第6話「デコトラ、変身ス」


その後、数日は何事も無かった。何しろこの子は延々勉強してばかりなのだ。とはいえその進捗も進んでるとは言い難い。無理もない、休まず延々勉強なんてどう考えても効率が悪いものだ。

俺様も当然やる事が無いので、『スキル:形態変更モーフィング』の練習をしている。

俺様の身体をイメージ通りに身体を変形させられるというスキルなのだが、最初は中々うまくいかない。身体を大きくしたり小さくするのは良いとしても、『身体を自由に変える』というイメージ自体が中々できないのだ。

【ガイドさん】は練習すれば腕を生やす事もできると言うが、そもそもトラックの俺様に人と同じような身体のイメージをしろという方が無茶なのだ。これ、元々は人向けのスキルなんじゃないか?

仕方ないので前世の車内TVとかで見たものとかを思い出してイメージトレーニングをしている。


そしてまた日が暮れる、リアはというともう寝るだけだ。この子、ずっとこんな生活なのか?子供ってこう、もっと遊んだりしないか?

寝ているリアの顔を見るメイドのケイトさんの顔も冴えない。そもそもお世話してるのも朝晩のほんのちょっとくらいだもんな。あとはひたすら勉強、勉強、勉強だ。

「なぁメイドさん。この子いい加減休ませないと限界だと思うぞ?疲れない人間なんていないんだしさ、疲れって蓄積するものだよ?」

「もっともな話ではありますが、こればかりはどうにもならないのです。リア様は不出来な方では無いのですが、やはり教育が遅れておりますので」

「遅れているって言うがな、そんなのその教育担当の責任だろ、この子に無理させるくらいなら、そいつが婚約者の王子にでも頭下げさせて結婚遅らせるとかしたら良いんじゃないのか?」

「その、頭を下げる責任者が、もういらっしゃらないのですよ」

「どういう事だ?」

俺様はつい突っ込んで聞いてしまったが、考えたらこの屋敷にはこの子とメイドさんとあと数人の使用人しかいない状態だった。普通現場監督みたいに誰かいるよね?


「本来であれば貴族女性は母親から様々な事を学びます。ですがリア様のお母様は、10年程前に亡くなられているのです」

「あー、すまん、余計な事を言った」

「いえ、我々もそれを痛感している所ではありますので、同じ所感を持たれているのは、正直ありがたいと感じています」

「それにしたって、この状況はあまりよろしくないだろう。10年も時間あったならどうして誰も対処しようとしなかったんだ?手遅れになってから慌てても仕方ないだろう」

「……リア様が、公爵様の正妻の子では無いからです。側室とはいえお母様のローゼマリー様がご存命の時ならばまだ良かったのですが、亡くなられて以降はこの屋敷で放置されていたも同然でした」

なんてこった、この子は実の父親に捨てられたようなもんじゃないか、どうりで扱いが雑なわけだぜ。


「さらにややこしいのが、長く子供が生まれなかった公爵様は、リア様を側室であるローゼマリー様の子ではなく、正妻であるマデリーン様の子として世間には発表していたのです。今となっては半ば公然の秘密なのですが」

ええー

「ですがその後、正妻のマデリーン様は立て続けに後継ぎであられる弟様のアイゼイア様、妹様のフランメア様を立て続けにお産みになられたので、用済みとばかりに母子共々この屋敷に追いやられたのです」

「酷い話だな……、まるで道具だ」

「近いものはありますね、貴族にとってはお家の存続こそが最優先、その為の犠牲はいとわれませんので」

「ちょっと待て、だったらその妹のフランメア? だっけ? そっちはちゃんと教育を受けてるんだろ? そっちと結婚させりゃ良いんじゃないか?」

「その辺は、王家と公爵家の力関係が原因ですね、王家も知ってて”わざと”リア様と結婚する事で、王太子妃としては不出来な事になるのを期待して突然2年前にリア様を指名したのです」

俺様の疑問に、ケイトさんが軽くため息をついて首を振る。これまたメイドさんにはどうしようも無い問題だな、結婚後に失敗する事を期待されての嫁入りとか。


「政治的な道具そのものだな、結婚まで利用するのか」

「リア様が王宮で何か失敗をやらかせば、それだけで公爵家に対する攻撃の材料になりますからね、実のところドラウジネス公爵家はこのテネブラエ神聖王国で少々目立ち過ぎました」

「そのツケが全部、今のあの子に回ってるって事かよ……」

「中でも正妻であるマデリーン様の嫌がらせが一番きついのが救えないですね。リア様が成長すればするほど、お母様のローゼマリー様に似てこられましたから、面影を見るのも嫌なのでしょう」

「誰もあの子に味方する者がいないってのか、救いは無いのかよ」

この子の今の状況を考えれば無茶な勉強でも何でもやるしかなかったのか。結婚してからじゃ遅いもんな。とはいえなぁ、これ絶対健全な状態じゃないぞ……。


「私としては、むしろ貴方が突然私達の前に現れたのは何かの救いかと思いたくなりますね。どうかリア様を助けていただけませんか?」

「そうしたいのはやまやまだけどさ……、俺様単なるトラックよ? 政治的どうのとかなんて何もできんぞ?」

「そこなのですよねー」

メイドさんも、とりあえず言ってみただけなのだろう。溺れる者はわらをもつかむって奴だ。だからと言ってデコトラつかんでどうするんだって状況なんだが。

あの子がどことなく幼いのは、使用人以外の誰とも接する事がなく今日まで生きてきたからなのか。何とかもっと広い世界を見せてやりたいぜ。



「それで、今日の授業は何なんだよ」

「今日は、乗馬ですね」

今日の俺様は小さくなって衣装箱チェストに紛れる形でリアの野外授業についてきている。周辺は馬を走らせるのに適した地勢なのか、なだらかに続く草原がずーっと向こうにまで続いている。

