第12話「令嬢、舞踏会ニ出席ス」
さて、俺様をカスタムして気晴らしになったとはいえ、そういう楽しい気分は長続きしない。舞踏会の日が来てしまった。
とはいえリアはその日まで舞踏会を思い悩む余裕なんて無かった。教育内容に社交ダンスまで追加されてしまったからだ。
いくら何でもダンスまで権謀術数的なルールは無かろうと、必死でステップを覚える毎日だったのだ。
おかげで舞踏会に向けて王都に出発する前夜のリアは爆睡だ、もう痛々しくて見てられんな。
「なぁメイドさんや」
「何ですか突然変な声を出して、車が猫なで声を出しても不気味なだけですよ」
「そういう事が言えるくらいならまだ大丈夫だな。むしろ大丈夫じゃないのはこの子だぞ、舞踏会、どうするんだ?」
「どうする、と言われましても、このお方に出席しないという選択肢はむしろありませんよ?何と言っても実質的な社交デビューなのですから。
これで周囲に己の存在を認めさせてようやくこのお方の人生が始まるのです」
ケイトさんが言うのはもっともではある、けどこれでリアが潰れてしまったら意味無いんだよな。よっぽどの事が無い限りこの価値観は変わる事は無いのかもしれない。
「それが本当に大事な事とは思えんのだけどね……。メイドさんだって見ただろう、あの公爵やら王太子の性格。あの二人であれだぞ、あの子の向かおうとしてる王宮やらの社交界って、どう考えても悪い予想しかできん。というか確実にろくでもないぞ」
「……それでも、仕方の無い事なのでしょう。いつかは征かねばならぬ場所なのです」
「もう一度だけ言う。明日あの子が向かう所は、絶対にろくでもない所だ。もしもあの子がこれ以上傷つくような事になるんだったら。俺様はあの子を連れて逃げるぞ」
「私には、何を言う事もできません」
何を言ってもケイトさんは応じなかった。俺様は何事も無く終わる事を願うしかできなかった、あとはリア次第だ。
馬車に乗って王都にやってきた俺様達は、王都にあるはずの公爵家タウンハウスに寄る事もなく直接王宮に向かう事になった。身内扱いされてないのはここでも同じかよ。
ドウラウジネス領から王都までの道のりだって馬車で何日もかかったってのに、舞踏会が始まるまではゆっくり休ませるくらいの気遣いくらいしても良いだろうに。
ガタゴトと王城に向かう馬車の中では、さすがに疲れが出たのかリアはまたも爆睡中だ。無理もない。ちなみに俺様はリアのネックレスに擬装している。
ネックレス状態とはいえスキルを使って王都の様子は見る事ができるぞ。王国の首都なだけあって流石の大都市だ。
石造りの建物が立ち並び、立派な石畳の通りの両脇には街灯まで立っている。家や店にもふんだんに照明が灯されており、街はすでに夕方だというのに綺羅びやかな光に包まれていた。
道行く人々も皆着飾っており、貴族なのか平民だかの見分けもつかない。
【ご案内します。一見綺羅びやかに見えますが、悪く言えば見栄を張り合って弱みを見せないような雰囲気に包まれており、決して身分の差が無い訳ではありません】
なんだか嫌な情報が【ガイドさん】からやって来たよ。公爵だの王太子だけならまだしも、国やこの街まで似たようなものだとかだったら嫌になるぜ。
「舞踏会ってのは、夜にやるもんなんだなぁ」
「当たり前です……、と言いたい所ですが、ジャバウォック様の世界では違ったのですか?」
馬車の中にいるのは、俺様とリアの他はメイドのケイトさんだけなので他に聞くものはいない。
「俺の国で舞踏会をやってるのは聞いた事が無いな。社交ダンスだけが切り離されて、競技会みたいにダンスの腕を競ってるのはあるけどな」
「そういえば、忙しさにかまけてジャバウォック様の世界の事を聞いた事がありませんね、いったいどういう世界なのですか?」
「まず、貴族がいない」
