忠義を示してくれる者達には頭が上がりません。

そして女官長に手を引かれてシーナが部屋に入って来ました。


「王妃様、この度は御招待頂きまして身に余る光栄で御座います」


「こうえいでございます」


ノイミュンスター様とシーナがわたくしの前に立ち深くお辞儀をしてくれました。

・・・地琰龍ノイミュンスター様を信仰しているわたくしには複雑です。

自分が信仰する神様にお辞儀をされるなんて・・・


こんな不敬は許されるのでしょうか?


そしてノイミュンスター様の教育の賜物でしょう。

親の欲目なしに平民の礼ですが、シーナの所作は実に優雅で可憐です。

生まれ持った王族の貴賓を感じました。


「良く来てくれましたね、遠慮なさらずにお入り下さいね」

わたくしは、シーナの手を繋いでテーブルへと、お誘いします。

するとシーナは、わたくしの手をキュと握り返してくれました。


夕食までの間はお茶の飲みながら簡単な談笑をする予定です。

わたくしには今後に関わる色々な事柄と、シーナの思いを聞く人生においてとても大事な時間になります。


「皆、申し訳ありません人払いをお願いします」

わたくしの言葉に侍女と女官がスっと部屋から出て行きます。


わたくしはノイミュンスター様とシーナの前の席に座りました。


「ファニーよ、なかなか良い臣下に恵まれているではないか」

穏やかな口調でノイミュンスター様が話しを始めました。


「はい、わたくしには勿体ない者達です」


「そんな事はなかろうなお主の人徳でもって忠誠を誓っていると見受ける。

素直に誇って良いぞ」


ノイミュンスター様の言葉は何一つ打算や虚偽がない真実の言葉・・・正しく神の言葉です。


「シーナは赤ん坊の時の事を覚えていたらしいぞ、遠慮なく母として接するが良いぞ」


!!!!覚えていた?!シーナはあの時の事を覚えているのですか?!

何気ないノイミュンスター様のお言葉に動揺してしまい狼狽えてしまいますわ!


「し・・・・シーナは母の事・・・覚えているのですか?」


「うん!おかーさんがラーナに会わせてくれるって、あたしとっても楽しみなの!」


なんてこと!わたくしが、別れ際に言ったラーナに会わせると言った事も理解していたなんて!


「ラーナはね、いつもいっしょにいてくれるの!こんどあそんでくれるって!」


?!?!どう言う事でしょう??ラーナが遊ぶと言った???


「ノイミュンスター様・・・これは一体?」


「ふむ、我にも分からぬな、今初めて聞いた。

・・・双子にしか分からない何かがあるのやも知れぬな。

してシーナよ?ラーナと一緒に居るとはどう言う事か教えてくれるか?」


「ラーナはね、フワフワなの!いつもいっしょだけどさわることができないの」

そう言って寂しそうにするシーナ・・・

これは?・・・・帰ったらラーナとも話す必要がありそうです。


「ふむ・・・これは我も後で調べておこう。

それより今は久しぶりのシーナとの時を楽しむが良いぞ」


そうでした!今は奪われた7年のシーナとの時間を取り戻さねば!

「シーナ、こちらに来て母に顔をよく見せて下さい」

わたくしは立ち上がりシーナの前で手を広げると・・・


わたくしが両手を広げるとシーナは何の抵抗も無くスッポリとわたくしの腕の中に収まってくれました!!


「はははは!

流石は母親よな!人に抱かれるのを余り好まんシーナがアッサリと抱かれおったわい」


わたくしの腕の中に入ったシーナはウリウリとわたくしの胸に顔を擦り付けます!

ラーナはわたくしからのウリウリを待つのですがシーナはとても積極的です!


かっ・・・かわいい!!

