第67話「悪役令嬢ト枢機卿ト公爵」


俺様達が教会の地下で怪しげな研究施設を潰した翌日の朝、一応監禁されている部屋のドアを叩く者がいた。入室を促すと入ってきたのは一人の僧侶だった。

「失礼、リーリア様、ですか。枢機卿がお会いになりたいそうです、お越しいただけますか?

 あ、お連れの方々はこのままこの部屋で待機をお願いいたします」

棒読みな所を見ると単なる伝令役なんだろうな。ご苦労さまなことだ。


「おい、大丈夫なのか?」

「心配は御無用です、別に我々は危害を加えるつもりはありませんので」

レイハの疑問にも無言で答えたが、続く言葉にはさすがに顔色が変わった。

「違う、ウチが心配しとるのはそっちじゃ、そやつはそれでもC級冒険者じゃから戦闘力は相応にあるぞ。

 迂闊な事をすればこの城みたいな教会が吹き飛ぶどころか、この街にかなりの被害が出るぞ」

「は、はぁ!?」

「もー、レイハ、私は別に何も無かったら暴れたりはしないよ?あ、さっさと連れて行って、早く終わらせたいの」

リアの言葉にもさらに不安を煽られたらしく、伝令役の僧侶は涙目だな。

リアを連れて行くどころか、リアに連れて行かれているような雰囲気になってしまった。


「ま、ああ言っておけば余計なトラブルはお互いに避けられるじゃろ」

「あのーレイハ様?大丈夫なのでしょうか、リア様は」

「あやつが受けた貴族としての教育に期待するしか無いの、ジャバウォックもいっしょじゃし滅多な事にはならんじゃろ。この街がどうなるかまでは責任持てんが」

「えー、レイハっち、あのリアって子、そんなヤバい子なわけー?あんまそうは見えなかったんですけどー ( `◔ω◔)?」

「……まぁ色々と危ういところはあるが、大丈夫じゃろ、多分。それよりもここから逃げ出す準備をしておいた方が良いかもしれんの」

「あーし、不安しか無いんですけどー、だいじょぶかなー。 ( ; ꒪⌓꒪)」


リアは僧侶に連れられて大教会の奥にある豪華な扉の一室の前へと案内された。

入室してみると部屋の中も扉に負けず劣らず豪華なものだった。

貴族屋敷の部屋程ではないものの調度品の質も良く、大きな窓はステンドグラスになっていた。これは正直趣味が悪いと思うが。

中で待っていたのは枢機卿だった、ようやっと本筋に戻った気がするな。


「さて、改めましてご挨拶させていただきます。光翼教枢機卿エギビエル・アルカスと申します」

「冒険者のリーリアよ、これギルマスからの手紙ね。本当はさっさと渡したかったんだけど監禁されてたしねぇ」

席をすすめられて座ったリアはテーブルの上に手紙を置いた、手渡さないあたり嫌味丸出しだな。

ついでに名乗るだけで挨拶も無いし、皮肉混じりに『手紙を渡すのが遅れたのはお前らのせいだぞ』と言ってるようなもんだけど、この辺はテネブラエ貴族流なのかね。


「ほう?今は冒険者、と。とはいえ我々もドラウジネス侯爵家の御息女がどのような人物かは存じ上げなかったのですがね」

「あら何の事かしら~?誰なのその子、ぜひ詳しくお話を聞かせて欲しいものねぇ」

化かし合いだなもうこれ。枢機卿はまったく動じないし『お前がどこの誰かは既に知ってるからな』とリアに探りを入れてきた。

逆にリアは今まで自分が社交界や公の場に全く姿を現していない事から、情報なんて何一つ掴めていないだろ、言えるものなら言ってみろと言い返している。

そしてそれは実際そうだったのか、枢機卿はそれ以上は何も言う事はなく、ギルマスからの手紙を読んでいた。

【ご案内します。第1ラウンドは主様の優勢のようですね】

これ試合じゃないからね? ただの顔合わせだからね? だよね?


「なるほど、かなり優秀な冒険者であられるようですな、しかもその若さで短期間に。やはり『デコトラ』の力によるものですかな?」

「それについては黙秘させてもらうわ、冒険者が手の内を明かすなんてできないもの」

「私は別に貴女と敵対するものでは無いのですが?むしろ世界を見守り、安寧を願っているものなのですが。ですが、貴女の方はどうでしょうかねぇ」

枢機卿とリアの視線が交差する。エフェクトかかってたらバチバチと火花でも追加されてるな。

黙秘するリアに対し枢機卿は、『私は世界中に目が利くぞ、お前は世界を敵に回すのか』と暗に脅しをかけてきた。


「どちらにしても、私は冒険者ギルド所属の冒険者よ、ギルドの名前に傷が付くような事はしないつもりだけど?」

「平行線ですな。率直に言います。デコトラの力を渡しなさい」

「嫌」

やはり枢機卿の方はデコトラの力が目的か、対するリアは取り付く島もない。

二人の間に沈黙が流れる。



「くく、その辺にしておけエギビエル枢機卿。お前の分が悪いぞ」

「!?」

「公爵様!いつの間に!」

突然、部屋の中に男性が現れた。どう見ても貴族のようだがいったいどうやってここに入ってきた?