「貴族が!?それでどうやって世を治めているのですか?」
「大昔の貴族が資本家……、つまり金持ちになってて政治や利権といった権力の一部を握ってるというのはあるな。けど政治の多くは、民間から選ばれた政治家で動かしている事にはなっている」
「民主主義、というものですね。この世界でもその方式を採っている国はあると聞きますが、それは一般民衆にとても負担のかかる事なのでしょう?」
「何故だ?みんなで決めるようなものだぞ?文句は出ないだろう」
「その、皆でというのが曲者なのです。一人ひとりが権力の一部を得る権利を持っているようなものですが、それは民衆の一人ひとりが王にも匹敵するくらいの判断力・決断力を持たないといけなくなりますよ」
「そういう事は考えた事も無かったな……、まぁ結局国を動かしているのは、お役人さんだったりするって話だけどな。
けどな、みんなで決めた事だから納得できるって事はあってもだ、ただあの家に生まれた、ってだけで、あんな苦しい人生を歩まないといけないなんて事は無いと思うぞ?」
「リア様の、事ですか」」
「ああ、自分で決めた事も無く、ただ流されるままに生きて良いはずがない。人ってのはもっと自由だと思うぜ?」
「どうでしょう、それをできない人の方がほとんどだと思いますよ、特にリア様は公爵家に生まれた以上、責任を背負わざるを得ないでしょう?」
「どうするかはあの子が決める事だ。俺様はそれを全力で助けるぞ」
ケイトさんは俺の言葉にはそれ以上反論して来ず、それ以降は会話をする事も無く、馬車は王城へと入っていくのだった。
爆睡していたリアはというと王城の休憩室で一休みさせてもらったのが効いたのか、かなり体調は良くなったようだ。
とはいえ着替えする程度の時間しか休めなかったがな。そこへ、来訪者だ。
入室の許可を求める声すら無く、扉が開いて入ってきたのは 青みがかった金髪の女性だった。
「お母……様」
「……ふん、お前に母と呼ばれる覚えなんて無いわよ、まったく、どんな手管を使って今日のこの日のお膳立てをしたのやら」
この女性が、公爵の正妻マデリーンって事か、リアを前にして不快感を隠しもしないけど、半分気持ちはわかるが、半分は大人げないなぁって感想だな。
子供に恵まれなかったからといって、リアを我が子として公的に発表されたって事で、貴族女性としてのプライドをがっつりへし折られたんだろうな、若干同情するぜ。
「ここはお前のような者が来ていい場所ではないと何度も言ったと思うのだけれどね?どうして断らなかったの、私達に恥をかかせたいの?」
前言撤回。あー、こいつも夫である公爵と同類なのかよ、この子の意志ではどうにもならない事でイビってくるとか、はい敵確定。
「恥をだなんてそんな、私はただ、せっかく舞踏会を開いてくださった王太子様の顔を潰さないように、と思って……」
「お前が社交界でどのように言われてるか知らないとは言わせないわよ?お前がいるだけで我が家は笑い者になるのよ。それがわからない歳ではないだろうに」
「でもお母様!」
「母と呼ぶなと言っているでしょう!もう一度だけ言うわ。すぐに体調が悪くなったとでも言ってここから出てお行きなさい!そして二度と、そのろくでもない顔を見せるんじゃないわよ!」
だめだこいつ会話が成立しない。リアとマデリーン(もう名前で呼ぶのが嫌になってきた)の会話を黙って聞いていたが、もう限界だった。
デコトライガーにでもなって脅そうかと思っていたら、
「おやおやおやおや、母親の貴方がそんな事を言ってどうするのですか。自分のお腹を痛めて産んだ子供でしょうに」
王太子まで来やがったぞ……。もう何なのこの空間。
次回、第13話「令嬢、絶望ス」
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