第75話「レイハ ト 暴走天使」


人造天使が何やら不穏な気配を出し始めた、レイハの呼びかけでも何かがおかしいと思い至ったようだ。

《よく考えよ人の子よ。お主は何者だ?》

「わ、私は人ではない、神の御使いたる天使だ。神の命により罪深き人へ裁きを……」

《お主が神から創られたのならば、何故同じく神により創造された人を勝手に裁くのじゃ?》

「勝手にとは何だ! 人の犯してはならぬ罪はこの世でただ一つの真理である聖典にも記されている! それを裁く事の何が悪い!」

人造天使がそう叫ぶと、レイハは哀れむようにして言った。

《お主なぁ、その聖典とやらは、我が知る限り何度も何度も書き換えられておるぞ? 最後の改訂は15年前じゃ》

「はぁ!? 何を言う! その聖典は神からの言葉の綴られた神聖なものだ! 偽りを言うな!」


だが、天使の言葉に、今は神が乗り移っているレイハの雰囲気が変わっった。

《お主、神たる我の言葉を偽りと申したか……?》

「あ……、ぐ……」

レイハの口調が普段とは明らかに違う、ゆっくりと天使に近寄るレイハの姿がなんだか恐ろしく見え、相対する人造天使は完全に気圧されている。

《我は、神ぞ! 被創造物である天使ごときが我の言葉を疑うか!》

「いえ! そ、そのようなことはございません!」

天使は必死に否定して許しを請うているが、レイハはお構い無しに言葉を続ける。


《お前は自分の行動を聖典を元に決めておるが、先程も言っておるようにそれは人が書き記したものじゃ。

 そしてその内容は時の権力者、時の為政者によって何度も書き換えられておる。自分達の都合の良いようにな》

「そんなはずが、いやしかし」

《あの聖典は突然人の前に現れたものか? お主にも記憶があるだろう、昔の聖典を読んだ時、現代のものと内容が違うという事が無かったか?》

「それ……は、いえ、はい」

《おかしいではないか、聖典が神から遣わされたものであるならば、それは一切の無駄も誤りもなく完璧なものであるはずだ。

 そして神はそれを改変する事など決して許す事は無いはずだ》

レイハの言葉に人造天使、いやルクレツィアは完全に混乱していた。

「せ、聖典は神から与えられた、いや、聖者が救い主たる天使から伝えられ、いやそもそも何故私達人を創造した時にその教えを人の中にも与えなかった? 何故? 何故? 何故だ!」

《うむ、ようやく揺らいできたようじゃな。良い兆候じゃ》


レイハの言葉に人造天使は頭を抱え、自分の行動に疑問を持ち自問自答していた。

けど迷う事って良いことなのかなぁ? 俺様はデコトラなので今ひとつその感覚がわからんのだが。レイハは先程とは打って変わって人造天使に語りかけるのだった。

《良いか、先程のお前を見ていればわかるであろう。たしかに人を完璧に作れば完全に自分の教えを守らせる事も可能であろうが、神とて全能万能ではない》

「ばかな! 神が全能でないとはどういう事だ! おま、貴女とて神の一柱であろう! その貴女が自分の万能性を否定するとは!」

《儂はこの世界の一部を管理する権限を割り当てられてるに過ぎぬよ。見よ》

そう言うと、レイハは空を指差す。

《お主は空に星々を見た事があるであろう? あの星の1つ1つにこの世界と同じような大地が広がっておる。当然姿形は多少違うであろうが、人も神もな》

「な……、まさか。それでは無数に人も神々もいるという事になるではないか!」

《そういう事じゃな。その全てにお主の知る聖典と全く同じ教義が伝えられていると思うか? それがたった一つの永遠不変なものだと思うか?》

「いくらなんでも、そんな無数の事柄に、あの本一冊で対応出来るはずが、いや、そもそも世界が違うのであれば、真理もまた、ああ何故、何故だ、何故私は」


《頃合いじゃな!》

レイハがそう叫ぶと、人造天使の周囲に光が集まり、その身体を包み込んでいく。

「な、なんだこれは! やめろ、やめてくれ!」

人造天使は慌てるが、やがて光の珠が小さくなり胸の中に吸い込まれるように入っていった。そしてレイハはそれをえぐり出すような仕草をする。

すると人造天使の胸から、一体化していたはずのルクレツィアが引きずり出されてきた。

《少々痛むかもしれんが我慢せい。こうでもせぬとお主をこの紛い物と切り離せぬでな》

「うっ、ううう、うあああああ!」

ルクレツィアは現実を直視できないのか、必死に目を閉じ耳をふさごうとしたが、レイハはそれを許さない。

《目を開け! 己のしでかした事を知るがいい!》

ルクレツィアが見たものは、人造天使となった己が放った光弾等で破壊された街々、火の手が上がる教会、そして周囲に人の死体がいくつも転がっている。

「あ……ああああああああああ! 嘘だ! いやあああああああ!」

すると、ルクレツィアの悲鳴に呼応するかのように、人造天使の中から黒い霧のようなものが溢れ出し始めた。


《やはりか! お主、知らず知らずのうちに己の道に迷っていた所に付け込まれたな!》

溢れ出る黒い霧はより勢いを増し、竜巻のように渦を巻き始める。あれはやっぱりあれだよなぁ。

【ご案内します。分析したところ闇の魔力ですね、今の今まで検知できなかったのが不思議ですが、あの人造天使の奥深くに潜んでいたようです】

おいおい、ここにまで影響が来てたのかよ、ここ光翼教の中心地なんだろ?


《ええい厄介な、量が多すぎる!間に合うか!》

レイハが闇の魔力を浄化しようとしたのか己の身体から光を発するが、ルクレツィアを自分の体内から引きずり出された人造天使は、苦しむような声を上げる。

それと共に黒い霧は人造天使の方に流れてゆき、吸収されてしまった。

ガアアアアアア!!

突如、吸収した以上の闇の魔力を放出し始めた人造天使は、周辺に黒い光の雨を降り注ぎ始める。

黒い光が当たったところは、黒い煙や炎が吹き上がり、そこからも闇の魔力らしきものが放出されはじめる。

更には小天使までもが再度出現し始めた。


「おい! 無差別攻撃かよ! さっきより酷いぞ!」

《ジャバウォック! こうなってはやむを得ん、今からウチがルクレツィアを切り離す、お主は小天使を頼む!》

ようやっとで俺様が手助けできる状況か、けどこれ状況悪すぎない?


次回、第76話「悪役令嬢ト乱入者」

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