第69話「大公爵トエルフト『人造デコトラ』」


「聞こえるか、聞こえるか。お前の名は?」

「わ、ワタシハ……るくれつぃあ」

「そう、お前は聖女ルクレツィア、人々を救わねばならぬもの。だがお前は何をしている?」

「人ビトヲ……救って」

「お前は大勢の人を救ったかもしれない。だ、神はそれに応えてくれたか?」

「カミ、神、かみ、ああ、主よ、何故ワタシに声をいただけないのですか?力だけを与えられ、いったい何をせよと言われるのですか?」

「そう、お前は力を持っている、だが持っているだけだ。しかもその力は聖典にも載っていないこの世の理から外れた力だ」


手術台のようなものに寝かされているルクレツィアに枢機卿が語りかけているのを、大公爵とエルフのフレムバインディエンドルクが見ている。

「あれで良いのか?」

「ええ、魔王薬は欲望を増大させるものですからね。幸いにして彼女は光の魔力を持っております、中和させながら上手くやれば力だけを伸ばせるでしょう。それを利用すれば一気にデコトラを建造できますよ」

「お前がデコトラまで詳しいというのは意外だったな」

「私は1000年前の大襲来もこの目で見てきたのですよ、前文明の事ももちろん知っております。デコトラが無くなってしまったので使う事も無くなっていた知識なのですが」

「前文明、か」

「この世界は何度も崩壊と再生を繰り返しておりますからな。今は8番目くらいの文明のはずですが、まぁ多種多様な文明で毎回驚かされますよ」


このエンシェントエルフの彼は少なくとも1000年以上の年月を生きているという事になる。

大公爵はそれを聞いて、彼が何を考えて自分に様々なものを売り込んできたかはわからないが、自分の望みが叶うのであれば気にする程の事ではないと思った。

数ヶ月前、グランロッシュ王国の自邸で自室に突然現れたこの男。突然「世界を破滅させたくはありませんか?」と様々な事をもちかけて来た。

最初は聞く耳も持たなかったが、彼はその後何度も現れ、時には彼が与えると言った知識や品物の現物を持って現れた。

実物が作れるなら自分の助けは要らないのではないか、という問いには「資金が要る」。

何のためにという問いには「単なる気分で、そろそろ世界を滅ぼしても良いかな、と」というのだった。

それは自分の願いとそう変わらないものだったので利用する事にしたのだ。


「だが、いずれその文明も終わりを迎える。であるならば、少々早めた所で問題無いだろう」

「私が言うのも何ですけど、この世界の人々にとっては大問題だと思いますがねぇ。東方で少々騒ぎを起こし、いずれそれも世界に災厄を撒き散らすでしょうに、あれやこれやとよくやるものです」

「俺はこの世界に住む平和ボケした者たちに少々現実を見せたいだけだ」

「……あなたは次期グランロッシュ王国の国王でしょう?治めるべき国を滅ぼしちゃって良いんですか?」

「エルフの里を滅ぼした張本人のお前に言われたくはないな」

その時、脈動するかのような衝撃が空間を通り抜けた。ルクレツィアからではなく、透明のシリンダーからだった。

「始まったか?」

「そのようですね、神が与えたもうた力をもてあそんでどうなるかは運次第でしたが。いやぁ何でもやってみるものですなぁ」


「よし、枢機卿、次の段階だ」

「ははっ、さぁルクレツィア、お前のデコトラを呼ぶのだ、共に神に祈りを捧げようではないか」

「ふぉ、フォルトゥーナ!」


「え!? ちょ!? なんであーしがここに!? Σ(๑°ㅁ°๑)ノノファッ!?」

手術台に寝かされているルクレツィアの上、突然猫の姿のフォルトゥナが出現した。

「おやおやおや、迷子の子猫ちゃんが帰って来ましたか、さぁ貴女の力もいただきますよ」

「ルクレツィア!? って、なんだか様子がおかしいし、一旦逃げるに決まってるんですけどー! ダッシュε=ε=ヘ(;*゜∇。)ノ」

フォルトゥナは自分の下にルクレツィアがいるのに気付いたが、フレムバインディエンドルクの良からぬ気配を感じ、即逃げる事にした。


「なかなか良い判断ですね」

「まぁこの状況では遅いがな」

「ふぉるとぅな、ふぉるとぅな。こちらへ」


「あ……、が……。 (゜ロ゜屮)屮」

突然、逃げていたはずのフォルトゥナの猫の身体が硬直したようにその場で固まり、空中に浮かぶと本来の姿であるデコトラへと変わっていった、とはいえ大きさは猫程なので模型のように見える。

