38話 2-2 初教室

 凛と出会った頃の蓮司とは随分と変わっていた。

人目を避け、出来るだけ目立たないようにしていた入学したての春、保健室登校の代名詞にしてクラスでのあだ名はツチノコ‥一度も教室に入った事が無く幻の生物扱いだった。


別にそれで良かった。学校単位で考えれば同じ建物に生活していてもお互い全く存在を認知せずに卒業してしまう人間の方がずっと多い。


教室に居なくても勉強は出来る。友達と言う単語だけは勉強したことがない。


今となれば少し恥ずかしい価値観でもある。


あの日、保健室で凛に会わなければこの価値観はそのままだったかも知れない。



隣で嬉しそうにスキップする凛。



凛がほんの一ヶ月足らずで教えてくれた『今が大切』と言う価値観は蓮司の人生で一番密度の濃い学習だった。


春と梅雨の狭間で最も過ごしやすい日であろう今日、蓮司は初めて教室に足を踏み入れる。緊張と不安しか無い初登校のような気持ちは、そこに希望が含まれる新入生の気持ちとはまるで違うのだろう。


登校時間ギリギリの校門付近には殆ど人が居ない。


「はぁ〜〜〜〜〜‥‥‥」



校門前で長いため息を付く蓮司。


「ギリギリじゃん!急ご!」


蓮司の背中をグイグイ押す凛。



靴を履き替えやる気ゼロで歩く蓮司に凛が


「蓮司?‥‥‥‥‥ そっち‥‥違うから‥」


当たり前の様に保健室に向かおうとする蓮司の前に立ちはだかる。



「お腹痛い。」



「‥‥‥‥分かった‥‥今日は午前中だけ教室行こ?」


「それでムリなら保健室に行っていいから」


蓮司は疑いの目で「ほんと?‥‥これから先保健室からずっと出ないから‥‥」


蓮司は口をへの字にして約束を取り付けようとする。

凛は蓮司の背中を押して


「ハイハイ‥出なくて良いけど保健室から出なきゃ帰れないでしょ?」



三階の一年生の教室の廊下には誰も居なかった。


「教室ってどこ?」


「ここ!」


蓮司は飛び上がる。

校舎の中央階段から上がれば階段のすぐ横が三組の教室だと言う事を今思い出す。


クラスはSHR中で先生の話し声が聞こえた。



「ちょい遅刻だね。」


凛は教室の扉に手を掛ける。

蓮司は慌てて凛の体ごと階段に引き戻し


「ちょちょちょちょ‥‥‥‥‥!」


「何!蓮司」


「ちょっと早くない?僕まだ‥‥その‥心の準備が‥‥‥」


はズイッと蓮司に顔を近づけ小声で


「蓮司は保健室に逃げれてもアタシは遅刻しちゃうんだけど…」


「‥‥‥‥‥だね‥‥」


怯んだ隙に凛は蓮司の手を引くと教室の扉を開けた。




クラス中の視線が一斉に扉に集まる。





「‥‥‥‥‥‥」





「遅刻しました〜‥」


凛は先に席に向かって歩きだす。

クラス中が、なんだ上田か‥みたいな空気で視線を先生に向け直す



凛は見失った蓮司を二度見で振り返り小走りに廊下に出て扉に隠れていた蓮司をグイッと引っ張り出した。



「うわっ‥‥‥!」



一斉に視線は蓮司へ!



一瞬クラスを見回すが空気を見ているようで何も認識出来ない。


ただクラス中の視線が一気に刺さっているのだけを感じた。


蓮司は出来るだけ何も見ない様に凛を追いかける。


「蓮司!ここ!」


静かな教室に凛の声が響く。


指さした先は蓮司の席で窓際の一番後ろで凛がその前だった。



通常、言われるイケメン席?は蓮司から見れば端に避けられた物置だったが安心も出来た。


席に付くと先生は何事も無かった様にHRを進めたがクラスの殆どが蓮司を見たまま固まっている。



HRが終わり先生が教室を出ても誰も動かない‥‥‥‥

まるで天敵を置かれ動けない動物のようだった。


しばらくすると一人の女子生徒が凛の所に駆け寄り


「凛チャおはよ〜‥」


何故か小声のその子に


「シノ おはよっ!」


凛に挨拶するも目線は蓮司だった。


シノは凛に小声のまま


「もしかして江藤くん?‥‥だよね。すんごく可愛い‥」


シンと静まり返る教室に響く小声‥その言葉にクラス中がザワッと動き出す。



凛は苦笑いしながら「見慣れたけどね!」

と蓮司の顔を隠す様に前髪を少し動かした。



徐々にみんな仲間内で集まりだすが話題は全員蓮司の事だろう。

凛は後ろを向いて、蓮司の肩を叩き


「大丈夫!みんなすぐ飽きるって!」


と笑顔を向けた。

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