第9話 婚約期間2ヶ月②

 子爵家に馬車が到着した。


 ラズリスは父を出迎えに、ミシェルや使用人たちと一緒に玄関ホールで待っている。

「おかえりなさいませ」

 ロペスのただならぬ形相を見て、思わず皆が固まった。何があったのだろう。無理な条件を突きつけられたか、婚約が白紙になったのだろうか。各々ロペスに聞きたいことがあるものの、誰ひとりとして声を上げないでいる。しんと静まった玄関ホールは、自室に戻ろうとしている弱々しいロペスの足音だけが響いた。


 この後も皆は無言で、使用人は持ち場へとミシェルとラズリスはそれぞれ自室に戻った。

 お茶の時間も各々自室で過ごし夕食の時間になる。


 重い空気のまま夕食が始まった。

 今日はロペスの大好物が並ぶ。メインの料理はチキンの香草焼き。岩塩やハーブ、ニンニクなどで味をつけオリーブオイルで仕上げるため、皮はパリパリで中はジューシーである。使用人が丸ごと一羽の鶏を取り分けてくれる。濃厚な白のスパークリングワインにぴったりな一品だ。デザートも甘味を押さえたリンゴの赤ワイン煮と、料理人は気を利かせたに違いない。

 やはり子爵家の使用人の連携はすごい。

 これも単に日常の子爵の使用人に対する労いの言葉が効いているのだろう。お互いの信頼関係もあるが人徳である。


 眉間に皺をよせ顔色は少し悪いが、美味しいものを食べた後なので、ロペスの声もいつもより低いが穏やかな声に戻った。

「ミシェル、ラズリス、この後大事なはなしがあるので、応接室に来てくれるか」


 ロペスの右隣にはミシェルが、ラズリスは向かい側に座った。

「今日、ミランジュ伯爵家に訪問したのは知っているね」

「はい」

 大きな嘆息をもらした後、ロペスは話を続けた。

「バルト様とラズリスの結婚は2ヶ月後と決まった。必要な物は伯爵家の方で用意されているらしい。使用人も連れてはいけないだろう」

「そんな、それではラズリスが…」

 ラスリスは息をのみ、ミシェルは声が震えていた。

「これは決定事項だ」

 事務的な言葉で告げ、ロペスは右手を額に当てながら俯き嘆息した。


 家格上との政略結婚。なにも無い訳が無い。

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