人生の意味

かとうすすむ

第1話 本文

 若者は成人式を無事に終えて、成人した。晴れて、大人の仲間入りである。しかし、彼には、20歳を向かえた今、するべき重要かつ意義深い、「ある使命」が待ち受けていた。

 人類のなすべき、ある使命である。それは容易いことではなかった。

 若者は、その準備に向けて、たっぷりと旅支度を始めた。大きなリュックと手持ち鞄が二つである。

 そして、一路、国際空港に向かっていった。

 空港では、そのための特別な許可証を係員に提示して見せた。フリーパスのようなものである。そして、飛行機に乗り込むと、10時間をかけて、この世の果ての、とある辺境の地へと降り立った。

 それからは、苦難の連続であった。険しい山々を、傷だらけになりながら幾つも越えて、濁流の渦巻く大河を、壊れそうなボートで、命からがらに渡り、やがて気の遠くなるように広い一面の砂漠を、一歩、一歩、踏みしめるように歩き続けた。

 そして、野宿を繰り返しながら、10日間をかけて、ようやく目的地にたどり着くことが出来たのである。

 そこは、砂漠の果てにあり、赤いレンガの塔が、巨大にそびえ立って、若者はその頂上を見上げようとしたが、巨大すぎてよく分からない。ここがそこなんだ。そんな感慨に耽っていたが、そんな暇はないようだ。こんなところに、いつまでも居られない。それで、早速、若者は近くに落ちていた1個の赤いレンガを拾い上げると、そこへ、持ってきた彫刻刀で深々と、自分の名前と、今日の日付をしっかりと刻み込んだ。

 そして、そのレンガを赤いレンガ塔の一番下の辺りに固定すると、それは、塔の一部と化した。

 それで、彼の使命は終わった。見回すと、近くでも、大勢の人々が同じことを行っている。彼らの人種は、バラバラであった。黒人も白人もアジア人も居る。そんなことはどうでもいい。もはや、彼の使命は終わったのだ。急いで帰ろう。

 彼は再び気の遠くなるような砂漠のなかを一歩づつ歩みだしていった。

 

日本へと向かう旅客機の座席に深く腰かけて、若者はしみじみと思うのであった。

 人生の意味。何もなく、ただ存在して、同じような日々を繰り返し、老いて死んでいく。何かが欲しい。それは人類が皆、思うところでもあった。どんな、些細なことでもいい。俺たちは、皆で力を合わせて、これをやり遂げていくんだ。そういう何か。

 そこで、国際社会は、その試金石として、今回の国際プロジェクトを、苦渋の選択の結果として、打ち出したわけである。あの赤いレンガ塔が残る限りは、彼が生きたという確固たる証が刻み込まれたのである。気楽とは言えない旅であった。それなりの充実感と達成感は残っていた。ここまで生きてきてよかった、という思いが彼にあった。それで、若者は静かに座席に潜ると、ぐっすりと久々の安眠の時を迎えたのであった。


 空港に着くと、直ぐに連絡線の路線の電車に、若者は乗車した。車内は混んでいたが、若者は運良く座ることが出来た。やがて電車はいくつかの駅に発着すると、若者の眼前に、ひとりの小柄な老婆が立っていた。足元が不自由そうだ。寄る年のせいだろう。若者は、間髪をいれずに立ち上がると、老婆に席を譲って自分は立っていた。

 こんな良いこと、前にやったっけ?

 自分でも不思議なくらい、若者は当たり前のように善行の行える男になっていたようであった‥‥‥‥‥‥‥。



 

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人生の意味 かとうすすむ @susumukato

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