42. 後朝の告白 (先生の視点)


 だから、はっきりした意志を持って、僕はティナを抱いた。この先にどんな地獄が待っていようとも、彼女を愛さずにはいられなかった。ティナを僕だけのものにしてしまいたかった。今だけでいい、彼女をこの胸に抱けるのならば、明日殺されても僕は後悔しないだろう。


 だが、ティナはそうじゃない。彼女はまだ若い。思春期特有の危うさで、その心が移ろいやすくても、誰に咎められることもない。一時の感情で流されたことを、後悔することになるかもしれない。


『これは悪い夢だ。明日になったら忘れる。いいね?』


 口ではそう言った。ティナに逃げ道を用意するために。だが、体は真逆のことを訴えていた。ティナに二度と忘れられない記憶を刻みつける。僕から離れられなくなるよう、知りうる限りの手管を使って。


 あれを指南というならば、おそらく最終試験ではなくて免許皆伝を言うのがふさわしい。僕は彼女をつなぎとめたくて、その体を快楽に溺れさせるために、持ちうる限りの情熱をすべて使った。あれ以上の愛し方を、僕は知らない。


 そうして目覚めた朝、ティナの姿は消えていた。僕のベッドからだけではなく、この屋敷から。それがティナの出した答えなら、僕の一縷の望みは潰えたということだ。僕は彼女を落とせなかった。


『先に王宮に戻ります。また医務室で』


 夢だったと思わせる意図を持って書かれた手紙。僕の部屋ではなく、自分にあてがわれた部屋にそれを置いていったティナ。彼女が望んでいることは察しがつく。


 だが、どうして夢だと思い込むことができるだろう。


 体中に残る愛の証と、心が沸き立つような喜び。そして、寝室に残る濃い情事の匂いと、シーツに滴った破瓜の血。


 僕は間違いなくティナを愛して、そして、彼女をこの腕に抱いたのだ。


 何もなかったかのように全てを忘れること。例えそれがティナの望みだとしても、このまま放置するわけにはいかない。中年の醜い未練だと言われても、彼女の純潔を散らしたのは僕だ。その事実について、ティナと話さなくてはいけない。


 ティナにとっては指南だが、僕にとってはそうじゃない。彼女は僕の子を宿したかもしれない。僕がしたことは、明らかに指南役の職務を超えていた。


 それが罪になるのならば、僕は喜んで罰を受ける。


 僕はすでに四十を超えた分別あるべき大人。その行動が引き起こす責任から逃れる気はないし、その覚悟がなければ彼女に触れたりしなかった。


 酔い醒ましに痛み止めの錠剤を飲んでから、冷水で体を清めた。肌に残るティナの匂いを消したくはなかったけれど、そんなことを言ったらきっと気持ち悪がられるだろう。僕は中年のオジサンだ。自覚しなければ、ただの勘違い男になってしまう。


 そうして、急ぎ王宮に戻ると、いつもと様子が違っていた。使用人たちはみな青ざめた顔をして、何かに急いでいた。


「先生、帰ってたのね! よかったわ、使いをやろうと思っていたところだったの。お願い、助けて」


 王妃が僕を見つけて走ってきた。顔面蒼白で明らかに様子がおかしい。目は涙ぐんでいて、足元はおぼつかない。


「どうしたんです? 具合が?」


「私のことじゃないの」


 急患?  ニコライ殿下に続いて、王族に何かがあったのか?


「ティナが北の塔に! 先生、カルを説得して。あんな場所に娘を放り込むなんて」


 北の塔。死刑を待つ重罪人が入る独房だ。この時期は凍えるほど寒く、数日入っただけで死ぬ者もいる。衛生状態も悪く伝染病も流行りやすい。なぜティナがあんなところに?


「何があったんだ? 事情を説明してくれ」


 王妃は今にも倒れそうに蒼白な顔をしながら、それでも気丈に顔を上げてこう言った。


「ティナが王籍離脱を嘆願したの。深い関係になった平民の男を追いかけて、自分も平民になって自立したいと言い出して。カルが相手を問いただしたんだけど、頑として口を割らないの。だから、相手の名を告げるまで、北の塔に入るようにと、王命が」


「平民の男? それは……」


「相手は先生じゃないと言っているの。先生の指南とは関係ないから、巻き込まないでって。昨日はそんなこと言ってなかったのに! 昨夜、一体ティナに何ががあったの?」


 ばかな。なぜそんなことを!  僕を巻き込みたくないだって? 僕のために嘘をついたのか。僕に頼らずに一人っきりで平民になる気なのか? まさか看護師に……。


「王妃様、ティナと関係した男は僕です。僕が彼女をそそのかしたんです。国王陛下には、きちんと説明して罰を受けます」


 僕はそう言い残して、陛下の執務室に向かった。


 ティナを一人にしたのは失敗だった。彼女がこんな暴挙に出るとは思っていなかった。だが、必ず救い出す。すぐにそこから出してやる。たとえ死んでも君を助ける。


 そうやって逸る心を抑えられずに駆け出した僕を、王妃がため息をつきながら見送っていたことに、僕は全く気が付いていなかった。 

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