二匹の蠅

香音愛(kanoa)

 

部屋中のカーテンと窓を全て開けた。

部屋にこもった空気が抜け、

借景の桜が一気に部屋を明るくした。



風が吹いた。

カーテンが勢いよく踊り、

窓際の花瓶が音を立てて割れた。



割れた花瓶も、

そこに生かっていた花も捨てた。

そしてカーテンをタッセルで留めた。



これで終わった。

7ヶ月にわたる自宅介護の末、

父は今日の朝、目覚めることはなかった。



窓を開け放したおかげで息が出来た。

ずっとずっと息が出来なかった。

家が近くなると鼓動が激しくなり、胃酸が上がった。



今、医者と葬儀屋を待っている。

母は朝からの騒動で疲れて寝ている。

寝られてよかった。



部屋には私と父の遺体だけ。

あれだけ我儘で鬼面だった父も今は優しい顔をしている。

その顔にまだ布もかけていない。



また風が吹いた。

全てを吹き飛ばすような風。

健気な桜も散ってしまうのか。



桜吹雪と共に二匹の蠅が入って来た。

見たことのない大きさのこの蠅は、普段どこにいるのだろう。

遺体の放つ匂いでやってきたのだろうか。



二匹の蠅は父の遺体の周りを共にゆっくりと廻っている。

近くにあったノートで追い払おうとしたが、出て行く様子はない。

それどころか蠅は私を睨んだ。



母は朝、パパが息をしていない・・・と電話をしてきた。

いつ気が付いたの・・・と聞くと、

5時過ぎだという。



母は6時まで待って電話をしてきたのだ。

直ぐに連絡くれればよかったのに・・・と言うと、

あなたがかわいそうだから・・・と言った。まったく・・・



家に着くと、母は父の側でボーっとしていた。

大丈夫・・・と聞くと、あー、来てくれたのね・・・と言った。

そりゃ来るでしょ。



そして母は昨晩のことを唐突に語り出した。

パパがね、“今二人のヘルメットをかぶった戦士が迎えに来た”と言うから、

“夢を見たのですね”と言ったの。それが最後の会話だった・・・と。



蠅は揃って窓から出て行った。

この二匹の蠅はその戦士なのだ。

どこに連れて行くのだろう。父は蠅になるのだろうか・・・。



母にはこの蠅のことを話してはいけない気がした・・・。

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