【4ー2】危ない奴はいつも突然やってくる

 振り返るとそこには、明らかに大きな身体を持つツノが生えた人型の何かが立っている。見た限りモンスターに近い禍々しさを感じたけど、でもどこか違う。


 言い表すなら、脅威だ。


「レイン、逃げろ!」


 ヴァンさんの声が聞こえた。その瞬間、目の前に絶つ脅威が拳を振り上げる。

 思わず剣で受け止めようとする。だけど、それよりも早くアリサが割って入った。


 それはもうすごいスピードで、何が起きたかわからないほどあっという間の出来事。気がつけば振り上げられていた拳は腕ごと切り飛ばされていたんだ。


「レイン様、下がってください。こいつは危険です」

「で、でも――」

「本気を出します。巻き込んでしまいますので、お願いします」


 アリサの目は真剣だった。それを物語るかのようになくなった腕から黒いモヤが立ち上り始めると、それは段々転がっていた拳に伸びていく。

 気がつけば腕と拳は繋がり、何ごともなかったかのように元通りとなっていた。


「レイン様、どうか今回だけは私の言うことを聞いてください」

「う、うん。わかった」


 アリサの言う通りに僕は下がる。アリサのことを心配しつつも、彼女の言葉を信じてヴァンさんの元へに逃げたのだった。


「よく無事だったな。肝が冷えたぞ」

「ヴァンさん、あれは一体?」

「あいつは【魔人】だ。モンスターよりも強く、知能も高い存在だよ」

「どうしてそんなのがここに?」


「わからん。ただ最近、モンスターの群生地にちょっと変化があるって聞いたな。もしかするとあれが来たからそうなったのかもしれん」

「ヴァンさん、あれって倒せます?」

「魔人と戦うには最低三つ星ぐらいの強さがないといけない。だがあれは、おそらく俺レベルじゃ敵わない。おそらく、五つ星でどうにかなるかどうか、ってところだ」

「そんな――」


 アリサが勝てるかどうかがわからないだなんて。もしかしたら負けるかもしれない、下手すれば死ぬ可能性があるってことなんだ。

 どうにかしてアリサの助けになりたい。でも、今の僕じゃ足手まといだ。どうすれば、どうすれば助けられるんだろう。


「やっぱり、こうなってたか」


 僕が困っていると、聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。振り返るとそこにはさっきすれ違った黒髪の少女が立っている。

 どうしてここにいるんだろう、って思っているとヴァンさんが露骨に嫌な顔を浮かべていた。


「お前、なんでここにいるんだよ?」

「加勢しないの? あのままじゃあ彼女、死ぬよ?」

「……加勢して助けられるのか?」

「わからない。でも、可能性は上がるかも」


「チッ、わかったよ。行ってくるからこいつを頼む」


 ヴァンさんはそう言ってアリサに加勢しに向かう。僕は彼の背中を見つめていると、唐突に妙な光景が目に浮かんだ。


 それは、魔人に頭を踏み潰されているヴァンさんの姿だ。


 なんでそんな光景が目に浮かんだのかわからない。でも、このままじゃあダメだって僕は思って追いかけようとした。

 だけど、そんな僕の腕を掴み、黒髪の少女は引き止める。


「言っちゃダメ。死んじゃうよ?」

「でも、このままじゃあヴァンさんがッ」

「ヴァンが? ヴァンが死ぬ光景は見えなかったよ?」

「とにかく行かなきゃいけないんだ。じゃないと、死んじゃう!」


 僕がそう言い放つと、彼女は目を大きくした。もう一度ヴァンさんを見て、それから僕に視線を移す。

 そして、確認するかのようにこんな言葉をかけてきた。


「本当に見たの?」

「よくわからないけど、ヴァンさんが危ない。だから、だからッ」

「……私よりふさわしい人、か」

「とにかく離して! 早く加勢しに行かなきゃ。じゃないとみんな死んじゃう!」


「わかった。離してあげるから、これを持っていって」


 彼女はそう言って腰に携えていた剣を僕に手渡す。なんだか不思議な感じがして鞘から刃を抜き出すと、それは真っ赤に染まっていた。


「それがあなたを守ってくれる。使わなくてもいいから持ってて」

「でも――」

「大丈夫。それがなくてもどうにかできるから」


 なんでこんなものを渡してくれたんだろうか。よくわからないけど、僕はありがたく受け取った。


「ありがとう! えっと――」

「リューユ。みんなからは【予見の剣姫】って呼ばれてる」

「ありがとう、リューユさん! 頑張ってくるよ」


 僕はみんなの元へ走る。何ができるのかわからないけど、そうしなきゃいけない気がした。

 絶対に、ヴァンさんを死なせない。アリサも、絶対に助けるんだ。


「見せて――運命に立ち向かった君の強さを」


 リューユさんは、何かを言っていた。だけどそれが何なのか僕にはわからない。

 ただ、その時の僕はみんなを助けることしか考えていなかったのだった。

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