第2話

2 In Sky


 高度8000ft。丸窓の外は一面の薄い青が広がっていた。積雲を置き去りに、されど朧には届かない。


 そんな静寂の中で僕はじゃがいもを剥いていた。本来ならコックのカガセがやるはずである。だがあいつは遠くの街で潜伏中だ。だから僕が料理をしているのである。正直、僕にできることはこれぐらいしか無いのでやれることは嬉しかった。それにそれぞれの好みを考え、出来るだけ良い栄養バランスの料理を作るのはパズルみたいで楽しい。

 「よ、ティーツ。手伝いに来てやったぜ。」

 「ライデン、つまみ食いでもしに来たのか?」

 「そう、当たりだ。ま、手伝いぐらいはしてやるよ。」

 「じゃあ、じゃがいも剥いてくれ。それくらいなら出来るだろ?」

 「あいよ。」

 じゃがいもをライデンに任せて、僕はノア隊長の夕食を作ることにした。彼からは食事を早く持ってくるように言われているからだ。だが彼は食が太いわけでは無い。彼の夕食は決まって汁物や柔らかいものを少量というものだった。理由は誰にもわからない。ただ、ノアとおばさんを除いて。

 「なぁ、ライデン。いつか聞こうと思ってたんだけど。」

 「なんだ?」

 「ライデンはなんで魔女なんだ?」

 魔女。元々は古いお伽話に出てくる言葉だ。なんの脈絡もなく人々が魔女と呼ばれて火に炙られる。そんな理不尽な話だ。でも今では魔女というそれ本来の、つまり魔法を使う女という意味は失われて、理不尽な昔話に出てくる可哀想な人々を指す言葉に変わってしまった。

 「ユーティライネンコンポレーション。お前らの世代でも名前くらいは聞いたことあるだろ?」

 かつて軍需産業の一翼を担って会社であり、4年くらい前までは戦艦と戦闘機のシェアで60%ほど占めるほどの強大な力を持っていた。だがある日、隕石によって本社は跡形もなく吹き飛んでしまった。

 「確かにあそこの本社は無くなったけど、支社は23つもあったんだ。それなのに1年のうちに全社が経営不振で倒産、完全消滅だなんておかしいと思わないか?」

 「確かにそうだが...偶然が重なりに重なることだって。」

 「まさか、だとしたらこの世界は作り話だ。」

 「なるほど。知りすぎたってことか?」

 しばらくして僕が味噌汁を作り終わったあたりでライデンが聞いてきた。

 「なぁ、お前はなんでここに居るんだ?」

 「ん、いきなりどうしたんだ?」

 「いや、こう、別にお前やベネットはノア隊長や俺がそうであるように、何か成すべき目的があるわけじゃないんだろう?もしあったなら、話してほしいけどな。」

 僕とベルはライデンやバーデス、カガセよりも先に旅団にいたのでその質問はいつかされると思っていた。

 僕にだって成すべきことくらいはある。そしてそれが愚かな行いであることもだ。

 「それかカガセみたいに2人で忍び込んだのか?」

 「いや、僕らはあいつみたいな...僕とベルはノア隊長に拾われたって感じだよ。」

 今でもあの時の煙と雨、泥の匂い、詰まった言葉は忘れない。あの時の後悔は深く胸に刻まれていた。

 「それにしてもノア隊長はなんで僕を拾ったんだろうね。」

 自分のことは一番自分が一番知っている。感覚としてではなく、知識としてだ。しかし、だとてノア隊長が僕を拾った理由、それがわからない。

 「というと?」

 僕の独り言を聞いたライデンはその話を拾ってしまった。

 「いや、SQL放出量を見てベルを連れて行ったのはわかるんだ。でも僕にはそう言うのは無かったし。」

 ライデンには早いだろうな。問題は僕ではなく、ノア隊長にある。

 「気にすんなよ。隊長はお前の才能をきっとわかってたのさ。」

 「そうだと良いのだが...」

 「そんなに気になるならドルブかおばさんにでも聞いてみるといいさ。あいつら最古参だろ?」

 「そうだな...ん、ライデン、あれはなんだ?」

 窓の外に黒い小さな点が見える。微妙に動いていた。

 「虫か?汚ねぇな。」

 「虫か?いや、虫なわけないだろ!ティーツ!」

 彼は吹き飛ばすように扉を開けて調理所から出た。それにしてもあの戦闘機は異常な性能をしている。なぜなら最新鋭戦艦のレーダーをほぼ無効化しているからだ。通常であれば有り得ない。

 「わ、わかった!ブリッジに行くぞ!」

 僕とライデンは2人でブリッジまで走った。驚くことにそこにはもうノア隊長、バーデス、ドルブの3人がいた。

 「ノア隊長!戦闘機が!!」

 「わかってるぜ。」

 「じゃあなんで攻撃しないんだ!」

 「黙れティーツ君、これを見ろ。」

 バーデスか指差したモニターには戦闘機の拡大画像が映されていた。右翼に天秤を携え、左翼に剣を持っている。

 「エリク・ムーア...なぜ...」

 人類の永遠の存続のための組織、360人委員会。その役目を忘れぬよう、汚染された玉座に座る賢人達。なぜそのような賢者達の一人かつ、統一軍総帥の彼が戦闘機に乗ってこの艦を追いかけているのだろうか。

 「影武者か?いや、しかし...」

 おそらく目的はエリク・ムーアが直々に偵察しているという事実によって、動揺を誘い反撃を避ける。ということだ。もちろんエリク・ムーアは本物である必要はない。ただ、意図が見え透いている。まるで大きな釣り針のようだった。普通こんなことが通じる訳がないし、こんな馬鹿げた作戦のために最新鋭ステルス戦闘機を使う筈がない。

 なら何故?なぜこんなことをしている?何か目的がある筈だ。ならなにか...例えば戦闘機の中に核が入っていて、もし反撃してきたら起爆する。という手筈だとしたら?反撃しなければ位置を特定されたまま、反撃すれば核でドカン。いや、これは有り得ない。なぜなら政府は核兵器の使用を認可していないからだ。もし使ってしまい、目撃者がいればその事実は政府信頼を崩すきっかけとなり得る。

 ならなんだ?僕たちが知らぬ間に、政府は核に匹敵する環境汚染のない兵器を発明し、小型化し、それを核の代わりに戦闘機に積んでいる。これならば有り得る。なぜなら現行の統一政府という統治機構は歴史上どのような組織よりも情報操作能力を持っている。だとすれば...僕達は何も出来ないのではないか?

 「遅れちゃった。話は聞いてたけど...撃ち落として良いんじゃない?」

 確かにベルのいうことは正しかった。ただ、迂闊に手を出せば、死ぬのは僕らだ。

 「早計すぎるぞ。敵が何を仕組んでいるのかわからん。」

 バーデスは僕と同じ考えだった。だが、このまま待っていて何が...

 「ドルブ、僕はベルに賛成する。」

 「この戦艦のスペックなら...計算上は核と同等の攻撃を受けても耐えれるはずだ。もちろん、確実に浮力は失い、反撃能力はゼロに近くなってしまう。それでも、徒歩で逃げる時間は確保できるし、このまま位置を特定され続けて軍の本隊に叩きのめされてから逃げるよりかはマシだと思う。」

