第10話「令嬢、デコトラニテ爆走ス」


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「落ち着け!アクセルから足を離せ!早く!」

リアはハンドルを握ったまま絶叫している。まぁ無理も無いわな、今の俺様はリアが思いっきりアクセルをベタ踏みしたせいで爆走中だからだ。

リアにアクセルをゆるめるように言っても止まる気配が無い、パニックを起こしてどうして良いのかわからないのだろう。

幸い開けている場所なので何かに衝突する恐れは低いが、いつまでもこのままでいいわけが無い。


「仕方ない、俺様が停める……あれ?」

なんてこった、俺様の意思ではほとんど減速できない! 俺様の身体だけど運転席の操作の方が優先されるのか!

「リア! 足離せ! おいメイドさん! リアの足を離してやってくれ!」

「お嬢様! 落ち着いて下さい! お足を失礼いたします!」

ケイトさんがリアの足元にもぐり込み、ほぼ無理やりアクセルから足を離させた事で、ようやく俺様にコントロールが戻ってきた。これ、これから注意しないといけないかもなぁ。


「ケイト~、怖かった~!」

「よしよしお嬢様、もう怖くありませんからね。ジャバウォック様! お嬢様を殺す気ですか! あんなの暴れ馬どころじゃありませんでしたよ!?」

「すまん、俺様もあそこまで加速が凄くなってるなんて知らなかったんだよ。あと思った以上に車の動きが俺様の自由にはならないようだ」

どうもこの身体は前世の重いトラックとは違い、全く違う何かで構成されているし構造も違うらしい。排気ガスも出てないしなぁ。

【ご案内します。ジャバウォック様の身体は現在魔力で構成された疑似物質であり、DEデコトラエネルギーでその構成を維持しております。外観は前世と同じように見えても本質は全く異なりますのでご注意下さい】


「え? え? 誰?」

「ジャバウォック様、今度は何のいたずらですか」

突然車内に聞こえてきた【ガイドさん】のアナウンスにリアとケイトさんが驚いている。

「あ、車内なら聞こえるのか? これが【ガイドさん】の声だよ。俺の身体の事を色々と説明してくれるんだ」

「え、あれ本当だったんだ」

「幻聴とかではなかったのですね……」

この期に及んでまだ信じてなかったんかい、まぁ今文句言うとさっきの暴走について何か言われそうだから黙っておこう、今はリアに運転を教えるのが優先だな。


「リア、とりあえずやり直しだ。さっきの右のペダルを、ゆーっくりと踏むんだ」

「ええー、もう嫌なんだけど~」

「まぁそう言わずに、ゆーっくり踏めば大丈夫だから」

「はぁ……、はい、これくらい?おお、動き出した」

リアがアクセルを踏むごとに俺様の車体が少しずつ加速していく。先程とは違いゆっくりとした安全運転だ。


「よし、少しずつ少しずつ踏んで、自分の思うスピードにまで上げていくんだ。行き過ぎたと思ったら右足を離して、減速させたかったら真ん中のペダルを、これまたゆっくりと、しかし確実に踏むんだ」

