第7話 本当のこと、聞きたいか?

「こうたろー、一緒に走ろーぜ。お前と走ったら条件は一緒だしな!」


こいつ学習してきやがった・・・


ハンドボール投げが終わり、次は50m走。風は少し緩和し、走りやすくなった。




「位置についてー・・・」


遂に2人の順番が来た。先生の掛け声と共にスタートラインに並び、クラウチングスタートで構える。2人の集中力は臨界点に達し、掛け声以外は耳に入ってこない。

ピィイッ!っと笛の音が鳴り、2人は一気に飛び出す。


やっべ、剛速っ・・・!って、え?


前にいる剛が前かがみになる。そして、ズサァッっと音を立てて派手に転ぶ。それををみて、幸太郎も動揺し「大丈夫・・・?」とだけ声をかけることしかできずにゴールイン。自分のタイムだけ聞いた後に、うつむいたままこちらへ歩いてくる剛に声をかける。


「いけるか?」


剛の身体を見るも、特に目立った怪我はなく、ちょっとした擦り傷だけを捉えることができた。そして、剛が先に口を開いた。


「幸太郎・・・次は他のやつと走るわ。多分お前の運がいい分俺が不運になるんだと思う・・・」


迷信だ・・・身体の方より心の方が傷ついてるわ、これ。


「なんかごめん」


二回目は、幸太郎のタイムは安定の「普通」。

剛の方は良かったらしく、学年トップに入賞した。




「筋肉痛やばいな・・・」


西日の差す廊下を、幸太郎と剛が並んで歩く。

久しぶりに運動したのと、色々事件があったせいで心身ともに疲労が激しい。


「なぁ幸太郎?お前ほんとに筋肉に全振りしてるのか?見てる感じそうは思えねえんだよ」


さすがに気づかれるよな・・・でも剛なら言っても良いか。


「そう、全部嘘」


爽快なほどにきっぱり言い切る。

この数日の間、幸太郎が悩んでいた種が、真実を口にすることで罪悪感、そして不安感が薄くなって心が少し和らぐ。


「本当のこと、聞きたいか?」


「まあな。伊達にお前の親友やってねえよ」


剛らしい。普段はふざけたりしているが、親友が悩みを抱えている顔をしているとなると、真剣に話を聞いてあげている。


「それで?話してくれ」


あの日、居眠りをしてしまって幸運に全振りしてしまったこと、そして部活に行けなかったこと。その幸運によって日常で起こりうる問題などを対処してきたこと。


「そっかそっか、そんなことならさっさと言ってくれればよかったのに。お前が言わないでほしいって言えば誰にも言うことねぇしな」


剛はそう言って幸太郎の肩を叩く。幸太郎もまた、「ごめんごめん」と笑みを浮かべて返事する。その姿は、学校一、いや、誰もが望む「親友」だろう。そんな2人の後ろ姿を、見つめながら迫ってくる女子生徒の姿が。


「幸太郎くんっ」


幸太郎は自分に対してかけられるその優しい声音に反応して後ろを振り向く。振り向いたその後ろにいたのは・・・・・・一ノ瀬誠だ。


「・・・一ノ瀬先輩・・・」


「あまり話す機会がなかったからさ、久しぶりに話したいなぁって!」


幸太郎がおどおどしながら話す一方、一ノ瀬は楽しそうに話す。

確かにそうだ。一ノ瀬は生徒会副会長であり男女関係なく想いを寄せる者も多い。そんな一ノ瀬が普通である幸太郎に、自分から声をかけるとなると、自分だけではなく幸太郎にも迷惑がかかってしまう。そのことを配慮し、夕方の人が少ない今、声をかけたのだ。


「あと、先輩はつけなくていいって言ったでしょ?」


一ノ瀬は微笑みかけて言う。蠱惑的ではなく、大人の女性を匂わすような微笑みだ。それに対して幸太郎は納得のいっていない様子で返事をする。


「幸太郎くんもう帰るでしょ?それなら一緒に帰らない?」


幸太郎は、一ノ瀬の提案に対して考え込む。すると、剛が「じゃ、俺先帰っとくわ」と言い去っていった。幸太郎が「ちょ、まっ」と追いかけようとするが、一ノ瀬がいることを思い出し我に返る。確かに剛が空気を読んで帰ってくれたのは好都合でもある。剛と幸太郎の家の方向は逆なので、毎日校門まで一緒に帰っている且つ自分の「好きな人」と話すのに親友の前では話しづらいところもある。剛はそこまで理解していたのだろう。


「お、お願いします」


「敬語もやめなってー」


緊張を隠せない幸太郎に対して気遣うように、一ノ瀬はそう言いながら幸太郎の隣へと並んで歩き出す。この光景を一ノ瀬ファンたちが目撃していたのなら、後日校内で噂が広がるのも明白だ。


「あの日を思い出しますね、ま、誠さん」


「そうそう!それで良いんだよーやっと下の名前で呼んでくれた・・・この夕焼けといい、この廊下。本当に懐かしいなぁ。ちょっと広くなっちゃったけどね」


「そうですね・・・」


そう、俺が初めて一ノ瀬・・・誠さんに出会ったのは、中学時代の「あの日」だ。同時に俺の心が救われた、そう思っているんだ。

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