第3話

3 Nice day


 「エリク・ムーア。君はこのような場所で冗談を言うほどユーモアに富んだ人物では無いだろう?」

 統一政府の最高機関、聡明かつ腐った議会、その名も360人委員会。高尚な会議に、このような腐食した泥人形は相応しく無いはずだった。ではなぜこうなってしまったのか。元を辿れば人類の団結にある。人類は外なる脅威に対抗する為に現存の国家を解体、そして一つの統一政府として併合した。全人類が団結を望むほどの外なる脅威というのは実に興味深い話ではあるが、今はどうでもいい。重要なのはこの外なる戦いが終わったも統一政府が存続し続けたと言う点だ。もちろん、この選択は正しい。戦いの後の荒廃した大地において、人類が分裂してしまうことは避けるべきだ。

 「最新鋭実験戦闘機一機を独断で持ち出し、戦果は奪取された戦艦のブースターを中破させただけ。」

 だが人類は完全なる民主主義の元、世界全てを完璧に管理するほど頭の良い生命体ではなかった。当時の議員は世界の支配者たる権益を手放す事を恐れ、ある法律を定めた。統一政府の議員選挙の際、立候補者には選挙援助金として500万ドルを融資する。また、選挙後において100年以内に融資金の5割を返却する事。

 「確かに、書面上ではそうでしょう。ですが考えてみてください。あの戦艦には修理が必要です。」

 一見良心的で合理的な法律ではあるが、この悪法こそ全ての元凶だ。今でこそこのドルという単位は世界内戦による壊滅的な影響で消えてしまったが、この500万ドルと言う選挙援助金は少なすぎたということだけは記録として残っている。

 少なすぎたのだ。世界と言う広大なフィールドでの広報活動には500万ドルでは足りなかった。

 「だからなんだと言うのだね?」

 よって、統一政府の議会は巨大な後ろ盾を持った者でしかなれなくなってしまった。その強大な後ろ盾を持つ者こそが当時の議員である。その結果、実質的な議会は世襲制に陥ってしまった。

 「はい。この事実こそが必要なのです。利口な皆様はもう分かってらっしゃると思いますが、あのサイズの戦艦が修理できる都市はベルドクロフト、ドルクベルスタイン、アラムーラ、この3都市しかありません。」

 このような腐った現状はいずれ変えなくてはならないが、今ではない。彼らは腐ってはいたが、360人委員会として充分な仕事をしている。しかし、それではいけないのだ。

 「だからなんだ!!非正規の修理は商会でも貢物をすればできる!」

 今、我々が果たすべきは彼らの掲げる現状維持の着実な進歩ではない。

 「いえ、重要なのはそこではないのです。我々は彼らを利用し、艦隊を集められる口実を得ました。それこそが私の戦果なのです。」

 流血をもってして過去の罪を清算するのだ。

 「軍の被疑者の乗る艦をアラムーラに集結させましょう。八咫の鏡で文字通り消し去るのです。方舟を出港を完璧にこなす為に、疑わしき全てを罰する。これが我々の当面の目標であるはずです。どうか皆様の賢明なる判断を期待します。」

 全ての犠牲の上に人類は永遠に存続する。たとえ、どんな代償を払おうとも。

 私はそれを成さなくてはならない。私の生命と多くの全てを焼き払うのだ。


 「どう言うつもりなんですか!エリク!!」

 直径3km、高さ15kmの巨大な円筒状建造物。通称バベルタワー。その499階に地平統一政府最高会議場があり、現在私は367階の第105商業エリアに居る。塔の防壁の窓から見える空はいつも青色の稲妻が鳴いている。

 「パルテ、そんなにジャムパンを食べたいのかい?」

 パルテ・フェルディナント。透き通ったエメラルドクリーンの瞳を持った女性。彼女はモルゲン壊滅事件の生き残りだ。私は事件における政府の表面上の正当性を確立する為に役立つと思い彼女を保護した。だが結局、私はそれ以上の利用価値があると考え、当初の目的は実施しないことにしたのである。

