第73話「悪役令嬢ト神々ノ闘イ」
ルクレツィアが取り込まれた巨大な彫像を教会上空へ転移させたのは良いが、俺様達まで空高く転移されてしまった。
レイハの呼び出してくれた船の形をした神様に着地した事で墜落せずに済んだが、あまり悠長に構えていられる状況ではない。
「あれ? ケイトは?」
「……え? あー!忘れてた! どこ!? ケイトさんどこ!?」
リアに言われて気付いたが、メイドのケイトさんを放ったらかしだった!そういえば俺様は自分とリアの安全で手一杯だったのですっかり忘れていた。
「お、おおおおおちおち落ち着け! まだ地面への落下には時間がある……、かも知れん!」
動揺してるのはレイハも同様だった、あわてて皆で船べりから下を見てみるが、うわっ、高い。
「これ、助からんよなぁ……」
「落ちていってるのなんか見えないよー」
「えーとえーと、こういう時に助けを求めるのはどなたが良いんじゃろうか……」
【ご案内します。ケイト様は非戦闘員なので危険と判断し、離れた場所に移動させました。後で迎えに行きましょう】
「「「【ガイドさん】ナイス! 」」」
一安心して改めて教会の上空に浮かんでいる『人造デコトラ』を見た。
もはやデコトラ、というか最初からデコトラの形ですらなかったのだが、機械でできた人のようなものだったのが、外皮がきちんと形になり、衣服をまとった高さ20m程もある巨大な天使のようになってしまった。
背中には羽根、頭の上には光る輪とかもセットで、だれがどう見ても天使だった。顔には胡散臭い笑顔を浮かべているが、見る人が見れば慈愛のこもった笑顔だと思うかもしれない。
胸の部分には相変わらずルクレツィアが埋まっているが、このサイズ比だと単なるネックレスの装飾にしか見えない。
「人造の神を作るとか言ってたはずだけど、なんかあれ、天使っぽくないか? 天使ってあんなんだろ?」
「ウチの目から見てもジャバウォックが言う通りじゃな、光翼教のシンボルにも似ておる。ルクレツィアのやつめ、神を気取るのは畏れ多いとでも思ったのか? 逃げ場を残しおったな」
「ねー、あれって、これから何かするつもりかな?」
「どうって、俺様に言われてもな。そもそも感情とか心とかあるのかあれは」
リアの疑問には【ガイドさん】が答えてくれた。
【ご案内します。対象は不完全ながらデコトラを取り込んでDEを吸収し、さらにはルクレツィアまで取り込んでおります。
その過程でなにがしかの意思のようなものが発生する可能性は大いにあります。この後の行動パターンを予測計算いたします。
このまま何もしない確率:5%、エネルギーを吸収して巨大化し、街に被害を及ぼす確率:30%、暴走して破壊活動に及ぶ可能性:65%です】
9割以上の確率で街に被害が出るとおっしゃる……。
「ほぼ何かするの確定じゃないかそれ、どっちにしても迷惑だな……」
「ぱーせんと?
「ねぇ、その場合胸の所にいるルクレツィアはどうなるの?」
リアの疑問ももっともだ、というかあれ無理やり引き剥がして大丈夫なんだろうか、色々と身体に食い込んでそうだけど。
とりあえずこのまんま何も起こらないでいてくれる方が良いんだが。だが、その願いはもろくも崩れ去る事になる。
「おお……、あれは、天使か? 天使様か?」
「なんと言う、この世をお救いに来られたのだろうか。偽りと腐敗と退廃にまみれたこの世を」
「ちょっと待て、天使って終末の時にやって来るって話もあっただろ、今がその終末とか言うんじゃないだろうな」
「バカ言え、週末ならともかく日曜日にはきちんと教会に行ってるよ。僕に天罰が下るはずがない」「そっちの話じゃねぇよ」
「天使様……、我が祈りを聞き届けて下さったのだ……」
なんか下の方で人々が大騒ぎしてた。
何か祈るようなポーズをとったり、天使に向かって拝んだりと完全に異常なテンションになってしまっている。
「まずいの、どう見ても天使じゃから信仰の対象にしか見えんし、信仰心すら糧にし出すぞ。奴らの思うままの行動を取りかねん」
「ん? おいレイハ、俺様思うんだけど、天使としての行動を取るんならそれは別に良いことなんじゃないのか?」
「普通ならな。じゃが、この街の住民は誰も彼もが朝から番まで祈っておった、何の為だったか覚えておろう?」
「私が祈らされた時は、戒律を破ってごめんなさいとか……」
「えーっと、とにかく悪いことをしたからごめんなさい、ってのが多かった……。あ」
俺様達は教会都市で経験した事から嫌な予感を覚えたが、それはすぐに的中する事になった。
〘人の子らよ、我は
罪にまみれし人の子らよ。汝らは何故に罪を重ねる、何故罪を懺悔しても懺悔しても戒律を破り、罪を犯し続けるのか!
