凹凸

十三夜甲

凹①

 小さい頃はヒーローに憧れていた。いや、正確に言うと今も憧れている。変わったのは今はもうヒーローになりたいと思わないことだ。


「—―なんだこれ」


「見ての通り、千円札三枚でございます」


「てめえバカにしてんのか! リュウさんがそんな質問するワケねぇだろが!」


 並みの子供のように、小さい頃はヒーロー番組をまだかまだかと楽しみに観ていた。毎週欠かさずに。番組が始まる十分前からテレビを凝視し、終わるまでは誰にも邪魔されたくないと言わんばかりのオーラでも出しつつ微動だにしなかった。テレビに近すぎるという母ちゃんの叱りを毎回ガン無視し、怒鳴られるの繰り返し。今思い出すと、それも仕方ないことなんだろう。だって、俺は今もヒーロー番組が大好きで毎週観ている。それくらいの情熱、きっと当時からずっと心の中に燃えている。


 その情熱はヒーロー番組を観るだけでは収まらず、子供だからのヒーローごっこを頻繁に友達間でやっていた。そして、驚くことなく悪役をやりたい人がいなく、やむを得ず全員ヒーロー役で貫いた。居ない敵を想像して作り出す、ないしごっこをやっていない子や幼稚園の先生を一方的に巻き込んで悪役させた。一度はそれで泣き出した子がいて、その時は先生に優しく注意された。振り返ると可愛らしいお話だ。その泣いた子に根深い印象が残されていないと良いのだが。


「いやあ、ごめんなさい。今、このくらいしか残ってないな。ほら、先週多くあげたからさ」


「チッ、使えないヤツ」


「どうします、リュウさん?」


 しかし、ヒーローごっこ三昧の日々は長く続かなかった。思うように続けられなかった。


 小学校に進学した後、周りにヒーローごっこをやりたがる人がいなくなってしまった。幼稚園を卒業した際にごっこ遊びも同時に卒業したかのように、クラスの子たちはボール遊びや縄跳びばかりに夢中。おにごっこを除いて、ごっこという言葉すらあまり聞かなくなった。さながら取り残されたように、気づいた時に、ヒーローごっこに興味を抱いていたのは俺一人だった。


 とはいえ、別に誰かを恨んだり憎んだりしていなかった。やりたくないなら無理やり付き合わせてもきっと楽しくないし、誰の得にもならない。まあ、当時小学校一年生の俺はそこまで考えていなかったし、理由はもっと単純だったが。


 結果、他の遊びに付き合った俺は、何を隠そう、まったく抵抗がなかった。遊び関係なく全力で楽しめた。持つべきものは友とはこういうこと。自分でも驚いた。たまらなく大好きだったヒーローごっこは、こんなにも簡単に手放せるほどのものであった。子供というモノは実に残酷だ。


「まあいい。今日は気分がいいからこれで勘弁してやる。来週はもっと準備しとけ。ダチといい物食いたくてさ……わかるな?」


「うん、任せて。ちゃんと用意するよ。期待してて」


「—―ハッ。ハハハハハハハ! いい、いいよ。最高だぜお前。その調子だ」


 高校生になる前の春休み、つまり半年ほど前。たまたま家の近所の公園で一息ついた時に、その辺で遊んでいた子供たちに話しかけられてヒーローごっこの悪役を頼まれた。スマホカバーに貼った特撮ヒーローのステッカーに気づいたっぽい。こうなったら断り辛いと思い、悪役を引き受けた。するとどうだろうか。まんざらではないどころか、満足感すら得るくらい楽しめた。小さい頃はあんなに嫌がっていた悪役なのに。


 それで気づいた。俺が憧れているのは、ヒーローのカッコ良さなのだ。もちろん、ヒーローはカッコいいということは最初から思っていて、今もヒーローに憧れている。想定外だったのはその形。俺は自分が思ったよりヒーローという肩書に執心がなく、引き込まれる魅力がたまたまヒーローから多く認識されるだけ。薄っぺらいに聞こえるかもしれないが、ようするに、カッコ良ければヒーローではなくたっていい。例えそれが子供たちに感謝され、カッコいいと呼ばれただけのヒーローごっこの悪役だとしてもだ。


「んじゃ、頼んだよ」


「リュウさんのご厚意に感謝だね」


「………………」


「おっと、忘れる前にもう一つ」


「……何か?」


 おかげで俺はどんな人になりたいのかが分かった。丁度高校の入学と重なって高校デビューと思われがちだが、目標のカッコいい人になるために色々工夫し始めた。見た目に注力して髪を染めたり、どんな状況にでも対応できるように体を作ったり、人と接する態度を根本的に見直したりした。カッコいいの定義は人それぞれだが、そこに躓いたら何も始まらない。だから何にでも挑戦した。


 —―そのせいで、調子に乗って身の丈に合わない人助けしてしまい、このザマだ。


「間違っても二度と“あげる”なんて口に出すな。事情を知らない人が聞いたら、俺がイジメてると勘違いする。これはあくまでも“貸し”。そうだろう?」


「—―うん、間違いない。これは俺自身が決めたことだ、龍仁りゅうじ君」


 言った途端に吐き気がする。嘘をつくかつかないか、そこは変わらないだろうが。


 力強く俺の右肩を掴んだイジメのリーダーらしき人物、西宮龍仁にしみやりゅうじはそのごつい手を緩めて、チンピラ仲間と共にこの場を去る。


「ふぅ……」


 校舎裏に一人で残される。俺は軽く服を整えて、龍仁たちが遠ざかっていたことを確認してから校舎裏を後にする。

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