第3話【ムスク】甘く柔らかな温かみ②
8月12日
ある日、突然思いつき柊に連絡した。
「ねぇ海と岬に行きたい」
「急にどした笑」
「近くにずっと行ってみたかった美味しいパン屋さんがあるの、車じゃないと行けなくてまだ行けてないんだー」
「おう、どれくらいかかんんの?」
「車で2時間くらい」
「結構かかんな、店何時オープン?」
「11時!」
「次の休み21日だからその日でもいい?」
「うん」
「おけ、じゃあ21日の9時にお前んち迎えに行くわ。他に行きたいところある?」
「岬」
「それは知ってる笑笑、それが以外だよ。」
「お酒飲んでもいい?飲んでもいいならビールの飲み比べ出来るところ行きたい!」
「おけ、わかった。」
「ありがとう」
まさかそんなすんなりOKしてくれるとは。と思いつつ嬉しくて楽しみだった。
8月20日
親友の
由紀子に柊の話をすると、
「それは脈ありしょう!!」
「でも結構フランクに色んな人と遊んでるような人だからそこんところ微妙なんだよね。」
「え、なにそれ⁈ちょっと今連絡してよ!」
「は⁈なに言ってるのもう22時半過ぎてるよ!」
「だから何!もし気持ちがあるなら出てくれるでしょ!」
「んー、今日由紀子と一緒にいるの知ってるからじゃあとりあえず由紀子の写真でも送ってみる⁈」
「んー、まぁそれでもいいけど?」
こうして隣でコーヒーを飲んでいる由紀子の写真を柊に送った。
なんて返って来るのだろうと内心ドキドキしていた。
夜急に知らない女の子の写真が送られて来たらわたしなら意味不明だ。
返信はすぐに来た。
「美優じゃないじゃん笑笑」
隣でそれを見ていた由紀子が、
「美優の写真が良かったんだよ!もう電話しちゃいなよ!私もどんな人か話してみたいし!」
半ば強引に電話をかける流れになっていまった。
電話をかけるとすぐに出た。
「どんしたん?まだ友達とおるんやろ?」
「う、うん。そうなんだけど、友達が柊と話してみたいから電話をかけてくれ。って。今大丈夫?迷惑じゃなかった?」
「別に迷惑じゃないけど、なんで俺と話したいん?笑、不思議な子やな。」
「わたしの友達だからね不思議な人しかいないいよ笑、スピーカーにしていい?」
「ええよ。」
携帯をスピーカー機能に切り替え、謎のメンツでの会話が始まった。
「はじめまして。美優の親友の由紀子です!美優がいつもお世話になってますー!」
「はじめまして。こちらこそお世話になってます。」
普段、会社の先輩や上司にさえ敬語を使わない柊が初めて敬語で喋っているのを聞いた。
いつもは自信満々に堂々と話しているのに、たどたどしい敬語で喋っている柊が新鮮だった。
電話越しでも頑張って敬語で喋って喋っているのが感じ取れて面白くて大笑いしそうなのを由紀子の隣で1人堪えていた。
コミュニケーション能力の高い2人はわたしが介入しなくても話が盛り上がり楽しそうに喋っていた。
すると突然柊が、
「なぁ、由紀子さんの家ってお前の実家んちの近くって言ってなかったっけ?」
「ん?そうだけどどうして?」
「この時間バスあんの?」
私たちが住んでいる実家はど田舎で終バスが21時台という絶望的な時間なのだ。
タクシーで帰ろうもんなら町から離れた山の奥までなので、タクシー代だけでもう1件飲みに行けるレベルだ。
わたしは実家を出て町に住んでいるから問題はないが由紀子の帰る足を心配してくれていた。
「わたしは最初からタクシーで帰る予定だったんので大丈夫ですよ~」
「今からそっち行こうか?隣町からだから10分か15分くらいかかるけど、、」
「え⁈申し訳なさすぎるからいいよ!!」
「別に俺は構わんけど。」
すると最初は断っていた由紀子が突然、
「じゃあお願いしてもいいですか?」
と言い出した。
びっくりして由紀子を見るとニヤニヤと悪い顔をしていた。
「了解、今から向かうわ。駅にいて。」
と、通話は切れた。
「由紀子、何考えてんの⁈」
「だってさ、自ら提案してきたんだよ?それってさ美優に会いたいからわたしを送ることを口実に言ってるだけじゃん!」
「ほんと何考えてるかわかんない人なんだってっば!とりあえず駅にいてって言ってたから駅向かお。」
「美優はさ好きなんでしょ?柊さんのこと。」
「相変わらず単刀直入だね。好きだよ。でも付き合いたいとかではないかな。」
「ん?どういうこと?」
「好きって感情に変わりはないんだけど、相手がわたし対して恋愛感情がなくてもいいと思ってる。ただ一緒にいてプラスになることが多いからメンタル的にも考え方にも色々とね。だから柊に聞かれない限り好きなこと打ち明ける気はないかな。」
「そっかぁ。わたしだったら違う考え方だけど、美優には美優の考え方があってその選択は美優自身の人生の選択だからわたしは応援するね。」
「ありがとう、由紀子!」
駅に向かう間と着いてからそんな話をしていたらあっという間に15分経っていた。
そのタイミングで柊から連絡が来た。
「駅の表側と裏側どっちにいる?」
「表側!」
「おけ、着くよ。」
「はーい。」
いつもの見慣れた黄色のラパンが目の前に止まった。
「お待たせ、早よ乗り。」
わたしは由紀子と同じく後部座席に乗ろうとしたころ2人同時に、
「なんで美優も後ろ乗るん!」
と突っ込まれてしまった。
「あ、え、そうゆうもん?」
こういうパターンだとわたしは助手席乗るのが正解なんだと初めて知った。
「場所知らんけー案内してな。」
「はーい。」
