かなしい扇風機

くさぶえ 舞子

第1話かなしい扇風機

十月中旬、扇風機をしまうタイミングを決めあぐねていた。まだまだ、暑い日が続いていて、夜が特に寝苦しかった。

 いつも、私と一歳の息子は、リビングで寝ていた。夜中のミルクを作りに行きやすかったことと、クーラーが効いていた。夫は、仏間の六畳の部屋で寝ていた。そのほうが、明日の仕事に支障をきたさなくてよかったからだ。夫はクーラーのない部屋を扇風機で、暑さをしのいでいた。

夫の見た目は、接客業をしているせいか、実年齢の四十代半ばより、若く見えた。本人も、オジサンにはなりたくなくて、妙なこだわりを持っていた。それは、電気カミソリをつかわないことだった。

「ジョリジョリしよったら、いかにもオジサンやろ?」

 と、言ってコンビニで三本入りのカミソリを使っている。ある日

「そろそろ、三人で一緒に寝よう。俺は大丈夫だから」

 と、言われ久々に和室に入った。

「くさっ!加齢臭くさっ!!」

 しまった! 思わず出てしまった一言だった。

夫は、息子を連れて、風呂場へすごすごと消えて行った。

その間に、和室に私たちの布団を持ってきた。そして、香り、いや匂いのもとの夫愛用の私より連れ合いの長い枕カバーをひっぺがし、洗濯機にぶちこんで、柔軟剤をいれた。

 振りかえると、後光のように扇風機を回して、涅槃ポーズで息子と布団の上に寝転んでいた。

「ゴメン」

 私は、即、謝った。

「ちょっと、傷ついた」

 この夜は、寒かった。少しでも漂う香りを分散させようと扇風機をつけていた夫がかなしそうだった。翌日、私は、布にスプレーする消臭剤を買いに行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かなしい扇風機 くさぶえ 舞子 @naru3hakuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