第9話 不純異性交遊ってやつ?
(寝れねぇ・・・)
(寝れない・・・)
結局あの時―――
「誠さん・・・」
・・・これって不順異性交友ってやつだよな?!
幸太郎の脳内に邪念がはしり、直ぐに手を離して立つ。その後、呆然としている一ノ瀬に手を伸ばした。
「あ、ありがとう・・・」
一ノ瀬は髪で顔を隠し、幸太郎と目を合わせようとしない。数多あるホテルの一室で、最も気まずい空気で溢れているだろう。
「じゃ、じゃあ風呂入ってきます」
―――てな感じで幸太郎は魔の誘惑に負けることはなく、自我と己の生息子を保ったのであった。
一つのでベッドの上で、二人背中を合わせて黙り込む。もちろん寝れるわけもなく。自分の心臓の音が、相手に聞こえてないかと思うくらいバクバク鳴っている。
「誠さん、まだ起きてますか?」
もし一ノ瀬が寝ていたときに起こしてはならないと、幸太郎の気遣いなりに静かに話しかける。それから数秒後、間があって返事が返ってきた。
「・・・起きてるよ」
一ノ瀬も緊張しているはずだ。気まずさを押し込んだ様子で、取り繕いながら返事をする。
「その・・・さっきはすいません」
「・・・・・・何に対してかな?」
「・・・ここでも意地悪ですね」
「ふふ、そうなのかな?」
狭い一室。壁を反射して耳に入るその笑い声は、どこか蟲惑的で気を抜けば直ぐに魅入られてしまうだろう。
「それで?どうしたの?」
「いや、寝れないからさ、話したいなぁって」
「あっ、それ私も思ってた」
部屋に響く二人の笑い声。さっきまで張り詰めていた緊張感が徐々に和んでいく。
「・・・誠さんは、何でそんなに良くしてくれるんですか?ずっと理由が分からなかったんです。俺みたいな普通な人間、どこにでもいるじゃないですか。しかも誠さんは、その、結構モテるじゃないすか。いくらでも人を選べるんですから、俺に話しかけてくれたり、優してくれるのがなんでかわからなかったんです」
この質問がもしタブーで、この関係が終わるとしたら、それは嫌だ。でも・・・知りたいんだ。一ノ瀬誠という一人の人間について。
幸太郎が、一ノ瀬に声をかけられる度に思っていた疑問だ。一ノ瀬とは、ここまで深い一日を過ごしたことがなかった。だから今日、ここで聞いたのだ。
「うーん・・・」
少し予想外の質問に困惑しているのだろうか。数秒経って、返事が返ってくる。
「かわいそうだった、から?」
なぜ過去形なんだろう。出会ってからの四年間、そうと思われるようなことがあっただろうか。分からない。
背中の方から音が聞こえてくる。
「幸太郎くん、こっち向いて」
一ノ瀬の声がさっきよりもよく聞こえる。それどころか、首筋に息がかかっている。
幸太郎は、一ノ瀬の要請に応答して寝返りをうつ。
目が合う。互いの心音が聞こえてきたような気がした。窓から差し込む月明かりが、一ノ瀬の顔を照らす。普段の一ノ瀬からは想像もできないような、頬が火照った、少し幼い表情だ。
「・・・」
目があって何秒経っただろう。お互いに、口を開くことはない。その瞳の奥には何があるのだろう、今相手は何を考えているんだろう。普段は気にもかけないことに、目をつけたくなる。その月明かりに照らされた透き通った瞳に、吸い込まれそうになる。
「・・・幸太郎くん」
「・・・はい・・・」
互いの吐息が重なり合う。
一ノ瀬の手が、幸太郎の頭へと伸びる。幸太郎は思わず目をつぶってしまう。しかし、その小さな手が頭に乗る。頭の横、耳のそばをなぞるようにして何度も撫でる。
「・・・よく頑張ったね」
幸太郎自身、何に対してなのかよく分からなかった。そのことは一ノ瀬も理解しているだろう。しかし、幸太郎はその一言で気持が楽になった。一ノ瀬は、この言葉をずっと伝えたかったんだと思う。
そうして俺は、緊張がほどけて目をつぶってしまい、そのまま眠りに着いてしまった。
次の日。
幸太郎と一ノ瀬は、いつもより早起きをし、早々学校へと向かった。
「おっはよー幸太郎っ!」
下足に入ると同時に、剛が声をかけてきた。一ノ瀬も一緒にいたのだが、空気を読んで「それじゃあまたねっ」とだけ言い残して、三年の下足へと向かっていった。そして、剛が肩を組んで耳元で話しかけてきた。
「・・・幸太郎、お前一ノ瀬先輩と一緒に来てたのか?」
「ま、まあ色々あってさ・・・」
まさか、誠さんと一緒に寝たなんて隠語じゃなくても言えるわけがないだろ・・・
「あっ、教えてくれたって良いじゃないかー」
剛の腕を軽く振り払って、靴を履く。剛はいじけた様子でこちらを見ている。幸太郎は教室へと向かうのだが、剛が、「ちょ、待てよ!」と周りの目も気にせずに大声を出して追いかけてくる。
「また今度な」
「えぇー、またそれかよー・・・」
朝の騒がしい校舎。その中で、和気あいあいと話している二人の姿を、優乃は少しだが寂しげな表情で見つめていた。
今日は幸太郎と会わなかったなあ。・・・ここ最近一緒に行くことが多かったからそれに慣れちゃったのかも・・・
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