後ろから、
「はじめまして!2回目ですけどさっき通話で言ったので笑」
「こちらこそはじめまして、まさか会うことになるとはな笑、飲み行っとたん?」
「わたしの知り合いにお店をやっている人がいてそこでご飯食べてましたよー、ジビエ料理が美味しいんです!柊さんはジビエ大丈夫な人ですか?」
「基本果物以外なら大丈夫っすね。」
「果物全般苦手なんですか?珍しい。」
「苦手って言うかアレルギーっす。」
「あ、え、そうなん?」
「美優も知らなかったの?」
「今初めて知った。」
「今初めて言ったからな笑」
「あのね、そこのジビエのお店の鹿肉の春巻きがとっても美味しかった!!」
ここ最近で1番美味しいものだったのでつい柊の腕をバシバシ叩きながら言ってしまった。
「おお、あぶねーって!美味かったのはわかったから笑」
「今度機会があったら3人で行きましょうね!」
と後ろから言ってきた由紀子の表情は見えなかったが確実にニヤニヤしていたに間違いない。
「どっか寄ったりする?直で家でいいんすか?」
「直で大丈夫です。ありがとうございます。後は2人でごゆっくり~」
「由紀子‼」
「仲がいいのはスゲー伝わるけど、案内ちゃんとしてくんね?」
と柊にこっちを見られた。
「ごめんなさい。でもとりあえず、ずっとこのまま真っ直ぐ行って左手に出てくるローソン左折。そんでその後すぐ右折。以上。」
「雑な案内だな。」
「だってそれ以上ないもん。ね?由紀子?」
「うん笑」
「ほんと、ど田舎だよね同じ市内なのにデリバリーの配達区域外されてるし笑」
「車ないと生きてけねーな。」
「本当ね、高齢者が多い地域なのにこんなんじゃ危なくても運転しないと生きてけないから免許返納も嫌がる人多いだろうしね。うちの母親はもう限界感じてやっと返納したけど父親が危なっかしい運転するから不安だもん。」
「美優んとこは確かに一緒に住んでないからパパさん返納したら買い物も病院も行けなくなるもんね、、うちはまだ一緒に住んでるから何かあったとき運転して連れていってあげられるけど、、。」
「今まで高齢化の社会問題とか他人事だったけど最近はそうも行かなくなったなぁって痛感するわぁ、、」
「まぁしゃーないよな、誰だって歳はとるし自分たちにだってそれぞれの人生があるからな。どんな選択するかはその時のその人次第だろ。ここの地域に関わらずな。」
「なんではじめましてなのにこんなディープな話してるんだろうね笑」
由紀子が笑ったのにつれてみんなで笑っていた。
「あ、そこのローソン左!」
「はいよ、で、すぐ右ね。着いたよ。」
「ありがとうございます。いつか3人でご飯行きましょうね!じゃあ後はお2人で楽しんでっ!!」
「こら、由紀子変なこと言わないの!!」
車の窓から叫ぶと含み笑いをした由紀子が振り返りながら手を振っていた。
「おもろいやつなや笑」
「ごめんね、急に来てもらった挙句こんな感じで、、」
「なんで謝るん、おもろかったって言うたやん。」
「ありがとう。」
「それはそうとこの後どうする?」
「え、この後?何も考えてなかった。明日海行くんだよ?てかもう今日だけど笑」
「まぁそうだけどせっかく出て来たからどっか行くかなぁって。」
まさかそんなことを言われると思ってなかったので頭をフル回転させた。
「公園行きたい。思い出の公園が近くにあるの。小さい時よくお母さんと遊んだ公園。もう何年も行ってないから行きたい。」
「おけ、この歳になって深夜に公園とはな笑」
「なんか文句あるんですか⁈」
「ねぇーよ笑」
由紀子の家から車でほんの数分で着く公園。
小さい頃、母となぜか夜中に大きな松ぼっくりを拾いに行った公園。
電柱の赤いライトを見つけ「監視カメラだ!!逃げろ!!」と急いで帰宅し、後日行ったらただのライトだった思い出がある。
よくよく考えたら公園で松ぼっくりを拾うのを監視カメラで監視する必要なんてない。
わたしの母も天然なのだ。
そして元気な母と最後に出掛けたのもこの公園だった。
社会人になってから1度だけコンビニでサンドイッチを買って2人でこの公園にピクニックに来た。
大人になってからは恥ずかしくて昔みたいに喋れなくなってしまっていた。
言葉数の少ないピクニックが病気で倒れる母の最後の姿だった。
そんな思い出の公園に到着し、2人で公園の中央にある丘に登った。
昔は丘の上にログハウスが建っていたが今はもう老朽化で取り壊されもう何もなくなっていた。
「ここで小さい頃お母さんとソリしたの。前に乗ると雪被るからお母さん前に乗せて何度も滑ってた。」
「小さい時から中々のクソガキだな笑」
「今考えると申し訳なかったなぁって思うよ。当時で50代だったからね。」
「でもお母さんも楽しかった思い出として残ってんじゃねーの。」
「だといいな、、。」
少し沈黙があった。
その次の瞬間、わたしは柊に唇を重ねていた。
柊もわたしの腰に手をまわし優しく包み込んでくれた。
離れたあとお互いそっぽ向いて笑った。
車の中に戻って、初めて身体を重ねた。
温かくて優しくて、とても安心する場所だった。
「いて、車狭いよ!動きずらい!」
「あ、文句あんのか!!」
つい一瞬前まで甘い時間を過ごしていたのに、行為の後はお互いいつもの調子に戻っていた。
だけど狭い運転席でしっかりと抱き合ったままだった。
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