第8話 病院

「あ‥凛?」


江藤は呼び止める。


「ん?」


「僕、これから病院行かなきゃだから」


と逆方向を指さす。予定では一旦家で仮眠を取って病院に行くはずだったが学校でガッツリ寝てしまったのでここからだと病院は逆方向だった。


「どっか悪いの?」心配そうな凜


「‥‥うん、ちょっとね‥」


「ね!今度カラオケ行かない?」と凛はニッコリ誘う。


「あ‥僕、喉が悪くて病院にいくんだけど‥」


うつむく江藤に

「あ‥ごめん」


しょんぼりと悲しそうな凜を見て江藤は


「‥凜の歌、聴くだけなら‥聴きたいかな」


「ホント?」


凜はニッコリして

「嬉しい!ETOのメドレーだからね!」


「じゃ!またね!!」

凜は笑顔で手を振り走って帰っていった。


凛の後ろ姿を見送る江藤。


「てか‥‥足早っや!」


あっという間に凛の姿は小さくなった。


‥‥??


凛が遠くで立ち止まりこちらを振り返る‥大きな手振りのジェスチャーで何か叫んでいるが聞こえない。


江藤はスマホを取り出しメッセする。


「何か言ってる?聞こえない。」


「ごめんね、メッセして良いか聞いただけ。」


「良いよ」


「分かった!」


ポンっと可愛らしいスタンプが付けられた。

顔を上げると凛の姿はもう無かった‥

‥‥不思議な子だ‥


江藤は中学校の時から定期的に病院に通っていた。もちろんこの声のせいだ。

ずっと大、小色々な病院で精密検査を受けた。しかし医師の診断はどこも同じで異常無し。他の人より成長が少し遅く声帯が細いだけ。何も対策がないまま諦めかけた時、今の病院に出会った。


植嶋医院。


中学二年の時だった、

小さな個人病院だったがこの病院の植嶋先生だけは違った。

いつもと同じ様に異常無しの診断結果を出され項垂れる僕に先生は優しく、


「自分の声が嫌いかね?」と、


沢山の病院に通って来て初めて言われた言葉だった。

僕は今までイジメられ塞ぎ込んで来た経緯をざっくりと話すと先生は黙って聞いていた。


「現状を医学的に観ると健康状態に異常は認められない。でもね?」


先生はパソコンで何か作業をしながら


「‥‥ここからは医師では無く、一個人の独り言だから聞き流してくれても良い。‥偶然が重なったとは言え江藤くんは間違いなく天性の声帯、奇跡の声を授かったんだと思う。」


「‥‥私はむしろ、今の声を治すのでは無く大切にしてほしい。辛い環境は君の知る小さな世界でしか無い。もっと広い世界に君の声を出してみてはどうだろう?」


そう言うと先生はパソコンのディスプレイをクルッと僕の方に向けた。


そこには白人男性が有名女性歌手の歌を歌う映像。


「もちろんこの方の声は合成だよ、実際は低い声だ。」


「見てごらん?」


先生の指した画面には動画の数千件の良いね評価数。


「世界は広いよ‥‥」


先生はニッコリと笑う。

今から行く病院はETOの背中をそっと押してくれた名医で今の僕の掛かり付けの病院だ。

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