 「もちろん、僕のこの話は戦闘機に積まれているのが核ではなく、環境汚染のない核と同じ威力を持つ爆弾である。という仮定のもとだが...」

 「なるほど。核か核でないか、それともそもそもそんな破壊兵器は積まれていないかの賭けってことだな?」

 ここからの展開は賭けになる。しかし奴の方に天秤があるのは気に食わないな。

 「そういうことだ。ライデン、銀貨何枚賭ける?」

 僕はそう、セリフを吐く。これにはもう考えても意味がないという意図を含んでいる。

 「核じゃない新兵器が入ってるに銀貨3枚だ。隊長はどうするよ?」

 「それ、私も参加して良い?何も積んでないに銀貨2枚賭けたいのだけど。」

 「元金は誰が払うんだ?まぁいい、俺はバカガキと同じく、銀貨3枚。元金はお前が出せよ、ライデン。」

 「わかってるって。」

 ライデンのその台詞の後に部屋の空気は一転した。

 「目標敵戦闘機!シュベルツドライ発射!」

 後部甲板からおよそ30本のミサイルが発射され、空中で無数に分裂し、その全てが戦闘機に向かっていく。

 急旋回と急加速、急停止を使った有り得ない軌道描いてミサイルを避けていく。空一面が煙で黒くなった後も戦闘機は飛んでいる。

 「どうなっている!?あんな動きを...」

 戦闘機が急上昇してきた。あいつはこの艦を確実に沈める気だと自分の勘が告げている。

 「バーデス、ここは頼んだ。俺はデッキに出る。」

 「な!?勝手なことを...ライデン、バルグランド掃射用意!撃ち堕とすぞ!」

 「おう!」

 ネフェリムは無数の弾丸を身体中から発射した。まるでそれはハリネズミのようであった。だがそれも虚しく戦闘機は全ての弾丸を避けて艦に向かってさらに上昇していく。

 「あいつどうなって...くそ!ミサイル注意!」

 戦闘機は艦に向けてミサイルを発射した。そのミサイルは艦の後方、左舷ブースターにぶつかった。

 「浮力27%ダウン!まずいぞ!」

 艦内放送を通じてドルブが大騒ぎしているのが伝わった。

 「ドルブ!サブブースターの出力を上げろ!」

 戦闘機は高度をさらに上げて艦を通り過ぎた。

 「な!!緊急脱出!?」

 驚くべきことに戦闘機は艦を通り過ぎてしばらく上昇した後、風防を飛ばしてパイロットを吐き出した。パイロットを失った戦闘機は無数の弾丸に貫かれて爆散する。パイロットは甲板に着地しようとしている。

 「何を考えているんだ!!ノア隊長だけじゃまずいか?」

 ノア隊長は言うなれば最強と評すことが出来る。しかし、だとても僕の直感が嫌な予感がするとそう叫んでいるのだ。

 僕はブリッジを離れて甲板に向かった。


 甲板に出る重い扉を開けると一気に冷たい風が強く吹き入る。

 外には2人の男が立っていた。1人は威圧的な大男で、もう1人はカラベラを被った赤髪の男性だった。あのカラベラの男には何かを感じる。だがそれは信じたくない事実だ。

 「久しぶりだね。ノア。どうだい?SQ粒子の本質は解明できたのか?イスカリオテの結論以外の解はあったか?」

 Spiral Question。循環する難題。かつて先人がSQ粒子、つまりSQP とSQLの性質に因んで名付けた名前だ。

 「黙れ、ハローワールド。」

 大男の周りから青い雷が発生する。あれはSQLが一箇所に集まり過ぎた時に観測される光だ。

 「別に私は君と戦いにきた訳ではないのだが...」

 「また殺してやろうか、エリク。」

 「ははっ。あの時の君は恐ろしかった。左眼を失い、腹を抉られながらも私に向かって殴りかかってきたあの時の表情、忘れられはずがない。」

 「まぁ、私は君を気に入っている。それに...そこの後ろの君もね。私と似た赤髪、実に似合っている。」

 カラベラの男に銃を向けた。にも関わらずその男は薄ら笑いを浮かべている。

 「なっ!?下がれ!クソガキ!!」

 「やはり君がそうか、しかし大きすぎる鍵と言うのも困り物だ。」

 「そいつの虚言に耳を傾けるな!」

 「ノア、私の言葉の重さが君が1番理解しているはずだろう?」

 「黙れ。」

 ノア隊長が唸るような低い声でそう言う。だがこれは、まるで機関銃を持った人間に威嚇する熊だ。

 「状況は緩慢だったが、それも今日までだ。再生は近い。」

 「お前は何が目的だ!エリク・ムーア!!」

 自分の叫び声を発砲音にかき消す。

 弾丸はカラベラの男に向かって飛んでいく。だが、顔の目の前でその弾丸は燃えて消えた。

 無詠唱魔法とは、当たりなしに人物画を描きあげるが如き行為だ。そしてそれは魔法の現実性が薄いもの程難しくなる。小さな炎を出すならまだしも、弾丸を一瞬で焼き尽くす炎を無詠唱で生み出すなど、それは信じ難き行為なのである。

 「強制発動。」

 カラベラの男が僕に人差し指を向けてそう言った。次の瞬間、頭の中心あたりに違和感が芽生えた。

 「うわあああああ!!!!ああっ!!!!あああああああっ!!!!!」

 鋭い激痛。痛みが閃光のように体を駆け巡る。脳が焼け、頭が張り裂けるような地獄の苦しみ。思考することすら許されない。生きたまま脳味噌を丸焼きにされる感覚。それが数秒間続く。その間、無様にも僕は両手で頭を押さえ、のたうち回ることしか出来なかった。