汝らは生まれながらに罪人、咎人、悔いよ、頭を垂れよ、断罪を受け入れよ!〙
「第一声があれかよ……」
「断罪の天使を気取る事にしたようじゃの……」
「ねぇじゃばば、断罪の天使ってどういうものなの?」
「要は悪役だ」
「……そう」
さすがのリアもドン引きしていた。えーと、もう『人造天使』でいいか。『人造天使』はいきなり大声を張り上げると、男とも女ともつかない声で人々に説法というか断罪をし始めた。
人々はというと、それを受け入れるかのように一斉にひれ伏して祈りを捧げ始めた。すると人造天使の身体がほんのりと光り、明らか力をを得たかのように美しく輝き出したのだ。
その光に誘われるかのように空から小さな天使達が降りて来た、いや、あれは天使なのか?羽根の生えた人型の何かが舞い降りて来るが、明らかに作り物だ。
作り物の小天使達は人々に向かって何か言葉をかけているようだが、俺様達の所までは聞こえて来ない。だが、その言葉を聞いたらしい人々はさらにひれ伏して祈り始めた。
【ご案内します。あれは
「信仰心が人造の天使の力を強化させてしまい、ありもしない罪で断罪ごっこか。見るに耐えんな」
「ねーレイハ、レイハがルクレツィアに怒鳴ってたのってこういう事になるから?」
「うむ、この街は少々やりすぎておった。人間誰しも自分が罪人だ、罪人だから仕方ないと流される方が楽じゃからの。
潜在的に罪悪感を溜め込みまくっておった、それの受け皿として『あれ』が出現すればこうもなる」
「自分は罪人じゃないって思うのってそんな難しいの?」
「難しい、今まで生活の中で聖典に書かれている通りに生きてたからの。
生活の隅々まで掟やらに縛られていては人としての『個』を確立できんよ。神々というか、聖典の言うがままじゃ。
そして、それはルクレツィアも抱えておった鬱屈じゃろう、見よ」
見ると、天使の胸元にいるルクレツィアの口も動いている、天使と同じ事を話しているようだ。
という事は、あれはルクレツィアの考えが反映されてるって事か?
これはもうルクレツィアが取り込まれたというより、ルクレツィア自身の暴走なんだろうか?
だが、その後の言葉を聞いた瞬間、俺様達は耳を疑う事になった。
「人の子らよ、裁きを受けよ!」
バオオオオオオオ!という音とも声ともつかぬ轟音と共に天使が空中で手をかざすと、そこから光が発射された。
それは街のいたるところに降り注いでは爆発や炎上を起こす。
「やりやがった!」
「ルクレツィアー!だめー!」
「あのバカ娘が、己が至らぬという罪悪感を他人になすりつけているようなものじゃぞ。
やむを得ん、疑似とはいえ天使にはそれを超える存在をぶつけねば。リア!今からアメノトリフネ様の制御を一部渡す!
お主の思うように動くようになるから、あやつの気を逸らせろ!」
「リアに、って、レイハはどうするんだ?」
「言ったであろう、超える存在をぶつけると。このお方は祝詞を省略するわけにはいかぬので長くなる。始めるぞ、
此の天地に仰ぎ奉る 掛けまくも畏き 天照大御神 産土大神等の大前を拝み奉りて 恐み恐みも白さく 大神等の廣き厚き御恵みを 辱み奉り 高き尊き神教のまにまに 直き正しき眞心もちて 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に勵ましめ給ひ家門高く 身健に 世のため人のために盡さしめ給へと恐み恐みも白す……」
レイハが長い長い祝詞を唱え始めた、それが妙に丁寧に丁寧にというのは、何度も彼女の巫女的な術を見て来た俺様にはわかる。
「リア! なんだかよくわからんがこの船……、船様を動かせるらしい! やれるか?」
「うーん、とりあえず考えれば良いのかな? あっちへ、うわ!」
リアが何かを念じた瞬間、とんでもないスピードで船は動いた、早すぎて瞬間移動したかのようだ。おまけに移動する時は何の反動も感じず、船の上は無風状態であるかのようだった。
「すご……、これならちょっと近づいても大丈夫かな? お船さん! あの偽天使のところまで!」
リアは船を操ると、人造天使に埋まっているルクレツィアの所にまで移動させた。近くで見るとますます巨大だなこれは。
「ルクレツィアー! そんな事したらだめー!」
「リア! そのまま呼びかけ続けてくれ! 【ガイドさん】! これって攻撃したらまずいのか?」
【ご案内します。この街の住民はこの像を天使と認識しており、何かあればそれこそ信仰心を煽り立てる事になり、さらにはその際の憎悪、恐れといった負の感情までもルクレツィア様に吸収させる事になります。そうなればより暴走の危険性が高まります】
「あれでもまだ暴走してないってのかよ……。リア! とにかく呼びかけ続けるんだ!」
「ルクレツィアー!」
だが、その呼びかけに対する返答はこちらへの攻撃だった。天使像が手をこちらに向けると、そこから俺様のいる船へ光の弾が発射された。
だが、リアの危険察知に反応したのか、船は瞬間移動してそれを避ける。
これはまずいな、リアに呼びかけを続けてもらって、これを繰り返して時間稼ぎをしないと。
「……【ガイドさん】、もういっぺんデコトラガントレット」
【ご案内します。了解いたしました】
ちょっとリアさん!? 何するつもり!?
