第19話「悪役令嬢、アデライド王妃ト内談ス」
俺様達は離宮の庭に迷い込んだらしく、たまたま庭に出ていたのか王妃らしい人と思い切りはち合わせてしまっていた。
王妃はこの国では多い褐色の肌に金髪という少々珍しい組み合わせだったので俺様でも見分けは付く。
王族らしく整った顔立ちではあるものの、威圧感の無い雰囲気だった。
その服装は豪華な建物に似つかわしくなく質素なものではあったが、妙に気品を感じさせる。これが王族オーラってやつ?
「あなたは……、アウレリア嬢ね」
「え?どうして、私の名を?」
どうしても何も、リアは舞踏会で挨拶してるから面識はあるはずなんだが、よほどテンパっていたのか覚えていないようだ。
「お嬢様、王妃アデライド様ですよ、舞踏会でもお会いしたのでは?」
「え、えーっと、ケイトはそう言うけど、緊張してて全く記憶に……。その後は大暴れしてたし、あ」
「良い、私も久しぶりにいい気分だった。あのバカどもは一度痛い目に遭っておくべきだったのだよ」
俺様達は舞踏会をめちゃくちゃにしたにも関わらず、意外にも王妃の方は特に気にしていないようだ。
「少々話したい事もある、中に入らぬか? というより早く入るが良い、私が少々騒いだから誰か来るかもしれぬ」
早く城から逃げたい所ではあったが、せっかくなので俺様達は促されて入室したが賢明だったようだ、奥の方からバタバタと誰かがくる音がする。
俺様達は慌ててその辺の物陰に隠れた。王妃の方も『そこで大人しくしておれ』という仕草をする、大丈夫かな……?
「王妃様! どうかなされましたか!」
「大事無い、犬か猫だろう、今日は疲れたゆえもう休む、誰もこの部屋に入れるな」
「は、はぁ……」
女官か侍女らしき人たちは王妃を気遣って現れたようだが、王妃の言葉に押されるように部屋の奥の方に引っ込んでいった。
完全に人の気配が無くなった頃、俺達は隠れていた物陰から出てきた。
「えと、助けてくれて、ありがとうござい、ます?」
「くく、そう身構えるな、少々話をしたいと言っただろう。何、手間は取らせんよ」
そういうと王妃は、なんと自分でお茶の準備は始めようとしていた。さすがに王妃様にそういう事はさせられないとケイトさんが代わる。
「あの、怒らないのですか?」
リアはお茶ができるまで席に着いて待っていても暇を持て余すだけなので王妃に質問していた。
王妃の方はどちらかと言うと面白がっているような感じなんだよな。
「怒るというのなら、むしろ私はそなたに怒られる側だろう。よりによって貴族令嬢の晴れ舞台とも言える舞踏会であんな仕打ちを受けたのだからな」
「えーっと、でもそれって、王妃様の意思じゃないんですよね?」
リアの言葉に王妃はちょっと微笑む、やっぱりこの人は今の貴族社会を良く思っていないようだ。とはいえ王妃なんだからそれを何とかできんものかね?