 「クソガキ!!」

 「解除。怖い顔で睨まないでほしいな。彼の体の作りは常人と違うからね。調整が難しいんだ。」

 痛みは何事もなかったかのように一瞬のうちに消えた。

 「はぁ...はぁ...っ...」

 だが、びっしょりと服に染みついた汗がその身に何かが起こったことを証明している。

 「大丈夫か!?」

 この時点で頭への違和感は完全に消えていた。いったいどんな魔法を使ったのか、何一つ分からなかった。

 「う...あぁ、なんとも...」

 「さて、と。プランは第二段階に移行する。それだけだ。」

 「今更そんなつまらないことを言いにきたのか?」

 「いや?まさか。私が何をしにきたか...まぁ自ずと分かるはずさ。」

 赤髪の男はピストルを取り出し、自分の頭に向けた。

 「しかし空はいい。人の多さを気にしなくて済む。僕はこの光景が見たくてここに来てしまったのかもしれないな。」

 発砲音と同時にカラベラの男の全身から青色の光が溢れ出した。

 「コードD、整列。」

 ノア隊長が右手を前方に突き出してそう言った。青色の防壁が展開し、外の光を防ぐ盾となった。

 「自爆した?エリク・ムーアが?」

 光は数秒の間放出され続け、その後に消えた。後には黒く焦げた甲板しか残っていなかった。

 「あぁ、そうだ。また会う事になるだろうな...」

 焦げた匂いは偏西風に飛ばれて消えてゆく。


 「で、なんで僕らを集めたんだ?ノア隊長。」

 普段機関室に篭っているドルブですらブリッジに召集されている。

 「あぁそれは俺から...えー先の攻撃で左舷メインブースターが故障してしまいました。今はサブブースターと姿勢制御バーニアを使って補っている状態です。もちろん、長くは持ちません。ノア艦長。」 

 「そこでだ、ここからどうするべきかの会議ってやつだぜ。修理をするべきなのはそうだが...」

 航空艦艇において、メインブースターの破損は致命的だ。浮力か推力、もしくはその両方を失った航空艦艇は単なる固定砲台か、滑走路にしかならない。直ちに修理を行うべきだが...敵が何をしようとしているかわからない現状、迂闊には動けない。

 「ノア隊長はどうするべきだと思うんだ?」

 「俺か?俺の考えとしてはまず、正規のドックで修理を行うのは無理だ。それはわかってんだろ?」

 「あぁ、もちろん。」

 今のネフェリムの損傷具合で戦艦を修理できるドックと技術のある都市は、ベルドクロフト、ドルクベルスタイン、アラムーラの3つしかない。この3つの都市に艦隊が配備されていたら修理どころか、スクラップにされてしまう。おそらく、敵はこの状況を作ることが目的なのだろう。正直、あの戦闘機の腕とノア隊長を凌ぐ魔法の力を本当に持っていたなら、こんな搦手に出ずとも僕達を殺すことは出来たのに、なぜこの手を選んだのか。という疑問符は残るのだが。

 「だから修理をするなら非正規の方法を使いたい。その為には貢物を略奪しなきゃならなんのだが...数日は大人しくしておきたい。そこで修理より先にフリーゲルかカガセと合流しときたいって感じだな。」

 「僕はそれに賛成。」

 「私も。」

 「俺も隊長に賛成する。」

 「わしも賛成だ。」

 「んじゃ俺も賛成します。」

 「全員賛成だな。それで、どっちと先に合流すべきだと思う?ちなみに、俺は先にフローゲルと合流したい。」

 酷い質問だと思った。ここからおばさんとカガセが潜伏している街の距離はさほど変わらない。つまり仲間の選択。あまりこう言う空気は好きになれない。

 「俺はカガセだな!隊長には悪いが、カガセの飯のうめぇからな。」

 「僕もライデンと同じ。おばさんは大丈夫だろうけど...あいつがやらかさないか心配だ。」

 「そう、カガセね。私は先におばさんと合流したい。」

 「僕はフローゲルさんと先に合流するべきだと...彼女は医者ですし...艦に薬品とか無いですけど。」

 「わしはカガセだな。理由はティーツ君と同じだ。」

 見事に割れた。こうなるのが1番嫌だった。

 「ライデン。実証観測体αに関する文書の一部、フローゲルはそれを持っている。お前にも関係あるはずだ。」

 一気に空気が変わる。いつもの気さくな兄さん気質のライデンは消えてしまった。

 「なっ、それを早く...そうなれば話は別だ。おばさんと先に合流しよう。」

 「は?ライデン、なんだそれは?実証観測体って。」

 「お前には関係ないことだ。ティーツ、分かってくれ。」

 「そうか...プレイボーイ気取りのくせに秘密主義なんだな。ギャップでも狙ているのか?」

 「すまない...でも...」

 「分かってるよ。僕がライデンに口出しする権利はない。」

 「ありがとな、相棒。」

 相棒...相棒はライデン、君じゃなくて...

 「決まりだな。まずはフローゲルと合流しよう。バルケア渓谷に向けて前進。」

 会議はバルケア渓谷のバルファという小さな街に向かうと言うことで終わった。艦はさらに東へ向かっていく。実証観測体αに関する文書の一部。ライデンはこの言葉で意見を変えた。いったいなんなんだろうか。

 





 

 

 

 

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