 「何を言ってるんですか!!冗談で誤魔化せるものではありません!!あなたはアラムーラ数万の民を殺そうと!そう提案したんですよ!!」

 私は幸運だった。彼女は非常に知的な女性であった。だからこそ私は彼女を秘書に抜擢した。

 「分かっていたはずです!議会の議員たちがあなたの提案を簡単に承認してしまうことはあなたも分かっていたはず!!」

 それに彼女はノアに対する最大カウンターになり得る。

 「だからこそさ。まさか方舟計画の全容は忘れたわけではないだろう?私たちの甘さでその計画が失敗してしまえば全てが終わる。ここまでの犠牲も、これからの犠牲も、全てが水の泡だ。」

 「ですが...数万の...」

 「もういい。パルテ。君の言いたいことは分かってる。私の背負う十字架は重い。」

 「なら!」

 「僕は必ずイスカリオテの結論を果たさなくてはならないんだ。...なぁ、パルテ、僕が十字架を背負うことを受け入れてくれないか?」

 私は右手を彼女の頬にやりながらそう言った。

 「...わかりました。あなたが言うのなら...でも、今日のことは決して忘れることはないでしょう。」

 右手を彼女の頭の後ろに、左手で彼女の腰を支えて彼女を抱き締める。

 「あぁ、それで良い。成し遂げなければならないんだ。」

 この行き詰まりを破壊しなくてはならない。そうでなければ人類という種は壊死する

 「今日だけは...アルと、そう呼んでいただけますか?」

 「わかったよ、アル。今日はコメディでもみないか?その後は...少し2人で暖かくしてゆっくりしよう。」

 「はい。ずっと仕事では疲れてしまうますしね。」

 彼女の笑顔は輝くような気品さと儚い雰囲気を兼ね備えていた。いつか、私にそれが理解できる日が来るのなら...


 ライデン。俺はその名前が嫌いだ。

 多分、昔のことだと思う。俺の身体には生まれつき黒色の稲妻が走ったような痣がある。この稲妻は、俺が生まれるべきでなかった事を意味していた。身体のコードが破壊されている証。名前もそうだ。この稲妻に準えて俺はライデンとそう名付けられた。

 SQL症候群。最初は魔法の劣化から始まり、最期には脳のコードが侵され、生きたまま腐れ死ぬ不治の病。幼いながら、定められた確実な死の運命を受け入れるしかなかった。

 家族は俺の病気を疎ましく思い、城の奥深く、地下牢を改装した部屋に俺を監禁した。人と会うのは1日3回。防護服を着た使用人が食事を持ってくる時だけ。無理もない、当時、SQL症候群は感染すると考えられていた。俺にとっての暗黒の時期。一生陽の光を見ることはできないだろう。そう、考えていた。

 ある日地下牢が激しく揺れた。俺は地震でもあったんだろうと思ったが、それは違った。何せ部屋の中の温度が一気に40℃まで上昇したからだ。俺はただことでは無いと思い、地下牢の扉を数時間かけて破壊し、外に抜け出した。しばらく階段を登ると強い光が見えた。おかしい。地下牢の上には城があるはずだ。そう、城と地面が溶けるように消えている。縛るものは全て溶けて無くなったのだ。俺は確信した。この世界は広いのだと。俺は生きていて良いのだと。俺をそんな気持ちにさせてくれた物...それは眩いばかりの月の光だった。

 俺はその時、心の底から初めて笑った。

 「お兄ちゃん?お兄ちゃんなの?」

 俺の5歳離れた妹だ。もっとも、血は繋がっていても2、3回しか会ったことはないし、言葉を交わしたことなんて一回もない。

 「フォーデ?」

 使用人から聞いた話だが、彼女はよく地下に1人で冒険に出ていたらしい。冒険の日が偶然今日に重なり彼女は助かったのだ。にしても、彼女はなぜ全く会う事はなかったのに俺のことをすぐに兄だと判断できたのだろうか。答えは直ぐに出た。頬を走る黒い稲妻だ。

