13. 幼い恋が芽生えたとき
私が初めて先生を意識したのは十歳のときだった。遅い初恋かもしれないけれど、歳の近い兄二人と五歳下の双子の弟に挟まれて育った私は、幼い頃は自分も男の子だと思っていた。
ある程度成長してからは、もちろん自分の性別くらいは承知していたけれど、そうそう態度を改めることもできなかった。だって、しょうがないでしょう? 誰も女の子扱いしてくれなかったんだもの!
「好きなの! 私を連れて王宮から逃げて!」
この恋の告白が、私の人生の転機になったと言っても過言じゃない。
なぜって、これは私がした告白じゃなくて、私がされた告白だったから。そして、私に恋してくれたのは、お兄様の婚約者だった。
「えーと、エディスはお兄様と結婚するんでしょ?そのために、この国に来たんだし」
「やだ! アルフ様は私のこと嫌いなの! 話しかけても答えてくれないし」
今なら、あの頃のお兄様の気持ちは分かる。お兄様は当時十三歳。思春期真っ只中!
他国から来た四歳年下の、金髪縦ロールふわっふわなお姫様がニコニコ寄ってきたら、そりゃ、戸惑って逃げるよ! 帝王教育で色々と婚姻の実も学び初めてたわけで、多分に照れも入っていたと思うし。
「でもさ、これは国と国との約束だから。エディスが勝手に逃げちゃったら、その、ちょっとまずいことになるよ?」
「だから、クリスと私が一緒になるのよ! 私たちがさっさと結婚してしまえば問題ないでしょ? 相手が代わるだけで、国と国だって大喜びよ!」
クリス? それは私、クリスティナのことでしょうか。もしかして、エディスは私を男だと思ってる? そう言われてみれば、最近の私はずっと乗馬服ばかり着ていたけど。でも、これって女子用だよね?
「あのね、ものすごく申し訳ないんだけど、私はエディスと結婚できないよ。えーと、気がついていないかもしれないけど、私、その、女の子だし……」
その後は、とにかく大変だった。衝撃の事実を知った初心なお姫様は、突然の失恋に大泣きした挙げ句、自室に籠もってしまった。そして、私はお父様に大目玉を食らったのだった。
「大国の第一王女が男に間違われるとは情けない! 乗馬は厳禁だ! これからは王宮で暮らしなさい。王妃の元でみっちり行儀見習いさせる!」
当時、子どもたちは離宮で暮らして、お父様とお母様は王宮で生活していた。エディスは王宮でお妃教育を受けていて、週末だけ離宮に遊びに来ていたのだった。
家族が一緒に離宮で過ごす週末、この国に来て間もないエディスは沈みがちだった。お兄様は勉強が忙しいと自室に籠もることが多いし、同性で同じ歳のほうが仲良くできるだろうと、私が彼女の担当になった。
いきなり女の子の遊びをしろと言われても困るので、私はいつもエディスを乗馬に誘った。馬に乗れないエディスを自分の前に座らせて、一緒に丘陵を駆け抜けた。今になって考えてみれば、エディスに惚れられてしまった理由に思い当たることが多い。
誰も私に「女の子らしくしろ」なんて言わなかったし、ある程度の礼儀を守っていれば、物事は比較的自由だった。そんな環境が一変し、いきなり堅苦しい王宮での生活が始まったのだ。
朝から晩まで、誰かに一挙手一投足をチェックされ、息が詰まるなんてもんじゃない! 習い事もうまくできないし、勉強も嫌いだった。
そんな私が、度々訪れるようになったのが医務室だった。「頭が痛い」って言えば勉強しなくていいし、「お腹が痛い」って言えば習い事もサボれる。それに、そこには優しい先生がいて、私を好きだなだけ放っておいてくれた。
「ああ、王女様か。今日はどうしたんだい?」
「うーんと、手が痛いの」
「うん? それは昨日も言ってたね、同じところ?」
「あ、違う。足よ、足が痛いみたい」
「怪我している?」
「えっと、怪我はしてない」
「じゃあ、どうしたのかな。言ってごらん?」
どうしよう。もう一通りの場所は診てもらっているし、それでも痛いって言ったら、きっと仮病だってバレてしまう。もし、それがお父様やお母様に知れたら、きっとティナはダメな子だってがっかりされてしまう。
どうしたらいいのか分からなくて、私はその場でボロボロと泣き出してしまった。
「ああ、そうか。王女様の痛いところが分かったよ。こっちへおいで」
べそべそと泣きながら先生の前に立つと、先生は椅子に座ったままにっこりと笑った。そして、私の胸の真ん中をそっと指差した。
「君が痛いのはここだろう? ここにはね、人間の一番大事なものがあるんだよ」
「……心?」
「そうだよ。君は王妃様に似て賢い子だな」
「うそだわ。私はお母様みたいに優秀じゃないもの」
「優秀?王妃様がそう言ったの?」
「お母様はそんなこと言わないわ。自分は勉強嫌いの落ちこぼれだったって言うの。嘘をつくのよ」
「どうして嘘だと思うんだい?」
「だって、お母様は優しいから。私が落ち込まないように、気を使ってくださってるの」
私は袖でぐいっと涙を拭いた。
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