31. お母様のむかし話

 伯父様逝去の翌日には、お父様は帝国に発った。表向きは弔問。実際はアレクセイ兄様の後援だ。侵略と思われない程度の精鋭部隊。お見舞いという名の贈り物。この国の武力と財力を示すための、派手な支度だった。


 お兄様の婚約者は、神殿繋がりの枢機卿の娘。そのナタリア様も盾となるため、すぐに半島から帝国に向かったとか。各国から縁戚となる王族が、続々と集まっているという。


 お母様も葬儀に参列したいと頑張ったけれど、妊娠初期の移動には切迫流産の危険があると、同行を許されなかった。


 実際は、お母様の心を気遣ったのかもしれない。ニコライ様は密葬を希望されていた。病で衰えた姿を見せたくなかったんだろう。元気なときの伯父様の姿を知ってれば、それは見る人の心をえぐるはずだ。


「お母様、具合はどう?」


「もう大丈夫よ。お父様も無事にアレクセイと会えたって」


「よかった。兄様はすごいわ。各国から応援がくるんだもの。きっと伯父様の采配ね」


「ええ。そういうことが得意な人だったわ。味方を作るのが上手なの。そうね、人間的な魅力に優れていたんだと思うわ。まあ、多分にアヤシイ振る舞いもあったけれど」


 お母様は何かを思い出したように笑った。きっと、楽しい思い出がたくさんあるんだ。結婚前には一緒に世界をまわったと聞いたこともある。


「婚約者のナタリア様も情の深い方なんですね。知らせを聞いてすぐに駆けつけるなんて」


「そうね。お父君の枢機卿にお会いしたことはないけれど、祖父にあたられる神皇様には正神殿でお世話になったわ。あの頃は、まさかお子様がいらっしゃるとは思っていなかったけれど」


「聖職者は未婚が通例なんですか? お母様も大聖女のままだったら、結婚せずにずっと神殿で暮らしていたの?」


「そういう道もあったけれど、私にはお父様と結婚しないという未来はなさそうだったわ」


「お父様はお母様を手放すはずないですね」


「そんなことはないわ。お父様は私との婚約破棄を考えたこともあるの」


「ありえない! お父様、なんかやっちゃったのね。お母様の愛情を試したくて、別れ話をしちゃった系? 恋愛自爆体質的な? お子様っ!」


 それを聞いて、お母様はコロコロと笑った。しばらくぶりにお母様の笑い声を聞いて、私は自分が誇らしくなった。


「ティナって本当に面白いわ。あなたは年齢よりもずっと大人ね。先生の影響かしら?」


「そうですか? 自分ではよく分からない」


「私が十六歳の頃は、もっとお子ちゃまだったわ。自分のことしか見えていなかったの。ティナは人のこともちゃんと見てる。すごいわ」


「じゃあ、やっぱり先生のせいかも。だって、先生は本音を話してくれないんだもの。自分で見抜くしかないの」


「ティナには、ずいぶんと心を許しているように見えるけど」


「全然! 私なんて目に入ってないの。そろそろ婚約者を決める時期だって言うのよ。お父様がいい相手を探してるって。私が誰とどうなろうと、全く興味はないんだわ」


 それを聞いて、お母様はちょっと首をかしげた。婚約者の話はお母様のところには聞こえてないのかな。


「先生がそんなことを言ったの? ティナに縁談があるって」


「色々と政略結婚の申し込みが来ているんでしょう? 先生から、あそこの王子の評判はとか、あっちの皇太子の容姿はとか、散々聞かされたの。興味ないから、誰が誰だかさっぱり!」


「そんなことまで。先生ったら、ずいぶんと調べているのね」


「嫌んなったわ。相手の好みへの合わせ方とか、愛される淑女になる方法とか、聞いてもいないのにガチャガチャと講釈されて。完全にお子様扱いよ。あなたは私のお父様かって勢いで、本当に傷ついたわ」


 私の愚痴をお母様はニコニコと聞いてくれていた。全然、楽しい話じゃないんだけど、もしかしてお母さまって空気読めないのかな。


「あなたはどう思っている? 婚約のことは……」


「国のために、政略結婚をしなきゃいけないのは分かっています。でも、できれば好きな人と結婚したい。普通の女の子と同じ」


「先生は二十五歳も年上よ。同年代の男の子に興味はないの?」


「先生が同年代だったらよかったって、思ったことはありますけど」


「先生は子爵家の猶子だけれど、元は隣国の平民出身よ」


「出自が気になるかってことですか? 今まで特に何か感じたことはないです。サラさんも平民ですけど、すごく素敵な方で尊敬してるし」


「ティナは本当に先生が好きなのね。先生と結婚してもいい?」


「してもいい、なんて、そんな上からの話じゃないの。私は先生には恋愛対象外なのよ!」


 そう言って、私は盛大なため息をついた。この恋は絶対に実らない。最初から土俵にすら乗れていない。それなのに、お母様は何か考え込んでいた。

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