 「お城無くなっちゃったの。お父さんとお母さんはどこ?みんないなくなっちゃって...私...」

 「全部無くなった。病気が移る、どっか行ってくれ。」

 「だって!みんなみんなどこ行っちゃったかわからないの!!」

 彼女は泣き喚いた。静寂な地下牢では一度も聞いたことのない音量だった。

 「...見ていてくれ。」

 息を少し吸って集中する。俺は昔から魔法の細かな操作が得意だった。なぜなら地下牢ですることがそれくらいしか無かったからだ。

 「コードD...」

 子供に独りで魔法の練習をさせるのは非常に危険である。だが、母や父からすれば俺が魔法の事故で死のうともどうでも良かった。

 「ボルト...」

 右手の掌から雷が産まれる。それと同時に全身の痣が赤く光り、ヒリヒリとした痛みが痣から伝わる。

 「すごい!馬さんだ!!」

 「次はこれだ。あんまり近寄るなよ。」

 目を閉じて両手を合わせて、絵本で見た舞踏会を思い出す。赤いドレスとしなやかな踊り、夜の匂いと雪の帷。

 「できた!」

 花のように開いた両手の上でドレスを着た女性が踊っている。雪の帷がヒラヒラと揺れ、雷の星が幻想的だ。

 その日初めて、俺は誰かのために魔法を使った。


 「ライデン、泣き上戸だな。」

 砂漠の熱風に対抗するようにひんやりとした酒瓶を頬に当てる。ネフェリムは、バルケア渓谷のバルファという街に向かっていた。

 「まぁな。かなり昔のことを思い出した気がする。多分、おばさんのせいだろうな...」

 「そうか...痣、痛むか?」

 稲妻は俺の身体を刻み続ける。

 「あぁ、少し痒いくらいかな。あのドックのせいだと思う。数日は引かないな。」

 「...後方に配置してもらうようにノア隊長に頼んでやるよ。だから...」

 「それは良い。別に、今更身体に気を使うつもりはねぇよ。」

 天に向かって右手を挙げる。それと同時に全身の痣が赤色に変わる。

 「見てろよ。」

 全身が焼ける痛みを堪える。

 「ライデン!こんなところで魔法を使う必要はない!!辞めるんだ!!」

 そんな焦った顔、彼にしてほしくないな。本来いないはずの俺自身のことなんてどうでもいい。だけど俺のこの愚鈍でくだらない願いに君達を巻き込みたくはない。それは傲慢な考えだろうか。

 「ボルト!!」

 雷で構築された数本の巨大な嵐が砂漠の砂を巻き上げていき、その嵐は形を柔軟に変えた。赤いドレス。確か振り付けはこうだったはず。

 「砂の踊り子?待て、ライデンそんな大きな魔法を使ったら...!!」

 砂漠で砂の舞踏会が開催された。だがその舞踏会は数十秒で閉会する。なぜなら砂の女が崩れ去ったからだ。

 「はぁ...はぁ...っと、な?何一つ心配はない。だろ?」

 稲妻は荊のように身体の内側を蝕み、2度と抜けることはなく身体を痛めつけ続ける。

 「ライデン...そうなんだな...なぁ...後、何年持つ?」

 「わからん。おばさんのとこに行って聞くしかない。」

 「そうか...」

 「ね、なんで2人ともしんみりしているの?すごく美しい踊りだったのに。」

 「ベル?なぜ君がここに?暑いからって部屋に篭っていたはずだけど。」

 「あら、いちゃ悪いかしら。部屋は暇なの。」

 「ははっ。ベネットちゃん、暇なら今夜俺と遊ばないか?」

 「ライデン、君のそういうところが...」

 「ふふっ。お言葉嬉しいけど、パターンはつまらないわ。どうせならさっきみたいなコンサートを見せて下さる?きっと月と星が合わさったらとっても美しいものになると思うの。」

 「お安いご用さ、お姫様。」

 多分、彼女は俺の感情を理解してくれているのだろう。だからこそこのような和やかな雰囲気にすることができた。確かにティーツもいいやつではあるが、あいつは真っ直ぐすぎる。

 「あぁ、それと。そもそも街に着くから2人とも準備しておいてね。じゃ、私はここで。」

 彼女は去り際に手を小さく振り艦の中に入っていく。まるで微風のような女性だなと思った。

 「いい女じゃねぇか。身体つきも品があって良い。あんな女に好かれるなんて良い身分だなお前。」

 「違うんだライデン。僕は支えきれなかったんだ。」

 「ふーん。ならカガセは?あいつも面白いやつだと思うが?」

 「あいつも違うな。あいつはこう...妹みたいな...」

 「妹か。それなら...いや、いい。そろそろ支度しようぜ。」

 「そうだな、艦に戻ろう。」


  艦はバルケア渓谷に入り、バルファの近辺に着陸した。

 「艦のお守りは俺とバーデス、ガキでいいな。ドルブ、ライデン、クソガキの3人で街に降りてフローゲルを連れてこい。あいつを連れてきた後お守りを交代して食料品を俺たちで買ってくる。良いな?」