【ご案内します。先ほどまでは確実にこの部屋には存在しておりませんでした。何らかの手段を持って突然この部屋に現れたものと思われます】

単なる貴族男性じゃねぇぞそれ……。俺様はいざとなったら即座にリアと共にこの部屋を脱出する必要があるかも知れないと思った。



「で、どちら様? この国の貴族は初対面の相手に挨拶もできないのかしら?」

「あいにくと、私はこの国の貴族ではないのですよ、アウレリア・ドラウジネス公爵令嬢」

「まったく、誰も彼もがその名前を口にするのね、忌々しい」

眼の前の男性はまだ若く、20代前半といったところか、長い黒髪に金の瞳をしている。

服装は公爵と呼ばれただけあって簡素ながら質の高いものだが、その表情は他者を支配する事に何の疑問も持っていないかのようだ。

枢機卿の知り合いみたいだし、既にリアの事を知っていてもおかしくないけど、どうもこの貴族もリアに興味を持っているのか?


「挨拶をしないのも礼を失するというものだな。初めまして、私はアルフォンソ・グランロッシュという」

侯爵って事はリアと同じくらいの階級って事か?かなり高位な貴族だな。

【ご案内します。違います、衣服の意匠から判断するに公爵家です。通常は貴族どころか、王家に準ずる立場です】

王家の次くらいって、しかもこいつグランロッシュと名乗ったぞ? それってたしかこの国の西にあるテネブラエよりさらに西の魔法王国だよな? そんな所の王族もどきが何だってここに!?


「遠路はるばるようこそ、と言うべきなのかしら? 普通、どこかの夜会で出会うべき相手だと思うのだけれど。冒険者のリーリアよ」

「ほう、テネブラエ城で破壊の限りを尽くし、冒険者に身を投じるだけあってなかなか面白いな。どうだ、私の所に来ないか?」

こっちもリアに興味を、というか、枢機卿はデコトラの力にしか興味無いようだが、こっちの貴族はリア自身に強い興味を持ったようだ。

やっかいなおっさんが2人がかりかよ、それでもリアは涼しい顔で出されたお茶を飲んでいる。


「薄いお茶ねぇ。これだけ豪華絢爛な所に住んでるのに、こういう所を質素に見せても意味ないんじゃないの?」

「おい! 貴様! この方を誰だと思っている!」

あくまでマイペースなリアに、枢機卿が激昂した。リアは涼しい顔で受け流している。

が、沸点の低い枢機卿に対して大公爵と呼ばれた男は特に怒った様子も見せないどころか薄笑いを浮かべている。


「誰だも何も、さっき自分で自己紹介したじゃない、わざわざこんな所にまでやってきた暇な暇な王族崩れの貴族だって」

「こ……こいつ。こ、公爵様、どうかご容赦を、こやつの始末は私が」

流石にリアの怖いもの知らずにも程がある言葉に枢機卿は今度こそ激怒した。

慌てて立ち上がり大公爵に謝罪するが、当の大公爵はリアに怒りを向ける事もなく、むしろ面白そうしている。いや、笑い始めた?


「く、くくくくく、はははははははははは!

 面白いなお前、お前は自分も含めて身分などどうでも良いのか? 私の身分を聞けば誰も彼もが私に尻尾を振るものを」

「私は貴族なんかじゃないもの。それよりも貴男、周囲に恵まれてないのねぇ、犬か猫しか知り合いいないの? まぁ本当の犬猫だったら可愛いから良いんだけど」

リアは貴族の身分を捨てたけれども、本心から自分は貴族に未練もなく、自分を貴族とも思っていないようだ。

そのリアの態度に大公爵の顔から一瞬笑いが消えた。それは己の心の中に問いかけるかのような、全てを諦めたかのような表情だった。


「まったくだ、誰も彼もが己が人である事を忘れたかのような愚か者にしか見えんよ。

 しかしお前は本当に面白いな、テネブラエ貴族だと聞いてきたからあまり期待してはいなかったが、なかなかに興味深い」

「そういえばさっきのお誘いを断ってなかったわね、俺の所に、とか言ってたけれどお断りするわ。

 私はお城で夜会やパーティって柄じゃないもの。私のパーティで迷宮に潜るって言うなら話は別だけど?」

リアの軽口を交えた断りの文句にも大公爵は薄く笑うだけだった。まるで答えがわかっていたかのように。


「このまま攫ってしまいたい所ではあるが遠慮しておこう。暴れられても困るからな、またお会いしよう、リーリア嬢」

こうして、突然現れた大公爵は退室していった。

「そう、私の方は会いたくもないけれど、私もそろそろ失礼させてもらうわね、面通しなら終わったでしょ?」

かと思いきや、リアまでさっさと辞去を願い出て、答えを聞く事もなく退室した。さっさと帰りたかったようだ。

枢機卿は完全に放置される形になったが、まぁもう会うことも無いだろう。無いと良いなぁ。


次回、第68話「公爵ト聖女」

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