板谷空炉

 どうしてそんなことを言われなければならない?

 どうして才能があると決めつける?


 全く以って意味が解らない。


 昔の自分は努力してここまで来た。まあ、世間一般的にはそんなものはきっと、努力のうちにも入らないのだろう。

 この場所には、当たり前だが、努力して出来る人と、努力しなくても出来る人がいる。まあ、多数は努力して出来る人間なのだけれども。

 自分は、努力しても出来ない人間だ。そう言っておくのは、人よりもとても多くの努力をしなければ出来ないらしいからだ。

 でももう疲れた。努力しても周りの足元には及ばないし、そんなもの努力とは呼ばないのだろう。

 それなのに「才能がある」と決めつけたり、「期待している」と言わないでほしい。

 本当にうるさい。黙ってほしい。

 だけど自分は弱い人間だから、そんなことを大声で叫べない。表に出せない。出したとして批判されるのが解っているからだ。

 そして次の瞬間、何もかもが嫌になって、思わず建物を出た。

 とにかく走った。呪縛から、足枷から、現実から、逃げるように走った。

 ヘトヘトになって疲れ果てて、もう走ることも歩くことも出来なくなったときだった。

 ふと天を仰ぐと、ふわふわと雪が舞っていた。初雪ではない。

 初雪が積もることは少ない。大抵はすぐに溶けてしまう。そしてそれが初雪のようで初雪ではないものは、きっとみんな忘れ去るだろう。


 考えた。

 「銀世界」と呼ばれるものを作る雪と、今ここに降っている雪。それは本当に同じ「雪」だと捉えて良いのだろうか? 初雪も積雪も、人々に何らかの印象を与える。しかし積もらない、初雪でもない雪は、暫くすると忘れ去られる。

 それはまるで、起きた時に覚えていない夢のようだ。

 大きな賞を取ったり、何らかのものに毎回上位に食い込む。その人は既に、自分とは別世界の人間なのだ。そして、能力のある人間に紛れて天才扱いをされる一般人は、その扱いにとてもじゃないけれど気分が悪くなる。


 解り易く言おう。

 自分はここに降る雪と、何ら変わらない。

 自分のような人に「才能がある」と、プレッシャーを掛けないでほしい。


 ──本当に、何もかも疲れた。

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板谷空炉 @Scallops_Itaya

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