第8話「令嬢、 意気消沈ス」


「ねぇ、アウレリア嬢、僕に何か言う事は無いかな?」

「……」

「おい、アウレリア、エストマノワール殿下の質問に答えないか!」

「は!はい!」

リアは父親の公爵に言われ慌てて姿勢を正した。無理もない、座れとも何とも言われてないから、ぼーっと公爵の後ろに控えるように突っ立ってるしかできなかったからな。

まさか自分に話が振られるとは思ってなかったんだろう。


「君はいつまでそうやって立っているのかな?婚約者の僕がいるというのに、そんな後ろに控える事は無いじゃないか」

いちいち腹立つなこいつ!今のリアは誰を頼って良いのかわからん状態だってのに、婚約者のお前がかばってやれよ!

【ご案内します。先程からの会話を分析するに、この国の貴族は権謀術数が過ぎて、相手を陥れ相手に弱みを握らせないような会話に特化されており、まともな意思の疎通は困難かと思われます】

分析してもらわなくてもそんなんわかるわい!要は全員政治家みたいな回りくどい言い回ししかしないって事だろ、面倒くせぇ……。


「アウレリア、まずは座れ、そして王太子殿下のご質問に答えろ」

おい公爵、言い方……。

初めてまともに行動の指示を受けたリアは、何度も何度も公爵や王太子の顔色を伺いながら、ぎこちなくも公爵の隣に座った。また何か言われるかと警戒してるんだろうな。

公爵の方は仏頂面なのに対し、王太子は何が楽しいのかニヤニヤと薄笑いを浮かべている。整った顔立ちなのに表情で色々ぶち壊しだなこいつ。


「おや、ようやく君と顔を合わせる事ができたね、アウレリア嬢。」

「は、はい……」

あーもう、リアは完全に萎縮しちゃってるよ。何か行動するだけでそれがドツボにはまるってんなら誰だって何もしたくなくなるよな。ブラック企業でももう少し何か指示とかあるぞ。


「さて、もう一度だけ聞こう。アウレリア嬢、僕に何か言うべき事は無いかな?」

王太子はまた腹の底が読めない表情でリアに質問する。こいつは言葉の意味をそのまま受け止めたらいけないんだろうけど、その言葉の裏が全く読めない。

リアも王太子の真意が掴めないのだろう、どう答えて良いか迷っているようだ。

「言うべき事と言われましても、一体何の事なのでしょうか?」

「僕は、一度だけ聞くと言ったよ?二度は無い。よく考えてみて」

「そ……、わ……」

やばい、王太子は笑顔だけど、明らかに威圧してきているのでリアが今度は喋る事まで詰まってきた。あまり続くと失語症みたいになっちゃうぞ。

「アウレリア、王太子殿下がこう仰せだ。何か言うべき事は本当に無いのか?事と次第によっては公爵家での今後にも影響するのだぞ」



おい公爵、お前が自分の娘を追い詰めてどうする。そこは守ってやれよ。しかもこいつどうも他人事っぽいんだよな。自分は全く関係ないといった雰囲気だ。


【ご案内します。公爵は自分もアウレリア様を問い詰める事で、『何が聞きたいのかは知らんが公爵家は関係ない。何かあったら即絶縁する』というアピールなのでしょうね】


”公爵家での今後”ってのはそういう意味かよ!だめだこの父親、娘守る気なんてさらさら無い。大丈夫なのか?絶縁なんてしたら王太子との婚約どころじゃないだろ。むしろ自分にダメージ来ないか?


