12. ライバルはお母様
「それで、お母様を好きになっちゃったんですか?」
「そうだね。僕もまだ若かったし。ドロドロした汚い世界で足を掬われて、正直腐っていた。ああいう純粋な言葉には、とても惹かれるものがあったね。救われたよ」
先生は否定しなかった。お母様を好きだと認めた。薄々、気がついてはいた。先生が好きなのはお母様だと。そして、私はお母様と全く違うと、先生にハッキリと釘を刺された。
「羨ましいな。私もお母様みたいだったら」
先生に愛してもらえるのに。その最後の部分は、口に出さずに心に留めた。言ったところで、先生を困らせるだけ。
「君は誰も羨む必要はないよ。その聡明さは、王妃とは違う魅力だ。賢いだけじゃなくて、強くて逞しい」
「それって、微妙な励まし……」
強くて逞しいなんて、全然可愛くない。守ってあげたい系のお母様には、到底勝てっこない。
「ごめん、気に触ったかな? でも、本当のことだよ。共に手を携えて人生を歩みたいと思える女性は貴重なんだ。君はいい伴侶になる。こんな指南なんて必要ないんだよ」
いつも最後にこの結論に行き着く。こんな役目は辞めたいって言われているみたいで、苦しくなる。ちっとも先生を振り向かせられないのに、どうして私に恋愛指南が不要だなんて思うんだろう。
「まだ始まったばかりだし、もうちょっと教えてくれてもいいでしょ? ごめんなんて言って、本当に悪いと思うなら、私のお願いに応えて欲しいな」
できるだけ軽く聞こえるよう細心の注意を払って、私はさっと先生の腕を取った。
「しょうがないな。何を知りたいんだい?」
「今は内緒! それは二人っきりのときに。あ、あれは門?」
私はわざとらしく話題を逸らした。ちょうど狭い道にアーチ型の門がかかっていたので、そっちに興味を引かれたフリをする。そして、先生の腕をどんどん引いて坂道を上がって行った。
大学は坂道の先の石段を上がった、更に上にあった。最初に見えたのは神殿で、屋根の部分に珍しい凹凸がある。元は要塞だったから、弓や銃口を充てがうための設計だと聞いて納得した。
大学はそのすぐ先にあって、黒いマントを着た学生がたくさんいる。なぜか分からないけれど、ジロジロ見られている気がする。
「みな若いな。ティナが気になるみたいだ。希少な女学生候補かもしれないと、胸を踊らせてるんじゃないかな。あわよくば恋人になりたいと」
「まさか!そんな熱っぽい感じはしないわ」
「それは僕のせいだよ。男は動物だからね、威嚇されているのは分かるものさ」
「男子が近づけないように牽制してくれてるの? 僕の女だって?」
私がウキウキとそう言うと、先生は苦笑いをした。今は妻な設定だったっけ。
「娘だと思われているだろうな。まあ、大差はないけれど」
それは心外。私は娘じゃない!
私は絡めていた腕を解いて、先生の手を握った。指を絡める恋人繋ぎ。そして、その繋いだ手が目立つように、あまり豊かじゃない胸の谷間辺りに持ってきて、もう片方の手で上から抱きしめるように押さえた。
どうだ! これなら父娘には見えないはず。狙い通り、男子学生は顔を赤らめて目を逸らし、足早に去っていく。
「ティナは大胆だな。おかげで警戒する必要がなくなったよ。ありがとう」
「ふふふ。お礼は後で要求するわ。それより、ちょっと大学の中が見たいの」
建物の中は無理だけれど、校舎の外から見るなら問題ない。時計塔がある旧校舎も図書館も、重厚なのに繊細な細工が施された美しい建造物だった。
その前にある広場は、丘の上から街を見下ろせるよう開けていた。ここも白壁とオレンジの屋根が美しい。下方に流れる川と対岸の緑も。
「先生は私くらいの頃、ここで学んでいたんですね」
「そうだね。四半世紀も前か。もう歳だな」
「そういうことは言わないでいいの! 何年前だろうと、ジルの母校に連れて来てもらえて、私はすごく嬉しいんだから」
「そう言えば、ここに女性を連れてきたことはないなあ」
「ひどっ! そばに可愛い妻がいるのに、他の女性のこと思い出すなんて!」
「ああ、そうだね。悪かった。お詫びに美味しいものを食べに行こうか」
「しょうがないわね。それで誤魔化されてあげる」
この街の名物料理はシャンファーナという子ヤギ肉と香草のワイン煮込みと、子豚の丸焼きを切り分けたものだった。どちらもとても美味しくて、私はたくさん食べた。
「ティナはよく食べてくれるから、一緒に食事をするのが楽しいね」
先生がそう言ったので、私はつい食べ過ぎてしまった。そして、満腹だったせいか、帰宅する馬車で爆睡してしまったのだ。しかも、先生の膝枕で!
これじゃ、男女あべこべだ。普通は私が先生に膝を貸してあげるべきなのに。
ちょっと凹んだけど、そうも言ってられない。せっかく言質を取ったんだから、今夜こそ指南してもらわなくちゃ!
入浴を済ませて身支度を整えた私は、期待に胸を膨らませて、先生のいる隣室のドアをノックしたのだった。
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