第13話「令嬢、絶望ス」


「王太子……殿下」

「こんばんは、未来の義母上。酷いじゃないか、自分の娘にあんな事を言って。親子の会話とも思えないなぁ」

突然王太子が控室に入室してきた。入室の許可も得ていないが、この場合礼儀的にどうなんだ? とはいえ城ってのはこいつの家だからなぁ。

しかしこの王太子ってのも良い性格してやがるぜ、リアが正妻のこの人の娘じゃないってのは公然の秘密なんだろう? わかってて言ってやがるなこいつは。

王太子はマデリーン(リアの母)に見せつけるようにリアへ近寄り、彼女の腰に手を回しながらリアの頬に指を添える。

リアは無駄に顔の良い王太子に間近で迫られ顔を赤くしていた。


「やぁアウレリア、来てくれると思わなかったよ。当然の事ながら、今日は僕がエスコートするからね。こんな機会なんて最初で最後だろうし」

「は……、はい、よろしくお願いいたします。」

おいリア、照れてるのは良いけどこいつ何か変な事言ってないか? それに気づいたのは母親の方だ。さすが、社交界の言い回しには詳しそうだな。

「で、殿下、それはどういった意味なのでしょうか?」

「いや何、深い意味は無いよ。この子が今までしてきた事が報われたら良いなぁというくらいの意味だよ、それでは失礼する。行こうか、アウレリア」

王太子はマデリーン(リアの母)への挨拶もそこそこにリアの手を引いて退室してしまう。舞踏会場へのエスコートなのだろう。

王太子に連れられて歩いていくリアは上の空だ。一応こいつ顔と外面は良いからなぁ、王子様が自分を助けてくれたとでも思ってるのかね?


駄目だ、この先に行ってはならない、絶対に嫌な予感がする。こいつ絶対に何かを企んでいる。

偏見混じりで言うけどこの年齢で外面ソトヅラが良いなんて絶対にまともじゃないぞと俺様のカンが言っている。

とはいえネックレスに擬態している俺様は、隣に王太子がいるのではリアに声をかけるのもままならず、舞踏会が開催されるホールへと辿り着く。

扉の向こうは会場なのだろう、喧騒がほんの少し漏れ聞こえてくる。


「只今よりご入場されますのは、王太子殿下とその婚約者、アウレリア・ドラウジネス公爵令嬢」

しばらくしてリア達の入場を促す声とともに扉が開く。万雷の拍手と共に光が溢れ出して来た、その向こうは豪華絢爛たる夜会だ。

足を踏み入れてみると舞踏会ってのはとんでもなく豪華なものだった。それもそうか、主催者は王太子で、いわば次期王太子妃のお披露目みたいなもんだからな。

会場の奥にある壇上では国王夫妻らしき人がでっかい玉座に座ってるし、まぁ出席者も気合が入るわな。

拍手と共に大勢の人が見守る中、壇へと歩いていく二人。だが周囲のリアを見る目はどう考えても好意的なものじゃなかった。

何故だ?正妻の子じゃないというのが公然の秘密とはいえ、れっきとした公爵令嬢なんだろ?


「まぁ……、よくもここに来れたものだわ」

「さすが王太子妃を狙うだけの事はある、ああも厚顔無恥でないと務まらんのだろうな」

「世も末ですな。この国も終わりが近いと見える」


おいおいおい……、わざと聞こえるように言ってないか?この子が何をしたって言うんだよ。

王太子は聞こえているはずなのに全く気にするそぶりも見せていない。肝心のリアが緊張で周囲の目線とか声なんて気にしてる余裕が無いのが幸いだぜ。

程なくしてリアは国王夫妻が座っている壇上の手前にようやくたどり着いた。緊張でもう立つのがやっとだな。それでも健気に国王への挨拶をしようとする。

国王夫妻も肌の色が濃いな、やはりこの国はこういう人々が多数を締めているのか、色白で金髪のリアはむしろこの中で浮きまくってる。


「さぁ、リア、父上に挨拶だ」

リアが待っていると、さすがにここではエスコート役の王子がうながしたな。この前と同じか。王太子の言葉を待たずに挨拶したら恥をかくパターンだな。つくづくこの国の作法は面倒くさい。

これはマナー教師をデコトライガー形態で脅迫……訂正、お願いして得た作法なので間違い無いだろう。

リアは王太子に促されると、優雅に淑女の礼カーテシーをして国王夫妻へ挨拶の言葉を述べた。

「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。国王陛下、王妃殿下。ドラウジネス家が長女、アウレリアにございます」

「うむ、本日はよく来てくれた。そなたを噂を通してではなく、実際に見てみたいという者が多かったのでな」

「はい、ありがたく思います」

国王はリアを値踏みするような目で見てきているな、その表情は好意的なものとは言いがたい。隣の王妃は表情を隠しているが、若干痛ましいものを見るような目か?


