第8話 婚約期間2ヶ月①

「…」

「申し訳ございません。今なんと…もう一度お願いします」

 子爵は耳を疑った。

「婚約期間は2ヶ月と言った」

 眉間に皺を寄せ不機嫌な顔で伯爵は答えた。

「2ヶ月では娘に充分な支度をさせてやれません」

 子爵は焦った。精一杯の反論だ。

「必要なものはこちらで用意する。ラズリス嬢は身一つで嫁いでくれば良い。ああ、使用人も手配する」


 子爵は全身の震えと冷や汗が止まらない。顔色も悪く、呼吸も浅くなり、今にも倒れそうな様子だ。


 娘は物ではない。


 伯爵は動揺する子爵を見ていたが、無情にも立ち去ろうとしている。

「詳細は追って手紙で連絡させてもらう。本日は執務のため失礼する。ゆっくりして帰られるがよい」

 バタンと扉の閉まる音がした。

 権力を振りかざし、あまりにも一方的で横暴な伯爵の態度が許せない。


「私は取り返しのつかないことをしてしまったのか」

 声にならない声で呟くしかなかった。逆らえるわけもない。自分自身に腹が立った。

 頭の中にあるすべての言い訳を考えてみるが、すべてが当てはまらない。


 絶対的な権力を前に実に無力な父親であった。


 小一時間は経ったかもしれない、時間の感覚がなくなった子爵は、なんとか気持ちを落ち着かせ馬車に乗り込み帰路に着く。


 子爵家の御者は主を心配していた。


 温厚でいつも礼儀正しく、使用人を見下すこともない子爵が、ミランジュ伯爵から出てくる度に体調が悪くなっていくようで、一体どんな無体を強いられているのか、心配で仕方がない。

 取引先であり家格上の伯爵家である。理不尽なことも受け入れる事がある。


 使用人の身でこちらから尋ねることなど出来ない。

 御者が出来ることがあるとすれば、主の身体の負担を少しでも和らげるべく、揺れの少ないようゆっくりと馬車を走らせるだけしかない。

 御者は慎重に手綱を握った。

 気遣いの出来る優秀な御者だった。

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