第5話「令嬢、オ勉強ス」
俺様がクローゼットルームから出てくると、メイドさんはさっとリアを自分の背中に隠した。そういや着替えとか言ってたっけ、けど着替えであんな声出すか?虐待してると思いたくないけど。
「どうやって出てこられたのですか。物理的に不可能なはずですが」
「いやさっきスキルを手に入れたんだ。こうやってちょっと近くのものを持ち上げる事ができるようになったんだよ」
「不気味な光景ですね……、」
俺様がさっき手に入れたスキルで、その辺のものをひょいっと持ち上げてみせるとメイドさんは嫌そうな顔をした。まぁ幽霊が何かしてるようにしか見えんわな。
「いやそれよりもだ、さっきあの子の悲鳴が聞こえたんだけど?いったい何をやっているんだ」
「別に、普通にコルセットの紐を締めていただけですが?」
「じゃばば助けてー、ケイトがいじめるー」「いじめてません」
見るとリアのお腹には何かが巻かれており、ケイトはそれを締め上げる紐を引っ張っていたのだった。
【ご案内します。この世界の女性にはファッションとしてコルセットの着用が定着しており、
補正弱めであの叫びって、ガチなのはどんなんだよ。
「まったく、殿方に見せるものではないのですよ、ちょっと待ってて下さい。今緩めるとやり直しになってしまいますので。えいっ」
「んぎゃー!」
メイドさんは容赦なくリアの腹部の紐を一気に締め上げた。ちょっとリアの身体が持ち上がってるけど大丈夫なん?あれ。
リアの身体が脱力して魂が抜けたようにがっくりと首が落ちた。毎朝これだと大変なんてものじゃないな。
その後は早い早い、てきぱきとドレスを着せ付けて行き、後は髪の準備だけだ。ドレッサーの前の椅子にぽいと座らされたリアはされるがままになっていた。
俺様は特にやる事も無かったのでそれをぼーっと見ていた。何故かメイドさんは今度は何も言わない。
「ジャバウォック様は性別が男性なようですが、
「まぁ俺様は今も昔も車だからな……、いろんな人間を見てきたけど、別に人間に恋をしたりとかはしなかったし」
「えー? じゃばばって、好きな人とかいなかったのー?」
意識を回復したらしいリアがむくりと起き上がって俺様に質問してきた。女子ってのはどこの世界でも恋バナ好きだなおい。
あいにくと浮ついた話は全く無いのだがな、こちとらずっと地に足が着いたデコトラ生をやってきたのだ。
「俺様達みたいな意志を持つ車ってのはそれなりに数が少なかったしなー、当時は今ほど自我もはっきりしてなかったから、あえて言うならオーナーかな」
「オーナー?」
「おーなー?」
「前世でのオレの持ち主だよ。オレを精魂込めてこの姿にまで改造してくれて、大事にしてくれた人だ。まぁ、もう逢えないがな」
オーナーはあの事故でも無事だったから今でも元気だと思うが、いかんせん俺様が異世界に来てしまってるからな……、俺様の身体は前世できっちりと火葬されてしまっているし。
「んー、じゃばばにもいろんな事あったんだねー」
「はい終わりました。さてお嬢様、朝の食事を運ばせます。しばらくお待ち下さい」
「ん?家族と食事しないの?」
「この屋敷にはお嬢様しかおられません、お嬢様はマナーがまだ完璧ではありませんし、家族といえど、そのような者が公爵様と同席できるわけが無いでしょう」
「何だそりゃ……」
ふと窓の外を見てみると、見える景色は山や林の自然あふれるもので、この建物はどこかの田舎にでも建っているようだ。するとこの子は家族から離れて暮らしているって事か?
王太子の婚約者と言うわりには扱いがおかしくないか? 俺様は現代日本の常識しか知らんが、それでも決してそれが幸せな状態ではないとは思う。
とはいえここは異世界、常識だって違うだろうし、俺様が何を言っても変わらないのだと特に口出しはしない事にした。
「ねー、じゃばばってさー、ご飯食べないの?」
「……そういえば俺様って、何を食べるんだろうな、ガソリンか重油? それにしては今排気ガスが出てないんだよな」
食事をしているリアに聞かれ、うっかり忘れていたのを思い出した。広いとは言え部屋の中にずっといたら、前世の俺様なら排気ガスで大問題になる所だった。
しかし今の俺様の身体からはエンジンの鼓動が感じられず、排気ガスが出ている様子もない。身体の構造そのものが変わってしまったんだろうか?
【ご案内します。現在のジャバウォック様は、
なんだそれ!? 今の俺様ってそんな事になってるの!? さっき50000ポイントとか言ってたけどちょっと使ってしまったし、何もしなかったら2年以内に無くなるのか?