「あれをそのまま自分の力にできれば楽なのだがな」

「神々が関わっている契約を白紙に戻すのは厄介なのですよ、力だけ奪ってしまう方が楽です。まして今は体内にダンジョンコアを保持している、今が絶好の機会なのですよ」

その言葉通り、フォルトゥナの後部の荷台の天側が開き、中から魔法陣のような円盤が浮かび上がった。そして、その表面からにじみ出るようにダンジョンコアが露出する。

ダンジョンコアは淡い緑色に発光していたが、時おり黒い煙のようなものがまとわりつき、明滅を繰り返していた。


「ちょっと残存している闇の魔力が多いかな?まぁ何とかなるでしょう」

「だ、大丈夫なのですかな?エルフ殿」

「大丈夫大丈夫、最悪世界が滅びるだけですから」

「はぁ!?」

枢機卿はエルフの言葉に言葉を失うしか無かった。大公爵はそんな二人のやり取りをただ見ているだけだった。世界が滅ぶくらいは気にする程の事でも無いかのように。


「何を驚いている、世界を動かす程の力が要るのであろう、それくらいのリスクは承知の上ではなかったのか」

「い、いえいくら何でも世界が滅びるのは容認できませんぞ! 我々は永遠に我々をお守り下さる存在が欲しければこそ」

「我々、といううがお前の欲望であろう、黙って見ていろ」

フォルトゥナの荷台にあるダンジョンコアがフォルトゥナから離れ、『人造デコトラ』が製造中のカプセルへと近づいていく。

中の人の形をした『何か』も、それを求めるかのように手らしきものをダンジョンコアへと伸ばしていた。


「まずはエサとなるダンジョンコアからいただきますよ」

フレムバインディエンドルクが装置の何かを操作すると、ダンジョンコアがまるで実体が無いかのようにカプセル内へと吸い込まれていった。

コアは人型の何かの胸部に吸い込まれ、それまで機械製の内蔵が見えているかのような外観が一気に皮膚で覆われて人の形に変わっていく。

そこに液体を満たされたカプセルが、人が横になっても余裕があるくらいに巨大ではあったが、その中にいたモノは綺麗に収まってしまった。

その姿はまるで神像のようにも見え、目覚めようとする女神のようにも見えた。


「おおーっ、素晴らしい! これが新たな我々の神……!」

「はてさて、それはどうでしょうかねぇ」

「どういう事だ?」

巨大カプセルにすがりつかんばかりに喜ぶ枢機卿にフレムバインディエンドルクは疑問を呈し、大公爵もそれに反応した。

実際、『人造デコトラ』は形にこそなったものの、そのまま動く気配も無く単なる彫像にしか見えなかった。


「力こそ込められたものの、神の意思どころか何の意思も感じられませんねぇ。これでは魔力を帯びた神像にしかなりませんよ。これで良いですか?」

「そんなわけないだろう! どうしてくれるんだ!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい枢機卿殿。これからが本番ですよ」



突然俺様達の眼の前からフォルトゥナが消えてしまった!どう考えても嫌な予感しかしない!

「ど、どこへ行ってしまったんだ!?」

「突然消えたねー」

「落ち着けい、この状況だと向かう先は1つしかあるまい。ウチらが向かおうとしている所に急げば良いだけの事じゃ」

慌てる俺、慌ててないリアにレイハは冷静だった、確かにリアの言ってる事は正しい、急がないとな。


「んじゃジャバウォック、デコトラになって」

「リア!?」

「はい!?」

「リア様!?」

突然とんでもない事を言い出すリアに、俺やレイハ、ケイトさんも驚くしかなかった。ここ教会の中だよ!?

「だって、急がなきゃいけないみたいだし、行き先知ってるのジャバウォックだけだよ?デコトラで行った方が早いじゃないの」

「いや、それはそう、だけど……」

「ジャバウォックよ、一理あるぞ。単に『人造デコトラ』というだけならともかく、デコトラそのもののフォルトゥナが突然いなくなった。急いだ方が良い」


「ああーもう!後は知らねぇぞー! 皆乗れえええええええ!」

俺様はヤケクソのようにデコトラの姿に戻った。夜の闇の中だから誰も気づかなかっただろうけど、それでも教会の通路いっぱいのサイズで戻った俺様はたいそう目立つ。ぐずぐずしてはいられない。

「さぁー行っくよー! こういう所、一度走ってみたかったのよねー!」

「リアさん!? 俺様が案内するからアクセル踏まないで! 俺様が思い通りに動けないから!」

「ジャバウォック、諦めい、こやつを止められると思うか?」

「レイハ様……、普段苦労されてるんですね」


ホイールスピンと共に俺様は教会の廊下を疾走する事になった。城に続いて今度は教会の中を爆走するって、俺様天罰くらうんじゃないかしら……。


次回、第70話「聖女ト新タナル神ト『上位世界』」

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