 僕とライデン、ドルブの3人で艦を出てバルファに向かう。バルケア渓谷は他の渓谷とは違う。なんてたって渓谷というより、地形のヒビと表現できるほど巨大なのである。幅1.3km、平均の深さ2,4km、長さ487kmである。そして1番の特徴が渓谷の幅がほとんど変わらないというところだ。そして美しい溶解水晶がよく取れるということでも有名だ。

 「あ、車が...」

 車が止まってしまった。燃料計は7割も残っている。おそらく魔法石の魔力、SQPが無くなったのだろう。僕たちは車を降り、魔法石を確認した。

 「やっぱ切れちまってますね。魔力を入れないと。」

 「ティーツ、最新機種の弊害が出たな。」

 最近の車はスパークプラグの代わりに魔法石を使っている。なぜならスパークプラグと違い、魔法石の方が寿命が圧倒的に長いからだ。また近年低級魔法石を簡単に量産できる技術が確立したため、スパークプラグよりも魔法石を使う方が安上がりになった事も起因している。

 「仕方ないだろ。運転してみたかったんだから。」

 そしてこの魔法石自体原理は簡単で、魔法石に火を起こすコードを刻んでおくだけである。そうすれば魔法石がSQPが尽きるまで反復的に魔法を発動し続ける。

 「ドルブ、魔力入れるとなると何分くらいかかりそうだ?」

 ちなみにこのような魔法石を使った機構はネフェリムにも搭載されている。それこそが魔法炉である。魔法炉は上級魔法石で大きな熱を起こして水を沸騰させてタービンを回して発電するという機構だ。

 「うーん、20分くらいかかりそうすね。俺が入れときますよ。」 

 僕のSQP量は低いし、ライデンに必要ないところで魔法を使わせるわけにはいかない。よってここはドルブが最適である。

 「お、みろよティーツ。溶解水晶じゃねぇのかこれ。」

 白色の美しい石。ガラスのように透き通っている。本来このような水晶が天然で取れる訳が無いのだが、なぜかここでは取れる。不可解な地質だ。

 「採掘屋が落としていったのか?加工したら売れそうだな...うむ、銀貨14いや、15枚か?統一通貨なら100ライスくらいなのか?」

 「勉強してみようかね。宝石の加工とかできたらモテんじゃねぇのか?」

 「綺麗に作れればな...僕には分からないけど。」

 それにしてもなぜ溶解水晶が取れるのだろうか。

 「溶けたみたいな崖だな。マグマが流れたのか?いや違うな。」

 明らかに溶け方が異質だ。まるでこれは真上から熱い何かが差し込まれたような。

 「それに幅が同じなんて自然じゃ無いし...」

 そしてあまりにも深すぎる。本当に裂け目のようであった。

 「眩しっ...もう12時か。」

 しばらく渓谷を歩いていると太陽が真上に見えた。陰で見えなかった壁に光が当たる。壁はナイフで綺麗に切り取られた断面のようになっていた。岩に感じるようなざらついた感じはない。大理石の近い滑るような触感だった。

 「昔はこれより深かったのか?」

 上から風に吹かれた砂が落ちてくるのが見えた。これ以上深く...いや、そもそもこんな大きな規模の渓谷ができること自体、不自然ではあるが...逆にこの渓谷がもし自然にできた物だとすればこの深さ、そして長さ、平均の幅が変わらないこと、溶けたような崖にも説明がつく。だが2つだけ不可解な事象が産まれてしまう。人工でこのような大渓谷を作ることにそもそもの意味がないし、そもそも古代の技術を使ったとしても、人工的に作れる訳が無いのだ。

 「ティーツ!終わったってよ!」

 ライデンが大声を出して僕を呼び戻した。

 「ん、あぁ今行くよ。」

 渓谷に時間を取られたくはなかったので僕は走って車の方へ戻る。

 車は3人を乗せて街の方へ向かっていく。車内は落ちてきた砂が入ってしまっていて少し不愉快だった。

 




 

 


 


 



 


 

 

 

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