それより噂って何なんだ?リアはずっと領地の屋敷に籠もっていたわけだし、噂になるような事なんて何もないはずなんだが……。

国王は王太子を一瞥してから、再びリアに質問した。

「アウレリア嬢よ、今日こうして来たからには、何か言うべき事があるのだろう?今日はそれを話す良い機会と思うがよい」

ん? いきなり何を言い出すんだこの王様は。こいつまで先日の王太子みたいな事を言いだしたぞ。

「は、……はい。このような場を用意していただけた事に心より感謝いたします」

「そのような事を聞きたかったわけではないのだがな」

国王の言葉に周囲から笑いの声が上がる、何が面白いんだこいつら。笑っていないのは王妃くらいか。

……やっぱりおかしい、まるで見世物だ。どう考えても将来の王太子妃への対応じゃないぞ。リアを使って何か面白い事でもさせる、みたいな雰囲気だ。



「まぁ良い。さぁ、本日は我が息子の主催だ、また、その婚約者であるアウレリア嬢にわがテネブラエの社交界を知ってもらう為の舞踏会でもある、盛大に始めよう!」

盛大な拍手と共に音楽が鳴り響き始める。舞踏会というだけあって、まずは社交ダンスで始まるみたいだな。

リアは王太子に誘われてホールの中央に二人して立った。一応この場の主役なだけに一番目立つ場所で踊るみたいだな。

王太子はリアの前で礼を取り、リアもまた作法通りに王太子に礼を取り、リードしてもらうべく手を差し伸べた。

しかし、その手はいつまで経っても取られる事がない。


そのうちに音楽が始まり、周囲は踊り始める。だが、リアだけはホールの中央で放置だ。

おかしい、パートナーの王太子は何をやってるんだ。王太子はニヤニヤと嗤ってそれを見ているだけだった。

そこへ、突然1人の少女が王太子に近づいてきた。年の頃はリアとほぼ同じくらいか、亜麻色の髪の少々背の低い美少女だな。着ているのは淡い桃色を基調としたドレスだ。

今度はその少女が王太子の前でダンスを希うように礼を取り、王太子は微笑むとその少女の手を取って踊り始めた。おい、何やってる!?リアはどうした!?

目を閉じて待っているリアは動けないままだった、周囲が踊っているにもかかわらずずっとパートナーの手を待っているのは健気でもあるが、この場では滑稽こっけいにしか見えない。

周囲の貴族や貴族子女達もそれをニヤニヤと見ながら踊っていやがる、そうなるのをわかっていたように。

おい、まさか最初からこんな形でリアに恥をかかせる気だったのか!? こんな盛大に舞踏会を開いてでも? 正気かこいつら。


「リア……、おい、目を開けろ、リア」

「じゃばば、黙ってて」

俺様はもう黙っていられなくなってリアにこっそり話しかけてしまう。だがリアは目を閉じたまま動こうとはしなかった。

「そうじゃねぇ、おかしいと思わないのか、目を開けて前を見ろ」

薄目を開けたリアが目にしたのは、婚約者の自分ではない別の少女と踊っている王太子だった。

「王太子、様……?」

目を見開いたリアは茫然と王太子を見るが、王太子の方はリアを一切見ていなかった。目の前にいる少女に対して優しく微笑みかけている。対して隣の少女は勝ち誇ったような顔でこちらを見て嗤っていた。


「リア、これがあいつの目的だったんだ。何の目的かは知らないが、こいつらはリアをこんな形で恥をかかせる為にここに呼んだんだよ」

立ちすくむリアの顔が面白かったのだろう、周囲からもあざけりのような笑い声が聞こえてくる。ひそひそとリアを指差す者もいる。その中心にいるのは立ちすくむリアだった。

リアはどうする事もできず、2人が踊っているのを見たくないのだろう、じっと下を向きながら時が経つのを待っていた。

ようやく1曲が終わり、王太子のその相手の少女が皆に向けて二人して礼をすると、大勢からの拍手でそれを称えた。そして、同時にリアを嘲笑する笑い声はさらに大きくなるのだった。


「ふふ、ふ、は、あははははははは!」

王太子は何が面白いのか、リアに対して心底楽しそうに嗤うのだった。こいつ、マジで性格終わってるな。ねようかな。【やったれ】

ようやく先程からの周囲の笑い声は自分が笑われているのだと気づいたのだろう、リアは泣きそうな目をして必死に涙をこらえていた。だがその震える体を抱きしめる手はない。


「やぁ、どうだい?リア。この舞踏会の趣向は楽しんでもらえたかな?」

「これは、どういう事なのですか、いったいどうして」

リアは王太子の行動が理解できず、周りから嘲りや嗤いを浴びながらも必死で王太子に訊ねていた。

涙を流しながら不安な顔で訴えかけてきているのに、王太子は今までのような澄ました笑顔ではなく、歪んだ笑いを隠そうともしていない。

「僕は、君に言ったよね?わざわざあんなど田舎の屋敷に行ってまで。『何か僕に言う事があるんじゃないの?』って」

「まぁ……、さすがは王太子殿下ですわ。なんて寛大な」

王太子は声をかけてきた少女を抱き寄せ、リアに見せつけるかのように、額に軽くキスをした。まるでリアに見せつけるかのように。


「何を……、おっしゃられているのかわかりません。それに、その方は? 私は、婚約者ですよね?」

「あははははははは! 皆聞いたかい? 『私は、婚約者ですよね?』だってさ」

王太子からの許可が出たと言う事なのだろう。周囲の貴族達からも大声での笑いが湧き上がった。笑っていないのは、リアだけだ。一応王妃もか?口元を扇で隠してはいるが目が笑っていない。


「おい王子、戯れもその辺にいたせ、そろそろお前の真意を伝える時ではないか?」

「仕方ないなぁ、でもまぁ面白かったからもう良いかな? では皆に告げる! 私はこの場でアウレリア・ドラウジネス公爵令嬢に婚約破棄を申し渡す!」

国王から窘められ、王太子は芝居がかったしぐさでとんでもない事を言い出しやがった!


次回、第14話「悪役令嬢、誕生ス」

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