【ご案内します。その場合、あくまで自分は知らなかったという態度を貫き通した事で王家への名分も立ちます。その上で娘であるアウレリア様をも切り捨てる覚悟だと王家へと宣言した上で、場合によってはこれ幸いと縁を切れる、公爵家にとっては痛くも痒くもないと王太子のボケに伝えているようですね】


【ガイドさん】!?王太子をボケとか呼びだしたよ。しかしなんかもう会話の1つ1つが複雑過ぎて混乱する。人間ってどうしてこう色々と面倒くさいんだ。


【ご案内します。ケイト様をはじめこの屋敷の人々が妙に好意的なのも、ジャバウォック様の思考がシンプルで裏表が無いからだと思われます】


そんな事で好意を抱かれてもなー。っと、こうしてる場合じゃないな。リアは完全にどうしていいかわからず固まってしまった。早く何とかしてやらないと、全員にスタンボルトぶちかまそうかな。


【ご案内します。やったれ、ぶちかませ、いてこませ、ぼてくりまわせ、私が許す】


【ガイドさん】!?半分冗談だからね!?それ半分私的な感情入ってない?


【私に感情はありません、私はあくまでも案内係ですので】


本当かよ。


【無いつってんだろ、一言でわかれや】


アッハイ。



「ふふ、まぁ、しらばっくれるなら仕方ないね。まぁ仕方ない、では君もそろそろ社交デビューすべきだろう。君の為に舞踏会を開くからぜひ来て欲しいな」

「殿下!? 申し上げにくいのですが、娘にはまだ早いと存じます。娘に対して何かを追求されたいのであれば、今この場でお願いいただけませんか?」

「僕は十二分に譲歩していると思うけどねぇ。こうしてわざわざこんな田舎まで来て、面と向かった上で聞いて、今度は舞踏会へ招待までしている。これ以上どうしろというのかな?」

「ぐっ……、アウレリア!本当にお前何か知らないのか!何か殿下に失礼を働いているのではなかろうな!」

「わ、わた、わ、わたし……」

やばい、公爵の威圧にリアがまた泣きそうになって過呼吸が入り出したぞ。もうこれ以上我慢できるか!こんな家にいたらこの子がおかしくなっちまう!


「まぁ、答えないなら仕方ない。とにかく僕は礼を尽くして招待した。欠席しないようにね?」

あーこいつ!俺様が行動に移そうとした瞬間、リアにプレッシャー与えて心の傷を追わせて倒れるかどうかって所のギリギリで席を立ちやがった。公爵はあわててその後を追っていくな、まるで腰巾着だ。

リアはというと、2人が出ていった瞬間、ソファに倒れ伏した。その瞬間、メイドのケイトさんが叫ぶ。

「リア様!誰か!早く寝床の準備を!」


ベッドの用意ができるまでソファで眠るリアを見ながら、ケイトさんがため息をついた。俺様はどうにも我慢ならなかった、こうまでしないといけないのか。

「……なぁ、本当にこのままで良いのか?」

「それでも、このお方が生きていけるのはこの屋敷の中だけなのです。そしていずれ、王宮で生きていかなければならないのも、このお方の生まれついた運命なのでしょう」

「そんなわけあるか! 人はいつだって自由であるべきだろ! 自分の意思で生きられなくて何が人生だ!」

「ジャバウォック様の生きていた世界では、それが当たり前だったのでしょうね。ですが、ここにはここのやり方、生き方というものがあるのです」

だがケイトさんは俺の怒りの声を聞いても怯まず。ただ少し悲しそうな表情をするだけだった。


「良いか、よく聞け。前世の俺様だってそんな自由じゃなかった。自分で動く事もできず、オーナーの運転に従って物を運ぶだけだった。

けどそれでも幸せだったぞ?俺様は社会の役に立ってるという実感が確かにあった!でもこの子の未来には幸せとかそんなのが一切見えないんだよ!」

「私達は、どうすればいいのでしょうね……」


あああああああああああ! もう黙って見てられるか!  俺様はデコトライガーの形態になってリアが寝ているソファに近づき、掛け布を引っ剥がした。

「リア!起きろ!」

「ふぇ……?」

「ジャバウォック様!? 何を!?」


「リア! 俺様に乗れ! 今すぐだ!」


次回、「令嬢、デコトラニ搭乗ス」

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