凹②
「あー、今日も長かったぁ」
椅子の引きずり音が教室中に響き渡る中、俺はだらしなく両手を天に伸ばして背伸びする。午後の授業が終わり、同級生たちが教室から緩やかに出ていく様子を後ろの席から眺める。
「俺たちこの後部活があるけど、
「俺も部活に行くよ」
「いや帰宅部じゃん」
「だから家に帰るという立派な部活があるって意味」
俺の言葉にクスッと笑いながら「なんそれ」とツッコミを入れる、クラスの中でも仲がいい男子四人グループ。今日みたいにサッカー部の部活がある日以外は一緒に下校する仲だ。
「そういえば、最近隣クラスの龍仁君がよく績人を探しにここに来てたけど、仲いいの?」
「あ、うん。ちょっとね。少し前知り合うきっかけがあって。それ以来」
「ふーん……まあ、何もないならいいけど」
「………………」
少し心配そうにこっちを見てくる四人。龍仁が不良少年であることは学園の誰もが認める周知の事実で、その反応はもっともだ。そんな俺の安否を案じてくれる、思いやりのある友人に、俺は真っ赤な嘘をついた。それも自分のために。
—―二か月前、子供のように虫を潰していた同じ一年生を、龍仁とその連れが面白がってイジメていた。確かに無暗に虫を殺すことは良くないが、それがイジメられる理由にはならない。その現場に偶然遭遇し、カッコつけたくてうずうずしていた俺は、身の程知らずにもその現場に割り込んで、返ってイジメ対象に成り下がった。話し合いでイジメを止められるという謎めいた自信が頼られる筈もない。唯一の救いは、その時にイジメられた人がイジメから解放されたことくらいだ。
「それじゃ、帰宅部は帰宅部らしくお先」
「おう、また明日」
机に吊り下げた鞄を手に取り、俺は教室を出る。
廊下に出て、自転車が置いてあった学校の駐輪場に赴く。途中、色んな人とすれ違う。部活に勤しんで走っていった人。仲良しグループと談笑しながら通り過ぎた人。教室を覗き込んで友人を急かす人。スマホ歩きしてたら誰かにぶつかりかけた人。
平和だ。異なる課題を抱えながらも同じ空間に生き、同じ時間を過ごす。関わるかどうか関係なく、皆が今を思って行動し、明日に向かって歩いていく。そうやって社会が生まれ、そうやって人が共存する。
そうやって、俺だけが取り残される—―。
「……何やってんだろう」
友達に恵まれていることに自覚はある。こんなカッコばかりつけたい俺を、いつも正面切って受け入れている。だからこそ、今更カッコがつかない一面を晒す事が裏切りと考えてしまう。友達を面倒事に巻き込みたくないとか、そういう偉い理由ではなく、ただただ俺自身、たかが俺のエゴのために。
「バイト、始めよっか」
学生ながら頑張って貯めていたお小遣いで何とか龍仁を満足させてきたが、それも先週で底を突いた。こうなったら初めて龍仁と会話した、イジメ現場に割り込んでボコボコにされた時に逆戻り。それはイヤだ。そんなの—―。
「大丈夫ですか?」
「え? 君は確かあの時の……」
階段を下りた所に、目の前に見覚えのある顔が突っ立ってる。顔を覚えているだけで、名前を知らない、あの時に助けた人だ。その顔を見るのが二か月ぶり、と言いたいところだが、ちょくちょく校舎裏を覗き込んできたことに俺は気づいている。今の質問もそれに対するもので間違いないだろう。
「どうということはないさ。後は俺に任せて、君はもう関わらない方が身のためと思うよ。心配してくれてありがとうね」
校舎裏を覗き込んだ人に、下手なお芝居は通用しない。同時に、返事は一つに絞られていることをも意味する。欠けている信憑性を隠しつつ、強気に今後を保証してこの件から徹底的に手を引いてもらう。
「僕を守ってくれたのですか?」
が、聞かれて答えたこっちの回答がどうでもいいと言われたように、次の質問が投げかけられる。
「うーん、結果的にそうなったね。それより、君は—―」
「どうして僕を守ったんですか? 名前すら知らないのに」
なんだこの人。二か月前の事を今更掘り返して何がしたい。ここは静かに手を引いてればいいんだよ。せっかく助けに出たのに、また火に飛び込みたいというのか? あんな連中、関わらない方がいいに決まっている。
「名前知らなくても、イジメられている人を助けるのは当然でしょ」
そんな当たり前の事を聞いてどうするのだろう。
「俺は君を助けるために、」
そんな当たり前の事を言わせるために話しかけたのか。
「君を、助けるために……」
そんな当たり前の事を改めて言うのは恥ずかしいな。
「………………」
そんな当たり前の事を、俺がするわけがない。するわけがない。するわけがない。するわけがない。人助け? いつそんな善人になった? いや、なっていない。善人なんて誰がなりたいんだ。そうだ。俺は善人なんかじゃない。俺はいつだって自分のために動いたのだ。自分がやりたいから行動した。ちっぽけな自己満足を目的に出しゃばった。醜いエゴをいつまでも維持できるように自分をも騙した。
ヒーローに、俺はなれなかった。
「どうしたのですか?」
急かすような声が鼓膜に響く。そんなことせずとも、答えはもう決まっている。
「—―君を助けたいなんて思ってない。思いもしなかった。俺は自分のためだけに、あの場に割り込んだんだ」
伝えた。赤裸々に本当の自分を。俺を知らない相手だからこそ言えること。そんなことして何の役にもならない、何の意味もなさない。そうだとしても、少なからず今この瞬間、肩の荷が下りた気がする。
明日になったらまた頑張ろう。バイトを探そう。自分が招いた厄介事だ。自分の尻は自分で拭く。こんな日常がいつまで続くか分からないが、すぐ飽きるだろう。そうなったらイジメ対象が他の人に代わり、俺が解放される。その後、またカッコいい人を目指して頑張ればいい。それでいいんだ。それで、いいのだ。
「それは、嘘ですね」
「え? いや、本当のことだ。こんな嘘吐いて俺に何の得がある」
「得ならあります。本当の理由を隠し、自分のためにって偽って、カッコつけたいと考えている」
見当違いにも程がある。カッコつけたいと、正に嘘をつくまでやっていたことだ。せっかく本当のことを伝えたというのに、何なんだこの人は。
「キミ、僕が憧れるヒーローみたいですね」
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