【5】魔巧剣タクティクス

 魔人ーーそれは僕の想像よりも遥かに強い存在だった。いつも僕に稽古をつかてくれるアリサが目では捉えられないスピードで動いているにも関わらず全ての斬撃をいとも簡単に防いでいる。

 ヴァンさんが顔を曇らせながらアリサのフォローをしているけど、状況は一向によくならないでいた。


 そんな中、魔人は大きく足を振り上げ、そのまま地面を強く踏みつける。

 途端に魔人の周りに土塊が突起するように出現し、アリサとヴァンさんに襲いかかった。アリサはギリギリその攻撃を躱したものの、ヴァンさんは避けきれずに肩を掠めてしまう。


「ぐっ」


 攻撃を受け、ヴァンさんは思わずバランスを崩すとそれを見た魔人が突撃した。当然のようにヴァンさんは回避できず、そのまま後ろへ飛ばされ、そのまま転がる。

 立ち上がろうとしているヴァンさんに魔人が近づく。その後ろからアリサが斬りかかるけど、魔人は振り下ろされた刃を素手で受け止めてしまった。


 手は切れることなく、そのまま握りしめられるとアリサの身体は左へ投げ飛ばされる。


 その間にヴァンさんは立ち上がろうとしていた。でも、ダメージが大きいのかそれができない。

 うずくまっているヴァンさんの前に魔人は立ち、見下ろす。そして、足を大きく振り上げ頭を踏み潰そうとした。


 あの光景の通りなら、ヴァンさんはここで死ぬ。

 でも、僕はそんなの嫌だ。だから、全力で走った。 

 ヴァンさんの頭が踏み潰されそうになる寸前、僕は魔人の懐に入ることに成功する。


 そして、リューユさんから借りた剣を抜いた。


「うおぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 何かいい策があった訳じゃない。でも、このままヴァンさんが死んでしまうのは嫌だった。

 だから、ただ力の限り剣を振る。


 その攻撃は、振り上げていた足を捉える。そのまま見事に刃が通り、スパンッ、と切り飛ばした。


「えっ?」


 びっくりするほど簡単に切り裂いた。僕、そんなに力は強くないはずなんだけど。


 魔人も驚いたのか、咄嗟に後ろへ下がった。だけど片足が切り飛ばされたから、転ぶような形で倒れる。

 表情は驚きと恐れが満ちてて、さっきまでと違って身体を震わせている。


 あれ? 思ってた展開となんか違う。

 それどころか魔人がすっごく怖がってるんだけど。


「レイン、悪い助かった」

「え? あ、はい。助けました」

「何、気の抜けた返事してるんだよ。もう少し堂々としろ」

「えっと、そうなんですけどなんか呆気なくて」


「そりゃそうだ。お前が持っているの、あいつの剣だからな」

「これ、すごい剣なんですか?」

「魔巧剣タクティクスっていう名前の剣だ。そこら辺の岩石ならバターなように切れるってぐらいヤバい斬れ味なんだよ、それ」

「えー!」


 なんでそんなすごい剣をミューユさんは渡してくれたんだ?

 そんな剣、僕が扱うには危なすぎるし!