自制心が崩壊したわたくしは1時間ほどシーナをウリウリしてしまいましたわ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ふむ・・・これでもう王妃とシーナの方は問題ないな・・・

しかしこうなるとシーナの双子の妹とやらが何か気になる所じゃな。


何か秘密があるじゃろうて、「世界の言葉」も不自然に「ラーナ」の事について触れておらなんだからな。


えーと?ラーナ、ラーナ、ラーナと・・・・・・・・・・

おお?!なんとぉ?!これはまた・・・


ほーう?・・・・・・・・・・・・・・なーるほどねぇ。

「世界の言葉」が儂に隠したかったのはこれかぁ・・・ビンゴじゃな。

この事を知った以上は儂も本気でこの件に介入するしかないよなぁ・・・


「見ているんじゃろ?「世界の言葉」よ?お主が止めても儂は介入するぞ?」


『ああーーーー・・・遂にバルドルにバレてしまいましたかぁ・・・

命令です魔王バルドルよ!・・・厳しい事はせずに優しく!

ほどほどにね?ほどほどです!ね?ね?ね?ねー?』


「えー?さーて?どうするかなぁ?なにせ数100年来の友達の事じゃからのう。

つーか、こんなのいずれバレるんだから最初から話せば良かったろうに。

一応言っておくが、ラーナに何か悪さする奴がいたら・・・」


『・・・・・・ラーナに何かしたら?』


「問答無用でソイツに極大魔法を撃ち込んで焼き尽くして粉々にする・・・」


『もおおお!!だからバルドルには言いたくなかったんですよぉ!!』


「まぁ半分は冗談じゃが・・・

それ以前にそうなればエルフの女王が儂より先に極大魔法の連射を撃ち込むと思うが?

言っとくが「連射」じゃぞ?

敵認定した相手は粉々にして穴掘って埋めて上から踏んづけて火を付ける奴じゃぞ?

お主は今までアヤツの何を見とったんだ?」


『とても冗談に聞こえないですよぉ・・・』


「エルフの女王にはラーナの事だけは、ちゃんと話しておかんと儂よりヤバい事になるぞ?

問題の先送りは何にもならんぞ?」


『うう・・・はい・・・パシリ女神は今からエルフの女王にお話しをしに行って来ます・・・

はあ・・・凄く気が重いです。

・・・私は「世界の言葉」・・・エルフの女王イリスよ・・・答えなさい』


「・・・ちょっと待ちなさい」


『はい?何ですか?』


「他にも隠している事があるでしょ?イリスと話す前にもう全部儂に言いなさい」


『・・・・・・・・・お話しても良いですけど絶対に後悔しますよ?』


「後悔とな?・・・・・・・・・まぁ、一応話してみ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・



「ああーーーー!!!もお!聞かなければ良かったーーーー!!

聞いてない!儂は何も聞いてませんよーーー!!」


『もう遅いですよ?!お話を聞いた以上は全ての事に協力して貰いますからね!

逃しませんよ?!』


「ああーーー!!どうなってるんじゃ?!次から次へとヤベェ案件が一気に!

せめて1人ずつ時間をずらして分散して来て下さいよ!


なんで突然、皆んな大挙して一斉に押し寄せて来てるんですか!

本当にやめて下さいお願いします!見逃して下さい!」


『見逃す訳に行く訳ないじゃないですかぁ!

さあバルドルよ!「世界の守護者」しての責務を果たしなさい!」


「返上!「世界の守護者」は返上致します!今までありがとうございました!

後の事はエルフの女王が何でもしますから!

わははははは!エルフの女王よ!迫り来る大量の仕事に恐れ震えて眠るがよいわ!」


『そんなの私にどうにか出来る訳ないじゃないですかぁ!何とち狂ってるんですか!

出来るならとっくに、お話しをちゃんと最後まで聞いてくれて尚且つ聞き分けの良い人に変更してますよ!


それにそれにエルフの女王が何でもするって?!

彼女が来た時点で終わりですよ!「お・わ・り!」絶対に問題が拡大します!

だから最初から「大きな世界の特異点」だって言ってるじゃありませんか!


現状バルドルしか対応出来る「世界の守護者」は居ません!

