第7話「王太子ト公爵、登場ス」


その日まで、公爵家の屋敷は上を下への大騒ぎだった。館の主である公爵はともかく、王太子までやってくるのであっては掃除や準備を完璧にしておく必要があるからだ。

元々それなりに広い屋敷であるにも関わらず、元々使用人の人数が少ないのだ。それは本来であればリアにだって何人もの侍女がついているものなのに、メイドのケイトがそれを代行している状態というのにも現れている。

「え、メイドさんと侍女さんって違うの?」

「全く違います。そもそも侍女はメイド服など着用いたしません」

メイドのケイトさんいわく、なんか前世の創作物では混同されてたようだけど立場が全然違うらしい。この国では身分制度がかなり厳格で、仕事中に着る服までが決められているんだとか。

で、この国では貴族の侍女は貴族女性がなるものだそうで、自分の意思で雇われている雇用人という立場なのでメイド服を着る事も無く、使用人として雇われているケイトさんとは明確に立場が違うんだとか。どう違うのかは車の俺様にはよくわからん、個人事業主と雇われ人くらいの違いなのかね?


「まぁ俺様にとっては人類皆同じにしか見えんのだがな、でも侍女が来ないってどういう事? 公爵令嬢の侍女なら良い就職先じゃないのか?」

「ここはあくまで公爵様の領地にある屋敷の1つですからね、普通は侍女という仕事を通して身分の高い殿方に見初められたり人のつながりを期待するものなので。夜会一つ開かれない屋敷には誰も寄り付きませんよ。華やかな王都のタウンハウスであればまた話は別なのですが。」

どうもこの屋敷の周辺が田舎っぽいと思ったら本当に田舎だったようだ。

この屋敷で働いてる使用人の大半は近くの村とかの出身なんだそうだ。ちょっとは給料も良いんだろうけど、わざわざ王都からここに働きに来るようなのはいないらしい。


「……って事は、ケイトさんも?」

「私の場合は、母が子守ナニーメイドとして雇われていたという流れなので、ちょっと違いますが」

そういやリアの乳姉妹とか言ってたな。何だかかんだ妹のように思ってるんだろうか。とはいえ今20代半ばくらいか?平均寿命の短そうなこの世界では少々婚き遅れな感じもするんだが……?

「ジャバウォック様、今何か不躾ぶしつけな事を考えませんでしたか?」

「イエナンデモナイデス」

怖っ!車の感情読み取るって何なのもう!

【ご案内いたします。今のはジャバウォック様が悪いです、女心の地雷原の中にいらっしゃいますのでご注意ください】

何かガイドさんからも変な注意きたけど女ゴコロコワイ! そんなやり取りをしながら俺様も色々と手伝っているのだ。


いつの間にやら俺様は使用人の皆様に受け入れてもらっている。『リア様に懐いた魔法生物』という事であっさり受け入れられているが、それで良いのかおい。

小さめになったダンプトラック形態なら荷物を載せて屋敷内を運び回れるし、階段だってデコトライガーの姿で登れるので重宝されている。

ちなみに人型にはまだなれない。変形してオプ◯ィマスプ◯イムみたいにはなれるが、俺様は元車なので二足歩行なんて高度なバランス移動は難しいのだ。デコトライガーでの四足歩行の方がまだ車にイメージ近いのでなんとか歩ける。

ちなみにリアはデコトライガー形態の俺様の背中に乗って移動するのが気に入ったらしい。最近ではトラックじゃない方が多いぞ、俺様デコトラなんだけど……。



さて、そうこうしているうちに問題の日がやってきた。来訪するお客様をこの屋敷全員でお出迎えだよ、ご苦労さんだね。

当然、でっかい玄関のドア前の中央に立たされているのはリアだ。そういやこの子って、実質この屋敷の女主人みたいなものだったのかね?あんまそうは見えないけど。

俺様はリアの胸元を飾るネックレスに化けて立ち会っている。部屋で待ってると言ったんだけどついてきてくれと頼まれたんだよな。いつの間にか頼りにされるようになったのか、頼りになる奴が誰もいないのか……。


屋敷の前に到着したのは、黒塗りに金の装飾も眩しい大きくて豪華な馬車だった。4頭もの馬に引かせてるな、これもしかして高級車とかスポーツカーみたいなポジションなのか?

