第31話 もう一つの運命

 目の前の信じられない光景、ETOがアタシの手を握りしめて離さない。


吸い込まれそうなキレイな瞳は見つめようとしても数秒も持たない。


もっと顔がみたいのに‥‥

もっと話したいのに‥‥


人は時として混乱状態でとんでもない事を言う。


顔が見れず姿も直視でき無い状態で出た精一杯の素直な言葉は‥‥‥








「いいにおい」






完っっっ全にミスった。下手したら変態じゃん!



凛は前言撤回も出来ないでいると


ETOは「プッ」と吹き出し


耳元で


「やっぱ凛っておもしろいよ!」


蓮司の声だった


ハッと我に返り蓮司を見ると後ろから男の人が大声で


「ETO!!こっちだ!」


と声がした。


蓮司はすれ違いざまに


「またね!凛」


と男の人に向かって走る。


走るETOに向かってクリエイターが群がろうとするも警備員によって制圧される。


東さんの声がした「エトウくん!!」


凛も呼んでいた「蓮司!!」



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



この瞬間、この場所でもう一つの眠っていた運命の歯車がゆっくりと回り始めた。





目を見開き固まる少女‥‥


それは、ETOの前に出演していたダンスアイドルグループ、デイステのセンター、梨花だった。




「エトウ‥‥」


「レン‥ジ?」





「‥‥‥‥‥‥くん??」



振り返り蓮司を探すも蓮司は非常口から出て行ったばかりだった‥‥


非常口から駐車場に出ると丹羽が車を回して来た。


「乗れ!」


蓮司は車の後部座席に乗り込む。

数台の車が一斉に駐車場から出ていった。


「何だか物々しいですね。」


丹羽は「周りの車は囮だからな。」


「シートベルトを着けて頭下げてろ!」


蓮司は言われた通りにしサッと屈む。


「あの‥凜‥マネージャーとバッグ忘れたんですけど‥」


運転席から蓮司のバッグが飛んできた。


「マネージャーは東に任せてある。」


「それよりメイクは落としておけ!」


「拭くもの無‥」

運転席からコンビニの袋に入ったメイク落としが飛んできた。


「乱暴者‥」


蓮司は小さく言った。


「そのメイク顔で外を出歩くなよ!今の生活を壊したく無ければな‥」


蓮司は顔を拭きながら少し怖くなっていた。


信号待ち中。「ETO‥正式雇用になれ‥ちゃんと俺達が守ってやる。」




※『あら?口説いてるのかしら‥』


『何か足らなくてよ?』





ETOはミラー越しに丹羽を見た。


「お姫!悪ふざけはよせ!」


「チェッ‥‥顔赤いくせに!」


蓮司は顔を少し上げ外を見ながらため息をつき


「‥マネージャーに相談します‥」




後から聞いた話だが歌コンのグランプリはリエルだったらしい、茶番だと話していた丹羽さんだったが、ちゃんとリエルの事も考えての受賞だったのだろう。


‥‥僕はETOとして初めてステージで歌う事が出来た。動画の中にしか生きられなかったETO‥‥


『もっと歌いたい‥』


僕の中のETOが、外に出たがっている。

この声が嫌いだったのに今では声を出す事を望んでいる。


リンちゃんが、凛が好きになってくれた声。


それだけじゃ無い、今日はステージで沢山の人がETOを応援してくれている実感ができた。



いつか消える歌声‥‥


いつか消えるETO‥‥‥



でも 今はここに居続ける限り歌いたい‥



蓮司は自然と笑みが溢れていた。





車はもう見慣れた家の近所を走っていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今話を持って


一章 【時限の歌姫】とさせて頂きます。



         次回 幕間です。



※『』中抜きの蓮司のセリフはETOモードです。

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