さあ!バルドルよ!進むのです!』


「何で儂に全てを押し付けるんじゃ?!理不尽じゃ!抗議します!」


『だから、これから起こるだろう大量の仕事の発生被害を「世界の守護者」の皆んなで仲良く順番に分散させようと気を使ったのにバルドルが調子に乗ってドンドン問題を解明して行くのが悪いんじゃないですかぁ!』 


「ごめんなさーーーーい?!」


『それから・・・これ多分、始まりに過ぎません・・・

1000年分の歪みがドッカーンとするかも知れませんねぇ。

他にも怪しい気配がチラホラと・・・ああ?!ほらまた一つ特異点が・・・」


「怖い事言うなよ!本当に何でも有りだな!

せっかく「黙示録戦争」の後始末が終わったばかりなのにぃいいい!!

もう寝る!儂は1000年間の真祖の眠りにつくぞ!」


『だから逃しませんからね!

こらあ!何してる!棺桶持って来るな!耳栓すんなぁ!冬眠するなぁ!」

さっさと仕事しろーー!!寝てる暇はなーーい!』


「もうダメだ・・・このネタ全開のクソッタレの世界も終わりなのです・・・

1000年間寝ていたら清く正しく美しく、仕事が無い世界がやって来るのです・・・」


『勝手に終わらすなぁ!現実逃避すんな!キリキリ働け「世界の守護者」よ!』


「嫌です!一体誰が世界をこんな仕事だらけの世界にしたんじゃあ!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ちなみにこの2人の念話の使った乱闘騒ぎは「世界の言葉」がエルフの女王との念話回線を切らずに行っていたのでエルフの女王にダダ漏れだったのだ。


2人の喧嘩をエルフの女王は自分が昨日やらかした事で元老院から怒られて「始末書」を書きながら黙って聞いていたのだ。


女王が「始末書」って何?と思われるかも知れないがこれが彼女の通常運転なので気にしない方が良い。


「いきなり喧嘩の声が頭に響いて来たと思ったら・・・

2人共、本当に言いたい事言ってくれてるよねぇ、全部聞こえているっての!


でもそっかぁ・・・うん・・・シーナとラーナ・・・それにセリスね?

うふふふふ、そっかぁ・・・早くシーナとラーナとセリスに会いたいなぁ・・・」


そう言って一粒の嬉し涙を流したエルフの女王。

それからドレスを気合い一発スパーン!と脱ぎ捨てて着替えを始める。


「イリス様!シワになります!ドレスは脱ぎっぱなしにしない!」


「はい!ごめんなさーい?!」


2人の王女を巡っての問題で念話を使って魔王と大喧嘩を始めて、

その喧嘩内容をエルフの女王との念話回線を切り忘れた事により「実況生中継」すると言う「世界の言葉」の凡ミスで「爆裂女王イリス様」が早期に物語の世界に御降臨する事になったのだ。


魔王バルドル君の後始末のお仕事が激増するのは確定である。


《ハルモニアちゃん?念話が繋がったままだよ?

お話しは全部聞いていたよー、私も参戦するからよろしくねー》


「イリスーーー?!おおおお???お主ーーーー?!」


『ごめんなさーーーーーーい?!念話を切り忘れてましたーーーー!!

イリス!無し!今までの事は無しでお願いしまーす!』


《無かった事に出来る訳ないでしょう?

バルドルさん、今からそっちのお城に行くから今後の打ち合わせしましょうねー》


「覚醒勇者」が魔王城に「これから打ち合わせ」に行く・・・

この物語はそう言うお話なのです。


しかしエルフの女王イリスの参加表明に魔王バルドルの顔色が本気で変わる。


「イリスよ!お主は「黙示録戦争」で精神体がかなり摩耗疲弊おる!

今無理すれば命に関わるぞ!お主は休め!今は動くではない!


ネタや冗談抜きに真面目に話すと今回はかなり複雑で面倒な事になりそうじゃ。

場合によっては戦いなる!

エルフが参戦するにしてもお主には優秀な部下が揃っておるだろう?部下に任せよ!


そうじゃ!テレサじゃ!彼女に任せるが良かろうて!

彼女なれば天龍との連携も容易になるだろうて!」


『そうです!テレサさんが居ましたね!

私もバルドルの提案に賛成です!この件はテレサさんに任せましょう!