 でも、この剣のおかげで魔人と戦える。


 僕はそう思い、剣を構えた。すると魔人は指を口に当て、ピューって音を鳴らす。

 いわゆる口笛をすると、魔人の周りに何かが土から這い出るように現われた。


「気をつけろ、クレイゴーレムだ!」

「どんなモンスターなんですか!?」

「とにかく硬い! 捕まったら地面に引き釣りこまれる! できれば魔法か遠距離攻撃で対応したいモンスターだ!」

「わかりました、斬り飛ばします!」


「いや、話聞いてたかお前!?」


 僕が突撃すると、クレイゴーレムは捕まえようと迫ってきた。いつもの僕なら対応できないでやられちゃう相手だろう。でも、今はそんな気が全くしなかった。


 だって、クレイゴーレムがどう動くのかがわかるから。


 対応できなければどうなるか、という光景が脳裏に映る。そうならないように屈んで走るとクレイゴーレムのタックルを躱すことができた。

 拳を突き出してきたクレイゴーレムには左に身体を反らし、腕を切り落とす。

 仲間と合わせて波状攻撃してくるけど、全部切り倒した。


 まるで未来で起きることを先に見ているかのような感覚だ。

 だから、とても不思議だった。


「これは、この動きはーーミューユそのもの、か?」


 わかる。手に取るようにクレイゴーレムの動きがわかる。


 気がつけば全てのクレイゴーレムを僕は倒していた。僕は改めて魔人に目を向ける。

 魔人は切り飛ばした足を再生させようとしていた。でも、まだ回復しきってないのか完全にくっついていない。


「覚悟っ!」


 僕は魔人に突撃しようとしたが、その瞬間に新しい光景が脳裏に映る。


 それは、アリサに胸を貫かれる光景だ。


 どうして、と僕は思った。だけどわかるはずがない。そんな僕を嘲笑うかのように魔人は不敵な笑みを浮かべる。


「レイン、避けろ!」


 僕はヴァンさんのかけ声を聞き、回避行動を取った。そして、脳裏に映った光景通りにアリサが突撃してくる。

 それはとんでもないスピードだ。それでもどうにか避けることができた。


 もし、事前に知らなかったら僕はアリサに胸を貫かれていただろう。

 そう思いながら、僕が後ろへ下がると回復したヴァンさんが駆け寄ってくれた。


「大丈夫かっ?」

「はい、どうにか。それよりアリサは一体どうして僕に攻撃を?」

「あの魔人のスキルだろうな。たぶん、気を失った相手を操れることができるんだろう」

「厄介ですね。これじゃあ攻撃できないじゃないですか」


「いや、切り札を出せただけでも上出来だ。それに、おかげで対策しやすい」

「どうにかできるんですか!?」

「目には目を、歯には歯を、厄介には厄介をだ」


 ヴァンさんはそう言って何かを取り出した。それは一つのナイフだ。

 銀に輝く刃を地面に突き立てると、途端に不思議な円陣が広がった。


 これは、なんだろう?


「もしかしてこれ、ヴァンさんの魔法?」

「ああ。徐々にだが、傷を癒やしてくれるすぐれものさ」

「すごい、そんな魔法が使えるだなんて!」

「スキルの兼ね合いで手に入れたものだからな。ま、詳しい話は後だ。思いっきり暴れてこい」


 僕はヴァンさんに背中を押され、駆ける。まだ回復しきっていない魔人を倒せば全てが終わるはずだから。

 でも、僕の行く手をアリサが邪魔をする。そこからとんでもない猛攻を仕掛けてきたよ。


 頭を跳ね飛ばそうとしたり、胸を切り裂こうとしたり、胴体と下半身が二つに分かれそうになったりとヤバい攻撃ばかりだ。

 普段、アリサがいかに手加減してくれていたのかわかるよ。


「ぐっ、アリサ!」


 でもこのままじゃいけない。防戦一方だといずれやられる。

 だけどどうすればいいんだろう。アリサは正気を失ってるし、その証拠に目は虚ろだし。


「…………」


 あまりやりたくないけど、アリサなら目覚めるかも。だってアリサだし。

 ああ、まさかこんな時にやんなきゃいけないだなんて! 神様のイジワルぅ〜!


 ええい、覚悟を決めろレイン。僕は立派な男だろ。それにこれはアリサを助けるためにやるんだ。

 だから決してやましいことじゃない!


 僕は斬りかかってくるアリサの剣をいなし、弾き飛ばした。無防備になったこの機会を狙い、僕はアリサの身体を押し倒す。


 そして、暴れる彼女を押えつけ、そのまま唇を重ねた。


 アリサは驚いた顔を浮かべ、暴れる。でも次第に抵抗をやめ、そのまま僕の身体を抱きしめてきた。そして強い力で逃げないようにし、そのまま激しいキスをしようとしてきたんだ。


「ぷはっ! ストーップ、ストーップ!」

「ああ、レイン様! なんで逃げるんですか!?」

「正気に戻ったんだよね! じゃあこれ以上は必要ないじゃん!」

「なんとご無体な! 私の唇を奪っておいて、さらなるスキンシップはお預けだなんて。レイン様の鬼、悪魔、人でなし!」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! ほら、魔人が逃げようとしてるよ!」


 足を回復させた魔人は、大騒ぎしている僕達を尻目に逃げようとしていた。でも、復活したアリサはそうさせない。

 転がっていた剣を掴み取り、目に止まらないスピードで駆ける。そして、額にある魔人のツノを切り飛ばした。


「ウゴォオオォォォオオオォォォォォッッッ――」

「厄介なことしてくれましたね。でも、あなたのおかげでいい思いもできましたけど」


 魔人は断末魔を上げ、崩れ落ちていく。その身体が一度膨らんだかと思った瞬間、アリサは剣を振った。

 途端にものすごい風が起き、魔人の身体を遠くの空へ飛ばす。一瞬、激しい光が閃いた直後に大爆発を起こしたのだった。


「さようなら」


 魔人が散っていく。それを払うアリサはとてもキレイで、大人びていて、だから僕はつい目を奪われてしまった。

 ああ、大人の女性ってこんなにも強くて美しいんだ。


「すごい……」


 僕はアリサの強さを改めて知る。

 同時に、もっと強くならなくちゃ、とも思った。


 こうして僕のスライム討伐は終わる。

 魔人が乱入し、大変な思いをしたけど無事にクエストを達成したのだった。

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