「そう思ってくれるのなら気が休まる、しかし我が子があのような事をしたのだ、私にも責任の一端はある。すまなんだ」
そう言うと、王妃はリアに対して軽く頭を下げた。王妃の前にお茶を置こうとしていたケイトさんやリアが息をのむ。どうもありえない事らしい。
「この国はな、政治も社交界も何もかもがあんな感じなのだよ。
誰もが他人を出し抜こう、弱みを握ろうとわけの分からない暗黙の了解や礼儀作法に明け暮れておる。
挙げ句政争の為とはいえ、令嬢の尊厳までも踏みにじって何とも思わぬ。今も昔も変わらぬどころか、悪化していっておる」
そう言う王妃の顔は昔を懐かしむという表情ではなかった。まるで昔の辛い思い出を振り返っているようなそんな様子だった。
「……もしかして王妃様も?」
「私は立場の弱い貴族からの嫁入りだったからな、苦労はそれなりにしたさ。社交界だ上流階級だと一見華やかに見えるかもしれんが、そこで女達の立場は弱い。誰もが利用されて心を擦り減らしてゆく。わざわざこんな立場になりたいと思う者の気が知れぬわ」
「それでも、王太子妃になりたい、って人もいるみたいですけどね」
リアはこう見えて先程の子爵令嬢だかに思う所があったのだろう。冗談めかしてちょっと当て擦っていた。王妃の方もリアの言っている意味がわかったのだろう、少し苦笑してはいたが否定はしなかった。
「あの令嬢か、私も今日初めて会ったがな。まぁ誰しも自分なら大丈夫だと思ってしまうものなのだよ。女性として国の頂点である王妃にさえなってしまえば、栄華も権力も欲しいままにできるとでも思っているのだろう」
「突然王太子妃なんかになってしまったら、まずとんでもない量の事柄を勉強しないといけないはずですよね?」
王妃は『お前もそう思うか?』という表情でリアを見、二人して笑い合っていた。まるで親子のように。
「だがまぁそれももうすぐ終わりだ、この国はもう長くない。こんな事をしていたら国を維持する事すらおぼつかなくなるさ。
そなた、これからどうするつもりだ?あのような騒ぎを起こしたのだ、まさかと思うが公爵の所に戻るとは言うまい?」
「この国を、出ます」
きっぱりと言いきったリアに王妃は安心したような顔を見せ、そっとリアの頭を撫でた。
「そうか、それがいい。あのような
「戦火、って、この国がどこかと戦争になるというのですか?」
リアの問いに王妃は静かに頷く。一国の王妃が言うのだからかなり確立の高い話なんだろう。俺様達は考えてもいなかった事態に、どういう言葉をかけて良いのかわからない。
「私の親戚筋からの話だがな、まぁ与太話程度に聞いてくれ。
隣国の『帝国』がどうも怪しい動きをしているそうだ、恐らく数年以内、早ければ今年中にもこちらに向けて侵攻して来る」
「そんな!では王妃様も逃げないと」
「くく、そなたも人が良いのだな。あんな目に遭わされた国の王家の者の心配をするとは。私は逃げるわけにはいかぬよ、それが王妃というものだからな。それに、今は動けぬ」
まさか自分の身を気遣われるとは思わなかったのか、王妃は少し驚いた様子を見せつつも口元を緩めて、そっとお腹に手を添えていた。
「あ、もしかして、赤ちゃん?」
「ふふ、双子だ。あと半年といった所なのだがな、なんとかそれまでには戦争が起こって欲しくないと願う毎日だ」
「なら尚の事逃げないと、王妃だなんだと立場にこだわってはいられないですよ!」
「……今更どうにもならぬ事だ、その気持だけで十分だよ。だがそなたは違う、公爵令嬢などという立場も今のそなたには何の意味も無いのだろう。行くが良い、逃げるならどこまでもどこまでも遠くへ、いっそこの世の果てをその目で見に行くが良い」
それで王妃の話は済んだのだろう、庭へ通じる扉を開けて俺たちに退室を促した。これが今生の別れってやつなんだろうな。
だが、王妃はリアが隣を通ったとき、立ち止まるように手をさしのべ、そっとリアを抱きしめ、頭を撫でた。
「王妃、様?」
「うまくは言えぬが、そなたとは案外、親子というものになれたかも知れぬ、そう思うとな。一人くらいそなたにこういう事をする者がいても良かろう?」
リアは慣れない事だったのか驚いた様子ではあったが、少しすると王妃を抱きしめ返し、二人はしばしの間そのまま抱きあっていた。
離宮を出た俺様達は、何度も何度も振り返っていた、そこにはまだ王妃の姿がある。俺様達の姿が見えなくなるまでは見送ってくれるつもりなのだろう。
「……ねぇ、どうにもならないのかな?」
リアは王妃に対して未練があるようだ。ほんの少しとはいえまともな大人と触れあえたのだ、無理もないか。
「お嬢様、人の上に立つ者というのは誰よりも多くの責任を背負っているものなのです。その意思を否定してはなりません。
そして、お嬢様は自分の意思で公爵令嬢という立場から降り、自分の脚で大地を歩いていくと決めたのでしょう。もはや立場も住む世界も違うのですよ」
「自由って、なんだか寂しいね。どこにでも行けるってみんなと離れ離れになるって事なんだ」
「だからこそ、私達がいるのです。ね、ジャバウォック様」
「おう、少なくとも道を走っていく事なら何の心配も要らん。どこまでもどこまでも行こうぜ」
次回、第20話「悪役令嬢、運命ニ直面ス」
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