デコトラ悪役令嬢

第76話「悪役令嬢ト乱入者」

目の前の人造天使は、神々しい光を放ちながら黒い魔力が噴き出しているというカオスな状況だった。

苦しみながらやけくそのように放つ黒く染まった闇の魔力は、まるで自分の放つ神々しい光を拒絶するかのように周辺に降り注ぎ街に被害を与えていく。

《ルクレツィア、少々荒療治じゃが我慢しろ！》

レイハが突き出している手から光が放たれてルクレツィアに注ぎ込まれた、だがルクレツィアはそれに対して拒否反応を示すかのように身をよじらせ、苦しむのだった。

「ああああああああああ！」

《我慢しろ！お主の体内に救う闇の魔力を洗い流すにはこれが一番手っ取早い》

レイハが光を流し込む事で、ルクレツィアの身体からあふれ出てくる闇の魔力はさらに増えた。一部は浄化されたように消えていくが、相当数は人造天使の方に流れていく。

ルクレツィアを浄化する為の行為が、逆に人造天使の力を増大させてしまっているという皮肉な状況であるが、今はそうでもしないといけないくらいの緊急事態なのだろう。人造天使の身体から放たれる黒い光はより増えていくのだった。

「リア、まずいぞ、あれは何とかしないと」

「だったらトリさんお願い！なんとかして！」

リアの大雑把過ぎるお願いで、というか相手は船の形をしてるとはいえ神様なんだよなぁ、怒らないんだろうか。

ともあれアメノトリフネ様は船体である胴体の両サイドに付いてる翼を大きく広げ、人造天使に向けて大きくそれを羽ばたかせた。すると、翼から多数の光の羽根が放たれ、人造天使の周囲を球状に取り囲む。

その球体は闇の魔力に反発する性質を持っていたようで、人造天使の放つ黒い光を消す事はできないまでも、跳ね返してそれ以上広がらないようにはできるようだ。

だがそれはあくまで時間稼ぎであって、球体から溢れかえる程の量になればどうなるかはわからない。早く何とかしないと、とはいえそれはレイハに何とかしてもらうしかないのだが。

「リア！　あれはもうレイハにまかせるしかない、俺様達は周囲に飛び回る小さい天使を何とかしよう！」

「おっけー。トリさん、背中でに大きい馬車みたいなの置いて良い？」

アメノトリフネ様は同意したのか、甲板に設置されている鳥居や装飾物を収納して広いスペースを空けてくれた。本当に至れり尽くせりだな。

「ジャバウォック！」

よっしゃぁ！　ここ最近本来の姿で動き回れなかったからちょっとストレス溜まってたのよね。久々にデコトラで大暴れじゃああ！

「トリさん下降して！　ジャバウォック！　デコトラレーザー用意！」

アメノトリフネ様が凄い速度で下降した事で、周辺を飛び回る小天使たちが一望できるようになった。デコトラの姿に戻った俺様は、後部荷台の天側を観音開きにして内部のレーザー発振部をむき出しにした。

【ご案内します。目標を補足完了、微調整終わりました】

「んじゃ、うてー！」

リアの少々気の抜ける号令でレーザーが放たれた、相手が動き回っていても【ガイドさん】が狙いを付けるので俺様はとにかく撃ちまくるだけでよかった。

「これでしばらくは抑えておけるか……？あれは？」

「あな？」

リアも疑問に思ったように、人造天使の頭上に浮かぶ天使のような輪と反対側、足元に黒い渦のようなものが形成され始めたのだ。

渦はどんどんと周辺の闇の魔力を吸収し、人造天使本体からすらも吸い取っているようだ。

【ご案内します。人造天使内の闇の魔力の量が一定数を超えたようです。このままでは世界の均衡が壊れて穴が空きます】

ん？どういう事？

【ご案内します。元々闇の魔力自体がこの世界と相容れない異物のようなもののようです。

観測の結果、一定数そこに残存すると世界の境界に穴が空き、向こうとつながる門が形成されるようです】

向こうってどこよ！？　【ガイドさん】は何か知ってるかも知れんけど、そんな事聞いてる場合じゃない気がする。

《ええい厄介な、『門（ゲート）』化が早すぎるぞ！　聖女だからか？　おいルクレツィア、いい加減振り切らぬか、それはお主の心の闇でもあるのだぞ！》

「この、黒い魔力が、私？　やはり私は罪深い存在」

《だから違うというのがわからぬか！　神が人に対して悩み、迷う心を与えたのは、人を信じておるからじゃぞ！》

「ひ、人を？」

いつの間にか、神と一体化した巨大なレイハとは別に、ルクレツィアの側には分身なのか半透明に透き通った姿のレイハがいた。

「ちょっと時間を止めるぞ！」

「これでよし、よく聞けルクレツィア。ウチは先程神降ろしを行った事で神々の心を多少は理解した。少々ズルではあるが今はそんな事を言っている場合ではないからな。

　ウチは宗教に関わっておるからお主の悩みもよく理解できる。例え話をしようか、剣術と宗教は似ておるのよ。

　剣術とは何か、剣の技を磨く事で心を研ぎ澄ませ、より高みへと至るものといえば聞こえは良いが、結局は人殺しの技術。

　突き詰めたとしてそれは本当に心が高みに至ったのか？では悩む事も無く人を斬る事ができるようになればそれで良いのか？というとそれも違う」

「いったい、何の話……？」

「まぁ聞け。剣の道はひたすら剣を振り続け、悩む事の繰り返しじゃ。じゃが、悩むからこそ剣筋を磨く事ができる、迷うからこそ様々な道が見えるそれは宗教とて変わらぬ

　迷わねば人は前に進めぬ。悩まねば過ちを正す事もできぬ。迷うからこそ、悩むからこそ人には未来の可能性があるのじゃ」

「未来？」

「そう、確かに人は聖典をいじくりまわしたりしておる。じゃがそれは裏を変えれば内容を時代に合せてより良いものに書き換える事ができる。そして良いものが出来たならそれを後世に伝えていく事ができる」