「……?どうしたの?じゃばば」
「いや、今の俺様は、どうやらDPを食って生きてるらしい。ぼけーっと消費し続けて無くなると、どうなるんだろうな? 死ぬのか?」
「えっ死ぬのですか? 車の分際で?」
メイドさん? さくっと酷いな? 一応俺様にも心ってものがあるんだからね?
「すぐに死ぬわけでは無いのですよね? 今死なれると邪魔で仕方ないのですが」
「メイドさんは……、邪魔物なのは自覚してるけどさぁ……、もう少し優しいお言葉が欲しい年頃なんだけど? 多分1年くらいは大丈夫だと思う。ここの1年って365日?」
「あまり経験の無い質問ですね。はい、1年は365日ですが、もしかして
「ご都合主義みたいに一致してるな……。突っ込んだら負けな気がするからスルーさせてもらうぜ」
1年も1日も変わらないのは違和感が無くて助かるが、なんかなー、異世界感がなー。
「まぁその辺にズレがあるかは追々確認させて下さい。そろそろお嬢様の勉強が始まります。教師の方々に見られるのも何なので、これを被せますから大人しくしていてくださいね」
不思議な事に布を被せられているというのに、オレは周囲の状況が視えるのだった。むしろ今だからこそ自分の視界がどうなっているのかがよくわかる。いやわからん、どうなってるんだ俺様の身体。
【ご案内します。ジャバウォック様は現在、スキルで周囲の状況を理解しております。この程度の布であれば貫通して周囲を確認する事は何の問題もありません。ある程度まとまった量の布を被せられると視えなくなりますが】
はーん、便利なんだか不便なんだか。おかげでリアの授業風景もよーく見えてしまうし聞こえてしまう。
「よいですか、統一歴1236年におけるダルキニア帝国の侵攻における影響は……」
「この数式は、この式を当てはめると……、だから……」
「魔法物理学における280年前のフレムバインディエンドルク氏の功績については、賛否が分かれる所ではありますが……、」
なんか妙に小難しそうな事ばかり詰め込まれて行ってるな……、昼になっても食事ですら授業の一環だ、気が休まる暇も無いなこれじゃ。
「アウレリア様、何度言ったらわかるのです、その持ち方では小指を立ててはなりません、この皿は没収させます」
「はい……」
おいおいおいおい、食ってる最中なのにマナーにいちゃもんつけられて皿を下げられたぞ。あんなの繰り返してたら食事すらままならないんじゃないのか?
【ご案内します。現在の主の摂取カロリーは、15才女性が摂取すべき量を500kcal下回っております。あのままでは健康被害が出るのも時間の問題です】
なんてこった。こんな豪華な部屋に住んでるってのに、これじゃまるで牢獄じゃないか。部屋からすら出られてないし、自由なんてあったもんじゃない。
3時になってさすがにちょっと休憩が入ってもリアはベッドに入って仮眠だった。これが唯一の休息だってのか、何なんだこの子に対するこの扱いは。
横になってもどこか苦しそうに見えるリアの顔をメイドさんはそっと撫でていた。それは慈しむような、諦めているかのような表情だった。
「なぁ、メイドさん、この子、ずっとこんな調子で勉強させられてるのか?」
「はい、12才の頃からは毎日こんな感じですね。何しろこのお方はいずれ王太子に嫁ぎ、この国の王太子妃となられるのです。そしていずれはこの国の国王の正妃にも、その為の準備はいくら時間があっても足りないのです」
「これでこの子が幸せになれると思うか?」
俺様の問いに、メイドさんが答えるまでしばらく時間がかかった。きっと、一言で言えるような事では無いのだろう。
「ジャバウォック様、お嬢様がこの家を出たからといって、このお方がこの世界で生きていける
生活能力なんてありませんし、着替え一つ自分ではできません。そのように生きてこられたのですから。
仮に家を飛び出した所で、即座にその日の食事にも困って路頭に迷うだけですね。
その後、このお方がどうやってお金を稼ぐか、ジャバウォック様にも想像つくでしょう?しかもそれで長生きできると思いますか?」
「んー、まぁ、俺様の前世だって、生活に困って、そういう事をする女達はいたよ? それに比べりゃこの子の生活は恵まれてるかも知れんがなぁ、でも、これで本当に良いのか?」
「私には、何もお答えできません。ジャバウォック様が見た目のわりに誠実な方というのは理解いたしましたが、私はお嬢様にとっての最善を尽くすだけです」
メイドさんもまた、この子と同じように階級社会の常識に囚われてしまって、この生活に疑問を持つ以上の事はできないようだ。あと見た目で判断しないで欲しい。心の中で泣くから。
気に入らない、何か気に入らない、人はもっと自由なはずだ。突っ走れば誰だって風になれるのに。
次回、第6話「デコトラ、変身ス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます