11. 思い出の中の女性

 アズレージョはこの国の伝統工芸タイル。蒼の色彩が素晴らしい。


 工房では、近郊で採れる「ショコラーテ」という粘土を延ばして切り分け、自然乾燥させたものを素焼きをするところから見ることができた。焼き上がったタイルにグレースと呼ばれる釉薬をかけて白くしてから、絵付けに入る。


 カラフルな顔料があるけど、東洋陶磁器の影響で蒼一色が好まれているらしい。そういえば、この店には黄色や緑や赤があるけど、建造物に使われるのは蒼ばかり。


 焼き上がるまで数日かかるので、完成したら届けてもらうことにした。


「綺麗に仕上がるかしら? すごく楽しみ! こんな体験、ここに来なかったらできなかった。ジルのおかげね。嬉しいわ」


 裏にこっそり名前を入れた。ジルベルト&クリスティナ。文字が並んでいるだけで、本当に夫婦になったみたいにドキドキする。


 大はしゃぎしている私を、先生は微笑んだまま黙って見ていた。先生からすれば、私は何も知らない小娘なんだと思う。それでも、楽しくて楽しくて、冷静なフリをするなんてできない。


「そんなに喜んでもらえるなんて、僕こそ嬉しいね。女性はもっとキラキラした、そうだね、宝石なんかを喜ぶと思っていたよ」


「興味ないわ。イブニングドレスを着るときは必要だけど。だって、宝石くらい飾ってあげないと、貧相な胸元が目立っちゃうんだもの。お目汚しよ」


「それは面白い意見だね。アクセサリーがなかったら、君の綺麗な鎖骨は男たちの注目の的になるだろう」


「ええっ! 骨と皮なんて見ても、男性は楽しくないでしょ?」


 胸は大きいほうがいいに決まってる! 真剣に言ったのに、なぜか先生の笑いを取ってしまった。私、何か見落とした?


「ティナは男を分かってない。自分のこともね。君には飾りなんていらないよ。宝石よりも美しいんだからね。そんな君がアクセサリーに興味ない、なんて言ってごらん? 世の女性たちから総スカンだ」


 先生が人差し指の背で私の鎖骨をスッと撫でる。背筋がゾクッとして、ひゃあっと変な声が出た。不意打ちなんて卑怯なり!


「気をつけます。女の敵は女ですものね! でも、お母様はあんなにお綺麗なのに、全然、敵がいないわ。ドレスもアクセサリーも派手なものは好まないし」


「アリシアは昔からそうだったよ。聖女は清貧を旨とするから、その名残かもしれないね」


 アリシア。先生はお母様をそう呼んでたんだ。お母様が先生と出会ったのは学園だと聞いた。


「先生は本当に優秀だったのね。当時はまだやっと二十代でしょう? それなのに、もうお医者さんとして養護教諭になるなんて」


「あれは厄介払いだったんだよ。学園では大きな症例は出ないし、上も目指す人間には退屈な職場だ。僕はまだ研修医だったから、本当は医療現場で学ぶべきだった」


「才能を妬まれたのよ。いつの時代も、能力のない人間のすることは同じだわ。身分とか財産を使って、自分の劣等感を隠そうとするの。そんなの意味ないのに。志ある人ならどこにいても学べるわ。先生みたいにね」


 先生は私をじっと見つめてから、しみじみとこう言った。


「君には驚かされることばかりだ。見た目は母上に生き写しなのに、中身は全く違う。僕がアリシアに初めて会ったのは、彼女がちょうど君の年齢だったんだよ」


「聞いてます。先生から色々学んだって」


「どうだろう。彼女は僕がいるときには診療室には来たがらなかったよ。ただ、人を救うということに関しては、とても熱心に学んでいたね。僕のことも医学雑誌に載った論文で知っていたそうだ」


「お母様が? もう医学論文を読んでいたんですか?」


 知らなかった。お母様は勉強が好きじゃないって言っていたし、実際に学園では赤点ギリギリだったって。それなのに、そんな難しそうなことに興味を持っていたんだ。


「神殿には、奇跡と魔法と医学の最先端技術が集められていたからね。学園に入る前から、ずいぶんと努力していたんじゃないかな。じゃなければ、大聖女になんてなれないだろう。力を正しく行使するためには、あらゆる角度から病状を知らなくてはいけないからね」


「そうだったんですね。お母様ってやっぱりすごい」


 優しいお母様には大聖女が天職だったのかもしれない。人を救う仕事。先生と同じ。


「僕も驚いたよ。初めて会った歳下の女の子から、『最新号に載った僕の論文は秀逸でした』って言われたんだからね。教授レベルが読むものなのに」


「お母様のことだから、きっと素直に感じたことをそのまま言っちゃった気がするわ」


「だろうな。だから、僕を雇うなんて学園はよほどお金と権威があるだって言ったんだ。彼女は、物事に裏表があるなんて思いもしなかったんだろう」


 そうかもしれない。お母様は心がとても綺麗な人だ。神獣もその清浄な魂を愛でたと語り伝えられるくらいに。

 

 お母様には敵わない。そう思うと、なぜか胸がキュっと痛んだ。

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