「え? ゆっくり? 確実? どっち?」

リアがブレーキの指示に混乱してるけど、こればっかりは身体で感覚を覚えるしか無いんだよな。そうとしか言えないんだもの。

戸惑いながら踏まれたブレーキで俺様の車体が減速を始める。ちょっとその減速に介入しようとするがやはり駄目だった。

ある程度は俺様でも微調整できるようだけど、やっぱリアの運転じゃないと駄目みたいだな。ここはちょっと不便だな。

まぁリアが手足離してもらって俺様が全部やれば良いんだけど、それでは意味がないという事なのだろう。


「その減速するのがブレーキだ、ブレーキは力いっぱい踏んだら駄目だぞ、力を入れて止めるものじゃないからな」

「えっと、そう言われてもよくわからないんだけど?」

「お嬢様、馬と同じですよ、走らせている馬を急に止めようとしてもうまく行かないでしょう。馬にまかせて減速させていかないと転倒するのと同じでは?」

「あー近い、さすがメイドさん。そんな感じだ、さて、そろそろ少しだけスピード出してみろ?」

リアがアクセルを踏んだ事で、俺様は加速していった。とはいえ恐る恐るといった感じなので、まだ時速20km程度ではあるんだが。

スピードには慣れたのか、ちょっとハンドルを動かして左右へと進行方向を変えてみたりもしている。


「お? お? お? 凄いですわねこれ、自由自在に動かせますわ」

「リア様、大丈夫なのですか? その、やけにスイスイと動かしておりますが。ジャバウォック様が動かしているのですか?」

「いや? 今はリアが自分の意志で走らせてるんだよ。んじゃちょっとサービスだ」

俺様はクーラーの送風口から送風で風を、窓もちょっと開けて開放的な感じにした、たちまちにして運転席は風に包まれる。

坂道に差し掛かり、勾配をものともせず登り切ると、広いフロントガラス一面に世界が広がった。

一面の平野に田畑がどこまでも続き、まばらに点在している小さな村や集落がより広く感じさせる。遠くには山脈が見え、はるか彼方まで続くそれは果てもない。

視界180°に空と大地が広がり、その間を雲が流れて行く様は絶景としか形容しようがなかった。


「わぁ……」

「リア、これが世界だ。世界はずーっと遠くまで続いてるんだ。わかるか? あのはるか先のもっと向こうにだって別の国があるんだ」

広く広くどこまでも遠く。デコトラは荒れた街道を走っていく。高層ビルも何も無いこの世界ではトラックの運転席の高さであれば水平線すら見える。

「……」

「言葉にならない感じか?でもな、本来人間ってのはこんなに自由なんだ。ほんのちょっと高くまで上がればはるか遠くまで見渡せる。

一歩踏み出せばどこまでだって行ける。地の果てだって歩いていけばいつかは辿り着く。

 空だってこんな広いってのを感じた事あるか? あのお屋敷の窓から四角く見えるだけが空じゃないんだぞ? 人は、どこまでだって行けるんだ」

「どこまでも?」

「どこまでも、どこにでもだ。けど、お前の今までの世界はどこまでだった?あの屋敷の部屋一つだけじゃなかったか?

 俺様なら、どこまでだって連れていける。どこまでだって連れて行ってやる。お前は本当にあの屋敷に閉じこもってて良いのか?」


「ジャバウォック様、お嬢様に変な事を吹き込まないでいただけますか? お嬢様があのお屋敷を出たとしても、すぐに行き詰まりますよ?」

「あのお屋敷にいてもそのうち行き詰まるよ。どうするかはリアが決める事だ。とりあえずは俺様の運転だな、もっとアクセル踏んても良いぞ」


「早い! 早いですわ!」

リアがアクセルを踏んだ事で更に車体は加速する。まぁまだまだ全然なのだがリアにとっては初体験の速度なのだろう、目を輝やかせている。

フロントガラスの景色が後ろへとすっ飛んでいくのも馬車とは全く違うもんな。

「まぁ早いといっても、まだ時速40kmくらいだがな」

「じそ……? ジャバウォック様、それはどういう意味なのですか?」

「1時間あたりに進む距離だよ、今なら40km先まで1時間で行ける」

「早いですわね……、恐ろしいほどですわ」

馬車と比べたらこの程度のスピードでも恐ろしいとか言われるのか。高速道路とか体験させたらどうなっちゃうんだろうな。


「いや最高時速はこんなものじゃないぞ?今の3倍は出る」

「そんなに!? 何故そんな速度が必要なのですか!?」

ケイトさんが驚くけど、物流ってのは社会の血管みたいなものだったからなぁ。

【ご案内します。この車の最高時速は250kmですが、安全のために速度は控える事をおすすめいたします】

「そんなに!? そんな速度出せてどうすんの!?」

俺までケイトさんと同じような突っ込みしちゃったよ。それもうデコトラとは違う何かだろ。


「ジャバウォック様が同じ用な事を言ってどうするのですか……、お嬢様? 大丈夫ですか? 目が据わってきておりますが……」

ケイトさんが言うように、今のリアはハンドルを抱えるように掴み、身を乗り出すようにして運転している。

少しずつ加速を怖がらなくなっているようで、今のスピードは時速60kmに達していた。

「だんだん走る事にのめり込んできたな、良い感じだ、俺はお前の中の獣が見たいんだよ。もっとスピードを出して良いぞ」

「ジャバウォック様、もう充分速度が出ているようですが?これ以上は必要無いでしょう?」

「いやまだだ、もっと速く!速くだ!リア!、お前の中の獣を開放しろ!」


「ふ、ふ、ふ、ふ、ふふふふふふふふ」

俺様の声が届いたのか、リアは肩を少しずつ震わせるように笑い始めた。

「ん?」

「リア様?」

少しずつ、少しずつ加速し始める、加速する、加速、加速加速加速加速。


「ふふふふふふっふ、あははははははははははは!おーっほっほっほっほっほっほ!!」

「リア? リアさん。リアさんんんんんんんん?」

「リアお嬢様あああああああ!?」

リアはいきなりペダルをベタ踏みしやがった!すげぇ加速で街道からも外れてしまった!しかしリアは何故か巧みにハンドルを切って荒野の岩や枯れ木を避けながら爆走する!


「リアあああああああああああああ!?」

「おじょ、おじょおおおおお!!」

「あはははははははははははははははは!」

車内はもう大騒ぎだ。俺様とケイトさんの叫びと、リアの高笑いが響き渡る。

「まずい! こいつの中にいるのは獣なんて生易しいもんじゃねぇ! リアを止めろ! どんだけ普段自分を抑えつけてるんだ!」

「リアお嬢様!? 手をお離しになって!?」

「あーっはっはっはっはっはっはっは!」

結局、メイドさんが必死にリアの手や足を離させて、ようやく俺様は停まる事ができた。

運転を始めると、突如人が変わったようになるというやつがいるが、まさかリアがそれだったとは、末恐ろしいぜ。


「あ~~~~~~~~~~~、気持ちよかった!」

「そ、そうか、それは何よりだ」

運転を止めたリアは、今まで見た事がないくらい上機嫌だった。ケイトさんが放心状態で身だしなみを直している。

「ジャバウォック様……、リア様にこれはかなり危険なのでは……?」

「ま、まぁ気分転換にはなっただろう、戻るか。リア? 俺様が運転するからな? ハンドルとかアクセルに触れちゃだめだよ?」

「え~? 運転しちゃダメ?」

「だめ! 運転は一日10分!」

世のお母さん達が子供のゲーム時間を控えさせようとする気持ちが物凄く物凄くわかりましたよ……。


次回、第11話「令嬢、デコトラヲ改造ス」

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