第70話「聖女ト新タナル神ト『上位世界』」

「これからが本番だ、と言うがこの有様でどうするつもりだ!動きもしない像を作る為に教会の資金をつぎ込んだわけでは無いぞ!」

教会地下の研究所では、折角出来上がった『人造デコトラ』がただの彫像同然な事に、枢機卿がエルフのフレムバインディエンドルクを問い詰めている。

『人造デコトラ』研究には大公爵の資金も入っているが、相応に光翼教の資金も使われていた。大半が枢機卿の私財等なので彼にしてみればたまったものではない。

本来の計画では、フォルトゥナから奪った力で『人造デコトラ』を造り出し、枢機卿が主となる予定だった、だが、今はまだその状態にも達していないのだから。


「まぁまぁ、その為の聖女ですよ、今度は彼女を利用する番です。

彼女を『人造デコトラ』の核とすれば彼女の意思が宿り、貴男は彼女を支配するだけで良いのですから」

「ちょっと待って欲しい。生きた人間をあの中に入れてしまうのか?一応聖女として教会の為になっているので死なれてもちょっと困るのだが」

「まぁ人としての意識は無くなるでしょうね、デコトラを制御する為の最低限しか残らないでしょう。

人の脳ではあのデコトラに対して小さ過ぎますので、過剰な情報を流し込まれた負荷に耐えきれませんから」

枢機卿はまるでちょっとした実験のように人体を材料に使うと言われ絶句するしかなかった。

彼とて権謀術数の中で暗殺等を命じた事はある、しかし神の模造品を作る事は一応崇高な行為と思っているので、面白半分に人の命を弄んでいるわけでもないのだ。

何よりもこれから自分が崇めるべき神の中に、人が部品のように組み込まれている事に対する忌避感もあった。


「話が違うぞ! そんな人間を材料にしたようなものを崇めろというのか!」

「何事もプランBというものはあるものですよ、この際何でも良いではありませんか。

 どうせ宗教なぞ欲と権力と金と血にまみれているのです、一人くらいの殉教者が追加されたところで本質は何も変わりませんよ」

「いやしかし……」

「まぁ否が応でも彼女は”そう”なるんですがね。何しろ『あれ』は力が渦巻いている状態だ。本能的に制御してもらう存在を求めるのですよ」

「何?」

枢機卿はエルフの言葉に何故か悪寒が走る、その寒気が何を意味するのかを理解するのにそう時間はかからなかった。

それまで動かなかった彫像の一部が解けて触手のようになり、カプセルを突き破って外に出てきたのだ。

それは何本もが床を這い回り、やがてルクレツィアの存在を感知すると、そのまま彼女を絡め取ってゆく。


「……おい、あれは何をしようとしているんだ?」

「多分、彼女を自分の体内に取り込もうとしてるんじゃないかなぁ、と思うんですけどね。何しろ何をするのかさっぱりわからないので」

「さすがに、あまりにも適当過ぎないか」

フレムバインディエンドルクの枢機卿への答えが適当過ぎるので、さすがの大公爵からもツッコミが入ってしまった。


ルクレツィアを捕らえた彫像の胸部分が観音開きに開き、その中は空洞になっていた。

その中からも何本もの触手が生えてきてルクレツィアの身体に絡みつく。

既に一体化が始まっているのか、無表情だった彫像の顔が動き始め、「ガ、あ、あ」と声を上げ始めた。

もっとだ、もっとよこせと言うかのように触手はルクレツィアの身体に突き刺さり、血しぶきが辺りに飛び散った。


だがルクレツィアは痛みを訴えるどころか、歓喜の表情で天を見つめ声を上げている。

「あ、あ、あ。偉大なる我らが主よ、いえ、私が、ワタシはカミカミ、大イナル存在。この世ヲ遍く支配スル唯一ノ神。

 ああ、今なら理解デキル、我ガ望ム世界ノ本質、両界の定め。それは喜び、悲しみ、絶望、世界の糧。

喜べ、歓喜セヨ。捧げよ、新タナル神への供物」


枢機卿はルクレツィアの文字通り神がかりになったかのような異様な状態に恐怖を覚えていた。

眼の前にいるのはデコトラどころか、人を超えようとしている何かだった。

「おい、あれがデコトラなのか? いったいどうなっている?」