「デコトラ、ミサーーイル!!」
リアの両腕のデコトラからミサイルが発射される、いやリアさん!? 攻撃したらまずいんじゃないの!?
そのミサイルは人造天使に当たる寸前に、レーザーのような光で迎撃される。いいのかなぁこれ。
「おのれぇええええ!デコトラレーザー! ガトリング! デコトラブレード発射!」
リアさんんんん!? ムキになってフルバーストしなくてもいいんじゃないかなぁ!? 話聞いてた!?
神に祈りを捧げている最中のレイハが怒るかと思ったが、彼女はよほど集中しているのかこちらを見ようともしない。
「ガイドさん! 『じゅんこーみさいる』とかいうやつ!」
それ絶対使っちゃダメなやつうううううう!
【ご案内します。DPが足りませんので使用不可です】
一安心だったが今度は人造天使のターンだ。天使像が手を向けると今度は小天使がこちらに向けて襲いかかってきた。
小天使はレーザーを放ってきたりはしなかったが、噛みつこうとしてきた。天使のような見た目でえぐいな!
「リア! 人造天使は後回しだ! 小さい方からやれ!」
「ええいデコトラレーザー滅多撃ち!」
リアが手を突き出すと、両腕のデコトラの荷台の天側が観音開きに開き、中から大量のレーザー発射口が展開した。
そこから発射されるレーザーの雨は小天使を焼き払う。曲がって追尾までしてるぞおい、リアにレーザーは真っ直ぐ飛ぶという固定概念が無いからだろうか。
「次はお前だああああああああ!」
リアさんんんん!? 最初の目的忘れてない!? リアの放った極太のレーザーがもろに人造天使を直撃したのだった。
じゅっという音と共に閃光が消えると焼け焦げた人造天使の姿が現れた。胸元のルクレツィアもちょっと焦げてるようだ、なんか……ごめん。
人造天使は一気に身体を再生させると、無表情だった顔怒りに歪ませるとこちらに向けた。完全にこちらを敵と認識させてしまったようだな。
「怒らせちゃった、かな?」
「完全に、怒ってるな。リア、悪いことは言わんから逃げ回れ。というかお願いだからこれ以上攻撃しないで……。」
人造天使はもうレーザー撃ったりとかでは生ぬるいとばかりに、教会の上空から翼をはためかせて俺様達の所まで上昇してきた。
そしてそのままリアに向かって拳を振り下ろしてくる。だが、船は簡単にそれを避ける。
船の方も天使ごときに負けるのはお断りとばかりに、リアの操縦とは別に側面に付いてる翼で殴りかかっている。何してんのこの神様も。
そこからは羽根の生えた船と巨大天使の肉弾戦というわけわからないものの始まりだ。
リアさんんん!? 俺様の運転の時も思ったけど! お船で格闘戦するんじゃありません!!
「トリさん! 回し蹴り!」
『!』
乗ってた船が……、船首を視点に大きく回転し、船体で……、回し蹴りし、それは人造天使の顔面を直撃した。リアさん乗り物で回し蹴りするのお好きね。
「次は! トリさん! 正拳突き!」
『!!』
今度は船首を拳に見立て、人造天使のみぞおちめがけて突進し突き刺さった。
「トリさん! 回転蹴り!」
『!!!』
今度はサマーソルトキックの連続技で相手のアゴを蹴り上げた。
人機一体という言葉があるが、人船一体という言葉は俺様は過分にして存じ上げませんな。まず船で格闘する奴を見た事ない。
つーか船の神様よ! お前さんリアと以心伝心にも程が無くない!?
これ、一応神々の闘いなんだよなぁ……? 良いんだろうかこれで。
次回、第74話「レイハト最高神」
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