第2話【ムスク】甘く柔らかな温かみ

彼と初めて話し家まで送ってもらった日以来、私の中で印象はかなり変わり職場でも立ち話するようになっていた。


時期を同じくして高齢の母親が寝たきり状態になっていた。


仕事に加え、介護の負担も抱え込んでいた。



8月5日


いつものように出勤していたが、寝不足が続き頭痛が酷かった。


「大谷ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」


「大丈夫です。涼花先輩、気にかけてくれてありがとうございます。」


「大谷、体調悪いなら早退しても大丈夫だからな。」


「問題ありません。お気遣いありがとうございます。鈴木店長。」


「ならいいけど、無理そうならいつでも声かけてな。」


「分かりました。ありがとうございます。」


そんなにわたしの顔色悪いのかな、、、


疲れてはいたが、周りに指摘されるほどひどいとは思ってもみなかった。


「大谷ちゃん、本当に平気?」


涼花先輩が心配そうに見つめてくる。


「ちょっと夜ふかししちゃって、本当に大丈夫なので気にしないで下さいね!」


そう笑顔で返した。


「何かあったら、ちゃんと言ってね!!」


「はい、ありがとうございます。」


気にかけてもらえるのはとても有り難いが、却って仕事がしづらかったので休憩時間に一人で外に出た。


整備工場は13時~14時と休憩時間が決まっている。

この日わたしは、ちょうど同じ時間帯に休憩に入っていたので外で神谷とすれ違った。

いつもなら立ち話をするのが、わたしはこの日足早に会釈だけして通り過ぎた。



とにかく一人になりたかった。



休憩戻り事務所に向かって歩いていると、正面から数人の整備士たちが向かってきた。

その中に神谷もいた。

わたしはまた軽く会釈だけしたが、すれ違いざまに神谷に小さな何かを差し出された。

一瞬のことだったので何かわからないまま咄嗟に受け取ってしまった。

その行動に周りにいた整備士はその行動には気づいていないようだ。

事務所に戻り神谷から受けたったメモを開くとそこには連絡先が書いてあった。


一言のメッセージがあるわけでもなく、ただそれだけ書いてあった。



8月7日


連絡先を受け取ったのはいいけれど、なんて連絡すればいいんだろう、、


いつもの立ち話のタイミングで連絡先を交換するのではなく、なぜあのタイミングでわざわざ紙に書いて渡してきたのだろう。


考えても分からなかった。

その為、なにも送らないまま神谷から連絡先を渡されてから二日が経っていた。

だが、さすがに受け取ったにも関わらずこのまま連絡しないままでいるのもどうなのだろう。と思い切って連絡してみることにした。


[大谷美優です。]


[おう、どうした改まって笑』


[いや、なんて連絡していいのかわからなくて、、]


[ああ、最近様子が変だから連絡先渡しといたんだ。]


[そうだったんですね、すみません気を遣わせてしまって、、]


[別に謝ることじゃなくね?俺が勝手にしたことなんだから。]


[そんなに表に出てしまっているんだなぁって。]


[なんかあったん?]



正直話すのに抵抗があった。

今まで周りには話したことがない内容だった。

そしてわたし自身あまり触れたくない内容でもあった。



[少し重たい話なんですけど大丈夫ですか?]


[ええよ。真っ正面からぶつかって来てくれた方がこっちも遠慮なく言えるから。]


[実は母が高齢で寝たきり状態になってしまっていて連日の介護で少し疲れていて。この先もこの状況が続いていくのかなぁとか色々考えてしまって。]


[兄妹おらんのん?それか施設に入居するとか。]


[姉が三人います。施設は本人が嫌がるので、、]


[ねぇちゃんに協力とかしてもらえんのん?]


[姉たちは結婚してそれぞれ家庭があってそれに遠方なんです。]


[だからって大谷さん一人に任せるのはちげーんじゃない?]


[そうかもしれないんですが、、、わたし実は引取られ子で、、わたし自身引き取って育ててもらったことに感謝していますしたくさん愛情をもらったなっていう実感もあります。姉たちには子どもたちもいて大変だからわたしがなんとかしなきゃって思っていて。それに姉たちにもあんたが頼りなんだからしっかりしてなさい。って。]


[そうだったんか、でもねぇちゃんたちからしたら実の親だろ?やっぱり俺からしたら大谷さん一人に任せるのは違う気がするけど。一回言ってみたら?自分だけじゃしんどいって。]


[それを言ってしまうと、言われるんです。せっかく引き取ってもらったのに感謝してないの⁈って。それが怖くて、、]


[なんだそれ、脅しじゃねーかよ。]


[家族のことは好きだし姉たちも悪い人たちではないんですよ。

上手く伝えられるかわからないんですけど、わたしの中で自分自身でなんとかする。っていうのが日常から染み付いていて。

『何でわたしだけ?』って思うのは他にも出来る人が存在するっていう考えが前提としてあるからで、

最初から誰もいないって考えていれば自分しかやる人はいない。だから周りに『なんで?』って思わずに済む。

わたしはずっとそう考えて生きてきたから。何が起こっても自分自身いない。って。それに施設に入れてしまったら自分が逃げてしまったように感じて、、、]


[その考えは分らんくもない。俺もそんな時があった。けど違うんだなって知ったてか気づかされた。

逃げ出すんじゃなくて新たな一歩を踏み出せる余裕が出来たんだなって思うよ。


俺、心臓に爆弾抱えてるんだ。


そうなった当時、辛くてどうしていいのかわからんくなった。落ち着いてからも一生抱えて行くんだって辛くて、そん時に俺も友達に話した。


そしたら、『それは逃げてるるんじゃなくて次に行ける余裕がある時なんだから全力で楽しめ』って言われた。『それでダメだったなら仕方ないと思え』って。

そうやな、一度の自分の人生、俺の人生なんやから全力で楽しまなきゃって思って今を全力で楽しんでる。

親が俺をどう思おうが兄弟がどう思おうが親戚がどう思おうが、もっと大切にしなきゃいけないもんがあるんだなって思えるようになってから毎日全力で楽しんでる!


まぁ今まで言ってきたことが間違ってるか大谷さんに合ってる事なのかわからんけど、俺はそうやって生きてる。


もっと自分にわがままになっていいんだよ!!もっと自由にやっていいんだよ!!どんなに人を傷つけたっていいんだよ!!

人生なんてただの暇つぶしなんやからさ。]


[神谷さんに話して少し気持ちが楽になりました。

すぐに自分に出来るかどうかはわからないけど、自分がどうしたいのかを一番に考えていきます。]


[おう、またなんかあったらいつでも連絡してきー]


[ありがとうございます。あと大谷さんって呼び方やめません?なんか距離を感じます笑]


[じゃあなんて呼べばええねん。美優ちゃん?美優さん?]


[神谷さんにちゃんづけとさんづけされるの気持ち悪いので、呼び捨てで大丈夫です。]


[気持ち悪いってなんやねん!じゃあ美優で。俺のことも柊って呼び捨てでええよ。]


[じゃあ仕事以外の時はそうしますね。]


[明日仕事やんな?もう深夜の一時やで。睡眠時間奪ってもうたな、もう寝な。]


[こっちこそ遅くまですみません。じゃあまた明日。おやすみなさい。]


[おう、おやすみ。]




この日以降、私たちは頻繫に連絡を取り合うようになっていった。

変化を避けてきたわたしの人生に彼は大きな変化をもたらす人なのかもしれない。



『不安』と『小さな期待』が生まれ始めていた。

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