第10話 ラズリスの自室にて

 ラズリスは無言のまま自室に戻った。


 マリカが部屋を調えてくれていたので、お茶を頼んだ。冷静な頭で考えたかった。

 マリカはラズリスの好きな茶葉を選び、一口大のチョコレートを添えてお気に入りのカップにお茶を入れた。

「マリカごめんなさい。ひとりにしてくれる?」

「はい、お嬢様。なにかございましたらお呼びください」

 マリカはラズリスの様子をみながら一礼をして部屋を後にした。


 お茶を飲み一息つく。改めて自分の部屋を見渡してみた。

 読みかけの本、刺しかけの刺繍、お気に入りのお菓子の箱、苦労し完成したタペストリー、マリカと一緒に刺繍をしたベットカバー等この部屋にはたくさんの思い出がある。

 2ヶ月後、この部屋を出て新たな生活を送るなんて想像がつかない。

 いかに恵まれた生活を送って来れていたのかを実感した。

 少しずつ気持ちが落ち着いてきて、マリカに結婚の報告をしたかったのでベルを鳴らした。


「マリカ、わたくしはひとりで2ヶ月後にミランジュ伯爵家のバルト様に嫁ぐことが決まったわ」

「2ヶ月後におひとりで」

 掠れた声で復唱しながらも、マリカは驚きを隠せずにいた。

「ええ、そうみたい」

 ラズリスはまるで他人事のように呟いた。

「私もお嬢様と一緒にミランジュ伯爵家に行けないのでしょうか」

 哀願するようにマリカは言った。

「使用人は伯爵家で手配してくれるらしいの。わたくし、ひとりでも大丈夫よ」

 マリカに心配をかけたくなかったラズリスは自分に言い聞かせるように言った。

「そんな。私はお嬢様のお側にいたいです」

「駄目よ。マリカには幸せになって欲しいの。庭師のオリバーと結婚の約束をしているのでしょう?お父様とお母様のこともお願いしたいの。それに伯爵家の使用人とだって、わたくしだったら上手くやっていけると思うの」


 本当はいつまでもマリカに甘えていたかったが、ラズリスは自分の甘えを抑えマリカの幸せを真剣に考えた。

「オリバーとのこと、ご存知だったのですね」

 マリカは一度胸の前で両手を握りしめ、目から今にも溢れ落ちそうな涙を見られまいとして、ゆっくりと両手を握りしめたまま額にあて顔を隠した。

 マリカは震える手で、ラズリスの幸せを祈った。

 ラズリスとマリカは実の姉妹のように思いやり、お互いの幸せを願っていた。

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