64話 2-28 母さんとママ
土曜日
休みの日にも関わらずその日の江藤家は朝から慌ただしかった。
「蓮司!ドアストッパー何処にしまった?」
「ここにある!」
蓮司の隣の部屋は元々空き室でちょっとした物置だったが部屋は空っぽにされピカピカに掃除してあり窓には新しいピンクのカーテンが風でフワフワ揺れていた。
今日からこの部屋が凛の部屋になる。
「もうすぐ引っ越し屋さん来るから少し騒がしくなるけどごめんね?」
「大丈夫‥‥僕もなんか手伝う?」
「んーん!ほとんど荷物入れるだけだし荷解きはそんなに手間掛かんないから平気!」
蓮司とコーヒーを飲む凛はとてつもなく上機嫌だった。ETOと一緒に住める事は凛にとってこの上なく幸せな事で四六時中お世話出来る、着せ替え出来る、甘えられる、と脳内妄想が派手に暴走しているようだ。
一方で蓮司は心配な事が‥‥少し不安そうに
「母さん達大丈夫かな‥‥‥」
「ん~~‥大丈夫だと思うけどね」
この日、蓮司と凛の母はお互いの顔合わせと挨拶の為ホテルのレストランで約束をしていた。
前持って蓮司の母には説明をしておいたが、ETOである事以外は極力話せないと言う事。
特に蓮司である事は絶対に禁句。
普段なら逆だが、今回は凛が蓮司と住める理由にETO(女)である安心感を凛の母に与えていると思っているからである。
もし今回、母さんが口を滑らせETOが蓮司だとバレれば今から来る引っ越しトラックはUターンしてアメリカに直行なんて事になりかねない。
年頃の娘を知らない同じ年の男の家に転がり込ませる親なんてそう居ないだろう。
凛曰く二人ともおっちょこちょいだから言っちゃっても気付かないんじゃない?と能天気だ。
ホテルのテーブルで待つ淡い色のワンピースにスカーフを合わせたの綺麗な女性。
少し遅れて薄手の若草色のニットにロングスカートを合わせたの小柄な女性がウェイターに案内されテーブルの前に通された。
「上田さん?」
通されてきた女性か声を掛けると
テーブルの女性はニッコリと立ち上がり
「はじめまして‥凛の母の
上田 佳代子です。」と言った
「はじめまして‥ETOの母、すみれです。」
ニッコリと微笑む。
知らない人から見ればどちらも二十代と言われて信じる様な若々しさ
二人は目を逸らさずに見つめ合う
ほんの少しピリッとした佳代子の自己紹介はすみれに対して本名を言わせたいという意図が伝わった。
「あ、すみません‥お掛けになって下さい」
すみれさんが軽く手をかざし促すと佳代子さんも手をかざし
「すみれさんもどうぞ‥‥」
佳代子さんが水を少し飲むのを見たすみれさんもグラスを取り水を飲んだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ウチの娘がしばらくの間お世話になります。」
佳代子さんが頭を下げた。
「いえ‥此方こそ、いつもお世話になっていて‥素晴らしいお嬢様をお預かりさせて頂き大変光栄です。」
すみれさんも頭を下げた。
「こうして見ると、すみれさん‥ETOさんにそっくりですね‥とっても美しい」
「そんな‥‥‥佳代子さんこそ凛さんをそのまま写した美しさで驚きました」
真っ直ぐ見つめたすみれさんの目はETOが凛を引き止めに謝りに来た時と全く同じ強く澄みきった目をしていた。
「ふぅ‥‥やっぱ勝てないわ」
佳代子さんの表情が崩れ困った様に笑う。
「え?」
「ETOちゃんのママだもの!一目見てちゃんとした人だって分かる!」
「私自身ETOちゃんのファンだし凛がマネージャーさせてもらってるの凄く光栄なの」
「親だって‥‥子供の事を隠すって大変よね?気持ちが分かる訳じゃ無いけど‥」
「きっと凛も同じ覚悟を持ってETOちゃんと向き合って来たんだと思うわ」
「言えない事で大きな誤解を招きかねない」
「実際、凛に辛く当たった事を後悔してるの」
「きっと私じゃ分からない苦労が沢山あるんだと思うわ?」
「でも私はすみれさんと仲良くなりたい」
「ETOちゃんのママって事抜きにね?」
すみれさんは困った顔で俯き
「‥‥‥‥‥‥‥ごめんなさい」
「‥‥‥でも、今日会ったばかりだけと凛ちゃんそっくりの佳代子さんが私は好きよ?」
「真っ直ぐで優しくてお調子者なのにすっごく気使い屋さん」
「‥‥‥‥‥‥」
「ふふっ‥アタシと同じくらい凛の事、良く見ててくれてるんだね‥‥‥‥安心したわ」
ニッコリと笑う佳代子さん
「良く見てるついでに少しだけ‥‥アタシもだけど凛は興奮したらボロを出しやすいから気をつけてね?」
「‥‥‥‥‥?」
「ETOちゃんってあんなに可愛らしい女子だけど、やっぱ女の子の家に通い妻!なんて無かったんだな〜って‥‥‥」
すみれさんの目を見てニヤリと笑う佳代子さん
「‥‥‥‥‥‥‥‥え‥!!」
何かを察したすみれさんは
「はぁ~‥‥‥‥‥ごめんなさい‥‥」
ため息と謝る事しか出来なかった‥‥
女の子の家に通い妻なんて無かった‥‥
つまりETOが男の子だと分かっていたと言いたいのだろう‥
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