ね?イリス?そうしましょう!ね?ね?ね?ね?ね?ねーー?』


《え?ダメだよ?テレサだって「黙示録戦争」に参加して疲れているんだから。

それにこれは「私闘」だよ?テレサはダメよ。

それに私はもう全快回復したから大丈夫!》


「それは一時的な擬似回復じゃ!まだ魔力回路は復活しておらぬ!

それに毎回大丈夫とか言っておいて、結局お主は何回も魔力欠乏症になって気絶して重体化しておるではないか!

それにエルフ族には先王のクレアもルナもおる!お主は今回は無理をするな!」


『そうです無理はいけません!イリスよ、休みなさい!命令です!』


先程の乱闘と打って変わり息ピッタリの「世界の言葉」と魔王バルドル。

そして何だかんだと女王イリスの身体の事を本気で心配しているのだ。

現在のイリスは戦争の影響で未だに重体かつ絶対安静状態だ。


喧嘩はするが何だかんで言ってとても仲が良い3人なのだ。


《大丈夫だって!それに「エルフの女王が何でもする」んでしょう?

勿論やっちゃうよー!

見ててね!私も本気を出して何でもしちゃうよ?》


「本気を出すなぁ!ビークールじゃ!イリス!ビークール!」


「えー?だってもう来ちゃったよ?」


後ろで声がしてバルドルが振り向くと笑顔の女王イリスが立っていた・・・


「こんにちはー、バルドルさん」ビシッと手を挙げるイリス。


長い銀髪を後ろで軽く縛った背丈はやや小柄で少し童顔で少女にも見えるが、とても美しいハイエルフの女性だ。


美しさと反比例している厳つい軍服姿が凛々しい・・・いやなんで軍服なんだよ?!


いきなりイリスが魔王城に登場出来るのは、イリスの居城とバルドルの居城は大型高性能転移魔法陣で繋がっているので行き来は一瞬だからだ。


これは800年前に発生した世界大戦時にエルフと真魔族が共闘した名残りでもある。


エルフの国であるラーデンブルク公国の首都攻防戦時は非戦闘員と市民の緊急避難で大いに活躍した転移魔法陣だが今回は見事に裏目った形だ。


ついでに言えば魔王城の兵士はエルフ軍の軍服姿のイリスが1人で城内をウロウロしていても全く気にしていない。


何せエルフとは同盟国なので「ん?演習の打ち合わせか?」程度にしか思っていない。


イリスが魔王城を彷徨くのはいつもの事なので、

「おや?イリスちゃん、また打ち合わせに来たの?」

「うん!そうなんですよー」

と言ったやり取りしながらイリスは転移間から魔王の間まで、たくさんの兵士達の脇を通り抜けて真っ直ぐ堂々と普通に歩いて来たのだ。


「あはははは・・・・・・・・アイツら兵士は全く・・・しょうもない。

しかし相変わらず本っ当に行動が早いな!お主?!

つーか、何で軍服に着替えてるんじゃ?」


「高い機動性が龍騎士たる私のウリだからねぇ、軍服はもちのロンで気合いだよ!

ほらほらハルモニアちゃん?もっと詳しくシーナとラーナとセリスの事を早く教えてよ!」


『あううう・・・・あうううう』


「はああああ・・・仕方ない・・・

ユグドラシルとエリカとシルフェリアの事じゃからな。

お主としても黙って見てもおれんじゃろうて・・・


但し!今回のお主は儂の部下じゃ!儂の指示には完全に従って貰うぞ?

それから!この件はエルフ元老院のクレアとルナにも報告してお主の行動権を制限する!」


「はい!分かりました!よろしくお願いしますバルドル司令官!」

ビシッと敬礼をする長年に渡り、元バリバリの軍人だった女王イリス。


「えへへへへへ~」


「ほんっとに・・・この爆裂娘は・・・」


何だかんだで娘同然の存在のイリスには、物凄く甘い魔王バルドルであった。


こうして片腕の王女を巡る運命の歯車は本人が預かり知らぬ所で世界の重要人物達を巻き込みドンドンと拡大して行くのだった。

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