しかし貴族様ってのは色んな事を教え込まれるもんだな……。


「貴族のお嬢様ってのは、乗馬までできないといけないのか?」

「この王国で流行っているのもありますので、一応のたしなみですね、たまには息抜きになっていいのではないですか?」

「いやドレス着て、コルセットとか付けて乗馬ってかなり拷問に近いと思うぞ……?」

実際、リアはかなり悪戦苦闘して馬に乗っている様子だ。横乗りって奴なのか脚を揃えて鞍に対して横向きに座ってるけどかえって危なくないかあれ。

しかも馬術の教師は何か変な趣味でもあるのか、ニヤニヤ笑いながらそれを見ているし。

「ああリア様、なんてはしたない事に、あの教師、そろそろ目に余ってきましたわね」

え? ちょっとスカートがまくれ上がってるだけでは? と思ったが、この時代の女性にとっては脚を見られるのはかなり恥ずかしい事らしく、男の教師はそれを見て楽しんでる様子なのだとか。

「おい、将来の王太子妃にそんな事して良いのか? 後が怖くないのかあいつ」

「リア様がいずれ王宮に輿入れされたとしても、立場が弱いであろう事を知っててやっているのでしょうね。むしろ笑いものにするネタを今から集めているようなものですよ」


はぁ……、あの年でおっさん教師からセクハラされてるようなもんかよ。もういい加減腹たってきたな。あの教師どうしてくれよう。

【ご案内します。でしたらば『スキル:スタンボルト』を習得されてはいかがでしょうか?当たった相手に衝撃を与え、昏倒させる太矢ボルトを放つ事ができます。あの程度の体格ならば一瞬で眠らせる事ができますが】

よし【ガイドさん】それ乗った。あんな女の敵はちょっとこらしめてやらんとな。

それだけでは足らんと、俺様は『スキル:形態変更モーフィング』を使ってそーっと抜き足差し足で教師の後ろから近づいて声をかけた。


「おい」

「ん?ひいいいいいいいいいいい!!」

俺様の姿を見て教師は悲鳴をあげて腰を抜かした。どうだ俺様の練習の成果だ、驚いたか。今はこの姿で歩くくらしいかできないし戦闘能力なんて皆無だが驚かすのには問題ない。

まぁ驚くよな、今の俺様は『スキル:形態変更モーフィング』を使ってライオンのような大型のネコ科動物型の機械生命体ゾ◯ドのような姿になっている。

全身をデコトラ風装飾で覆ってるので、銀色の装甲に包まれた4本脚の魔物にしか見えないだろう。


【ガイドさん】いわく、登録しておいたらいつでも呼び出せるらしい。とりあえずこの形態は『デコトライガー』とでも名付けておこう。中々格好良いしな!

俺様のボディの強化と連動するみたいだし、砲撃型のデコトライガー=パンツァーとか、速度強化のデコトライガー=イェーガーとか、攻撃特化のデコトライガー=シュナイダー、高周波ブレードを胴体側面に付けたブレードデコトライガーとか夢は広がりまくりだぜひゃっほい。


すいませんテンション上がって調子に乗りました。今はリアを助けるのが最優先だな。ここで『スキル:スタンボルト』だ。小さな雷で出来た矢のようなものを受けて教師は一瞬にして気を失ってしまった。


「おいリア、もう馬から降りて良いぞ。今日の授業は終わりだ」

「リア様帰りましょう。あの男はもう放っておきましょうね」

「え? それ、じゃばば? ジャバウォックなの?」

「おう、ちょっとスキルを使って見た目を変えた。今は動けるだけで、これで戦えるわけじゃないけどな。背中乗って降りて良いぞ」

俺様はせっかくなのでリアを背中に乗せたまま屋敷へと帰る事にした。巨大な動物の背中に乗るのってロマンだよな?


「リア様、少々目に余りましたのでジャバウォック様の手をお借りいたしました。大丈夫ですか?」

「恥ずかしかったよ~」

「リアさぁ、お前さん、もっと自分を出した方が良いんじゃないか? 自分の言いたい事言って良いんだぞ?何なら『私は将来の王太子妃よ! 頭が高いわ!』とでも言ってさぁ」

「そ、そんな事言われても」

俺様達は倒れている教師を放置してさっさと帰る事にした。馬はケイトさんが引っ張って連れて帰っている。

魔獣が出たにも関わらず真っ先にに気絶した役立たず、という言いがかりを付けて強請ゆするネタを手に入れたわけだし、これでちょっとは大人しくなるだろうさ。

他にも嫌がらせとかしてくる奴は、この格好で脅かしてやれば多少はリアに対しての態度を改めるだろうと俺様は思っていた。


だが、事はそう簡単には行かなかった。最悪の敵とも言える奴らがやってくる事になったのだ。

「お父様と、王太子様が……、この屋敷にいらっしゃる?」


次回、第7話「王太子と公爵、登場ス」

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