「でもそれが本当に良いものかははるか先にならないとわからないのでしょう？では、何のために毎日毎日祈りを捧げていたのかと、わからなくなったのです」

「まぁのぉ、正直あれは効率悪いわの。事あるごとに神に祈りを捧げて聖典を何度も何度も読んで」

「レイハの国では、違うのですか？」

「ウチの国でも生活が宗教と密接に関わっておるのは同じじゃがな、教義らしいものはほとんど存在しておらんし、皆何を崇めているのかもわかっておらんじゃろうな。

　なんとなしに拝み、過ちを犯せば、なんとなしに何かに対し申し訳なく思う。そんなものじゃ」

「そんな！そんな事で人の秩序が守れるのですか！？」

「案外何とかなるもんじゃぞ？神の教えは親から子へ、子から孫へと、良識や道徳として受け継がれていく。他には何も無い。

　神殿の中にも何も無い、『ここに神がおわすからお祀りする』と決めたから建物がそこにあるだけで中は空っぽじゃ。神像も無い」

「そんなの信じられません！さ、さっき色々と唱えていたでしょう！？あれだって神から伝えられた呪文か何かなのでは？でなければあんなものを呼び出せるわけがない」

「あれは単に神々に対して丁寧に丁寧にお願いしておるだけじゃよ。わけのわからん言葉が並んでるわけでもない。

　どこかに神がいるだろうと信じて生きる、それだけのものじゃ。何も無さ過ぎてこれで良いのかとたまに想いもするがの」

「何も無いのに、信じる事ができるのですか？どうして？空っぽの建物を拝んで何になるというの？」

「まぁ唯一の教えみたいなものはあるがの。『悪い事はお天道さまが空で見ているぞ』だけじゃ。

　あとは個人の良識に任せる、いないからいないのではなく、いるから信じる、何も無い所に畏れを抱き敬う。それがウチらの宗教じゃ」

「ですが！それは、願えばあのような姿で顕現してくれるからこそでしょう！？私達には何も無い！無いから神を作ろうと！」

「どうしてお主がそれを知って、いや、紛い物でも天使になればそれくらいの知識は流れ込んでくるか。じゃがの、ウチらは仮に神々が自分達の前に姿を現さなくても変わらず信仰しておったと思うぞ

　『神がいると思ったから崇める』と自分達で決めたからの。そこに神がおわす、いや存在などしないとかは何も関係ない、信じると決めたから信じるだけじゃ」

「信じる、自分で、決めたから崇める」

「形は違えど本質は同じじゃろう？人が信じると決めたからには、最後まで信じなければならぬ、そういうものじゃ。途中での多少の過ちや罪は途中で正せばよい」

「ですが、私は取り返しのつかない罪を犯しました！これは誰がどう言おうと償えないものでしょう！？」

「これはお主一人の責任ではない、様々な事が絡んで起こった事じゃ。だからといって心が軽くなるわけでもないじゃろうがな、じゃが罪を悔いて死ねばそれで良いのか？それでは罪から逃げるだけじゃぞ」

「私は、一体どうすれば」

「ルクレツィアよ、日之本国が第ニ皇女、レイハの名において命ずる。生きよ、罪は己の胸の中にしまっておいて一生苦しみ、後悔しつづけろ。

　じゃが、歩みを止めてはならぬ、どうすれば良かったのかと悩み続け、より良い生き方を自分で模索し続けよ」

「それで、神は赦して、もらえるのですか？」

「ちょいと異教の神じゃがな、赦す。じゃから帰ってこい、人の世界へ。そろそろ時間を止めるのも限界が近いからの」

「私は―――」

「ジャバウォック！今度こそ「じゅんこーみさいる」とか言うの撃っちゃだめ？」

「だめ！あの中にはルクレツィアやレイハもいるんだから！　あれ？」

【ご案内します。人造天使の天地にある２つの輪の均衡が取れ始め、現在急速に状況が安定しつつあります】

【ガイドさん】の言う通り、２つの輪の間で荒れ狂っていた魔力が安定し始めたように見える。そして人造天使の周辺が良く見えるようになると、ルクレツィアが巨大なレイハの手の上にいるようだ」

「あれ、ルクレツィアだよね？助け出せた？」

「の、ようだなこれでひとまず一安心……？」

だが、安心したのもそこまでだ。突如人造天使の足元の黒い輪の中から黒い魔力が溢れだし人造天使を包み込んだ。

レイハは退避したので無事なようだが、人造天使はというと、徐々に人というか天使の姿が崩れ始め、別の形へと姿を変えていった。

「あれは……デコトラ？」

「おいおい、一難去ってまだ一難というには相手がヤバそうだぞ」

次回、第76話「黒イ　デコトラ」