「彼女の中にある救世主願望がかなり強かったようですねぇ。色々鬱屈してたんじゃないですか? 一足飛びに神格化し始めてますよ?」

枢機卿とフレムバインディエンドルクが言葉を交わしている間にも、ルクレツィアはより人間離れした状態になっていった。

しかしそれは神になるという神々しさとは真逆で、より凄惨なものになっていく。

金属のような触手はルクレツィアに絡みつき、その身体を傷つけては取り込んでゆき、生きながらにしてもう一体の金属製の神の彫像のようになっていく。

血まみれのルクレツィアは恍惚とした表情で、その変化をむしろ喜んでいるかのようだった。

やがて、自らと一体化させようというのだろう、彫像は自分の胸の穴に収めようとし始めた。


「おい、やめてくれ!仮に成功したとしてこんなおぞましいものなんて崇められわけないだろう”」

枢機卿が叫んでも状況は変わらなかったが、別な所で動きがあった。


「だっ……たら、あーしが止めてやるわよおおおおおおおおおおおおお!!  =͟͟͞͞(((ノ*`н´*)ノウオー」

突然、空中で固定されていたかのように止まっていたフォルトゥナが身じろぎするように車体を震わせ、拘束を破るかのように発光した。

そして、そのままルクレツィアが取り込まれようとしている間に割り込む。

「レティ! あんた血だらけになって何喜んでんのよ! そんなの絶対おかしいと思うんですけどー!  ٩( ꐦ•̀ з•́)و ムキー!!」

だが、それはフォルトゥナも同様に取り込まれそうになってしまう行為だった。フォルトゥナの車体にも何本もの触手が突き刺さる。


「「「ガあアA在亜嗚呼!」」」

機械の声、ルクレツィアの声、そしてフォルトゥナの声が入り乱れ三者三様の力や意識が混濁するようになった時、異変が起こり始めた。

突然、天井部分に渦巻く光の輪のようなものが出現した、その輪は回転する毎に異常な程の力を発生させ、やがて渦の中に別の世界のような光景が浮かぶのだった。

それは人知を越えた光景。異形を通り越して理解すらできない街並み、読めても理解できない文字、姿を見ても認識できない人影、ありとあらゆるものが何故か理解を拒む。


「おいフレムバインディエンドルク、何だあれは。これからどうなる」

「闇の魔力には”魔界”とのゲートを開く力があるそうですが、この場合光の魔力で『上位世界』とつながる門でも開いたのでしょうか?

 人造デコトラのコアとデコトラのコア、聖女の光の魔力3つが共振・反発した副作用のようですが……まずい!」

「あ、あ、あああああ、なんと素晴らしい。あれは、あれこそがさらなる高みの世界、なんという、こんな領域があるのか、ああ、全てが見える、つながる……」

大公爵とフレムバインディエンドルクは異世界を見てもあまり心を揺り動かされなかったようだが、枢機卿は長年の修行の成果があるのか、上位世界に魅入られていた。


「あーだめだめ! そんなの見ちゃいけません! 大公爵様、ここから離れましょう、少なくとも目的は達成できそうですが、願っていたのとは少々方向性が異なりそうです」

「一体何が起ころうとしているんだ」

「上位世界からデコトラへ力が流入しています。このままではあのデコトラが無限に進化してしまい、どうなるかはわかりません。神になるか竜になるか城になるか。」

「……ひとまず良いだろう、私もこの世の行く末を見逃したくはない、そこの枢機卿も連れてこい」

「ええー、もうイッちゃってますよこの人。意識がまともに戻るかどうか」



俺様達はドリルで教会の壁をぶちぬき、床に穴を開け、最短距離で地下へと向かおうとしていた。

もう時間が無いようなのでスキルを駆使して人も物も押しのけて強引に進んでいる。

【警告します。向かう先に膨大な「神の力」の高まりが感知されております。これは過去にレイハ様が神を呼び出した時とは比べ物になりません】

「そんな事言われたら、行かないわけにはいかないだろうがぁーーー!」

「いっけぇーー!」


次回、第71話「悪役令嬢ト『人造神』」

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