見かけ通り重々しい音と共に馬車の扉が開き、中から降りて来たのは壮年の男性だ。こっちがリアの父親の公爵かな?顔立ちはリアに似てるといえば似てるけど、なんか肌の色が濃いな?髪も黒髪だし、ケイトさんみたいな見た目だ。

そして、公爵の案内で馬車から降りて来たのは、銀髪も眩しい美少年だった。この少年が王太子なのか?この少年もまた肌の色が濃い。

貴族とか王族と言うからてっきりリアみたいな金髪碧眼が普通かと思っていたら、この国では褐色の肌の方が多いみたいだ。リアは母親似なのかね?


「ほ、本日はようこそお越しくださいました」

リアが前に出て少々上ずった声で二人を出迎える。この子にとっては今までの勉強を生かす大舞台だもんな、緊張もするわな。

だが、出迎えられた父親の方は、むしろため息をついてリアを残念そうな目で見てくる。王太子に至ってはバカにするような薄ら笑いだ。おい、今のどこかおかしかったか?

「リア、お前はいつまで経ってもマナーがなっておらんな。この場合は、お前が無言で私を迎え、一旦私が館に入って王太子殿下をお迎えするのが礼儀だろうが。お前の礼など誰も求めておらんわ」

「で、ですがマナーの教師様に相談いたしました。その場合はこのようにせよと」

「それは、お前に失敗をさせようとする教師の罠だ、そんなものに引っかかってどうする。お前は今1つの失敗を犯した。これでお前はその教師に1つの弱みを握られたのだぞ。いつになったら世渡りを覚えるのだ。

 むしろその場でマナーの矛盾点を指摘し、こちらを陥れようとしていると何故その教師に抗議しなかった。そんな事では今後の社交もおぼつかないぞ。やはりお前では無理だったようだな」

無茶苦茶だなおい! マナー教師の言う通りにしたら駄目って、そんなの誰の言う事を聞いて良いかもわからなくなるだろうが!


「それにだ、一旦礼儀を失したらその場では黙っている事だ。いくら取り繕ったとしてももう取り返しがつかん。言葉を発せば発する程弱みを握られるだけだ。そんな事もわからんのか」

なんかだんだん腹立ってきたなこのおっさん、自分の娘をフォローするどころか、マウント取るばかりで愛情の欠片も無い。

父親の言葉で黙ってしまったリアを無視するかのように、公爵はこちら側にやって来て王太子殿下サマを出迎えるべくそっちの方を向いた。公爵がこんな調子だし、婚約者だというこの少年もかなり怪しい。

「王太子殿下、本日はわが館にお越し下さり、誠に感謝の念に耐えません。あまりおかまいもできないのがとても残念ですが」

「やあ、今日は真っ先に面白いものを見せてもらって気分が良いよ。我が婚約者様は期待通りに教育されてるようだ。まぁ無用な手間は取らせないよ」

あー、もうこの会話も額面通りに受け取れないよ、公爵はどう見ても『娘がこんな調子だからさっさと帰れ』とか言ってて、王子サマの方は『こっちの思惑通りにその娘は弱みを握りやすいね、せっかくだから長居させてもらうよ』と言ってるようにしか見えんぞ。

【ご案内します。表情・会話のイントネーション等を総合的に分析したところ、だいたい合っているものと思われます】

そんな情報要らん……、この世界に救いは無いのか。


さて、出会いからしてこんな調子なので、リアの表情は蒼白だ。今まで必死に勉強したであろう事が何一つ通じなかったのだから。

父親が王太子を談話室に案内するのにも、呆然といった感じでついていっている。

「さて、あらためましてですが、王太子様、本日は当家にお越し下さり心より歓迎いたしますして、さっそくですが本日はどのような向きなのですかな?そろそろ私にも話して下さっても良いのでは?」

おや?公爵は王太子といっしょに来たにも関わらず、そもそもこの屋敷に来た理由を知らないのか?


「ねぇ、アウレリア嬢、僕に何か言う事は無いかな?」

なんだこいついきなり。


次回、第8話「令嬢、 意気消沈ス」

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