ベネット・アースの宇宙概論

@aoooooringo

第1話

老人は産声を上げることを拒み、自らの毒によって死産したのである。

ラスト・ホモサピエンス


世界は巨大な球であり、空の先には宇宙が存在する。

宇宙概論 ベッキー・アース



1. playback


 彼方からの風に赤色の短髪が揺れている。この風の故郷は砂漠なのか、それともその先の遺跡群からなのか。

 「コードA。オブジェクト1。」

 私の指先から炎が生まれる。少し熱いが、氷点下を下回るこの時において最適なのかもしれない。

 「ベル?どうしたの?」

 そう言いながら青年は私の方に振り向いた。ベネット・ルナ、彼はそれを私を略してベルと呼ぶ。別にどうとも思わないが、果たして略くす必要があるのか?

 「ティーツ。そろそろ寝ないと。隊長が明後日には移動するってさ。」

 「ごめん。でもほら星が綺麗だよ。それにあれも、オーロラ。」

 彼が言うように何もない大砂漠の空はとても美しかった。彼がこんな寒い中こんな時間に空を見ている理由がわかる気がする。

 「だからって...」

 「いつも思うんだ。空飛ぶ船、つまりこの世界には大質量物体を浮かせる技術もあるのに、なんで星を目指さないのかって。」

 「そんなこと言ってると魔女にされちゃうよ。」

 「別にいいよ。魔女って言われたからって今の生活が変わる訳でもないさ。」

 「そう...そうだね。」

 「いつかあの空に行けたなら、どんなに美しいのだろうか」

 それは彼のいつもの口癖であった。

 風は岩肌を吹き抜けて、さらに向こうの海まで向かって行く。その行方は誰も知らない。



 「起きて、ベル」

 腕時計時計は8時を指している。もう起きている頃だろうとベルのテントに入っては見たが、未だ寝ていた。なので僕はいつものようにマッチを取り出し火をつけた。

 「ハローワールド。」

 僕はベルのような天賦の才を持ち合わせている訳ではないし、魔法という面では普通の人と比べて大きく劣っていた。僕には彼女のようにコーディングによって現象をそのまま出力することは出来ない。

 「コードヴォイド。トークン1。」

 その呪文を唱えて火のついたマッチ棒を指先に近づけた。

 「うわぁ!!もう!またそれ?」

 ボン!っと大きな音が鳴るのと同時にベルは長い銀髪を揺らしながら勢いよく目覚めた。

 「町の方行くよ。早く準備して。」

 僕は戸棚に掛けてあった護身用のピストルをホルダーに収めた。この辺りは政府機能が満足に行き渡っておらず、チンピラや僕達のような逃亡者が多い。

 「わかったから。うん。わかった。」

 嫌味そうに彼女はそう言った。

 「コードE、構造体出力。はい、ほら。足りなくなったり時間経過で消えたらまた作るから。」

 その後に彼女はそう呟き8発の銃弾を精製した。

 「ん、ありがとう。じゃ先に外で準備してくるね。」

 僕はテントを出た。岩陰に建てていたはずなのに凄い暑さを感じる。夜は氷点下を下回るほど寒かったのに朝は40℃を上回っていた。おそらく昼になれば気温は50℃に達するだろう。

 そんなことを考えながら僕はバイクのエンジンを入れた。

 「ごめん。準備終わったよ。」

 彼女がテントから出てきた。そのまま僕はバイクに跨り、その後ろに彼女は乗った。腕時計は9時を指している。予定通りに行けば14時には町についてそこで買い物をして19時には宿につける筈だ。

 彼女がゴーグルをつけたことを確認してからバイクを走らせた。空は雲ひとつない快晴であるが、太陽の光が鋭く砂漠に突き刺さる。まるで地面が燃やされているようだった。

 「ねぇ、ティーツ。暇。」

 「ラジオつけるよ。」

 今はニュースが放送されているだろうと思い、周波数を統一政府の公営放送に合わせた。擦れるような音が聞こえると同時に音声が流れ始める。

 「...地上の...SQL汚染度が...年以内に0.12から0.16に上昇する見込みとなります。それに伴い地下都市拡張費用として統一政府は地下居住税の値上げを決定しました。また加えて隕石被害により壊滅した地下都市ニューニューゴーテルA6区を破棄することも発表し...」

 このラジオはいつもガサガサとノイズが走る。そろそろ買い変え時だろうか?

 「ティーツ、地下都市ってどんなかな。いつか住んでみたいね。」

 確かに彼女の言うように僕も地下都市に住んでみたいとは考えたこともある。快適な気温と清潔な都市、そして汚染されていない空気。この3つは非常に魅力的であるし、地上の平均寿命が30〜40年に対して地下都市の平均寿命は60~80年である。そして何よりシヤウ現象がない。しかしいかんせん地下居住税が高すぎて、地下都市に住んでいる人間は地上に住む人間の30分の1以下に過ぎないのが現実だ。

 「...そんなところには住めないよ。それに空が見えないのは嫌だ。」

 最も、政府から追われている身である以上地下都市に住むことなど出来ないのである。

 「そ...なんか最近のニュースは面白くないね。音楽かけてよ。」

 ラジオの周波数をミュージック24という放送局に合わせた。このミージュック24、なんと驚くべきことに世界のどの地域からでも聴取可能である。統一政府ですら成せなかったそれをアンサング=マクシミリアム財団は成したのだ。

 「この曲好き。明るいのになんだか寂しくて。」

 そんな調子でバイクを四時間半は走らせた。しばらくすると巨大な戦艦の残骸がみえた。あの残骸の中とその周辺にあるのが目的地、ダンケグリーデだ。ここは造船業を基軸として発展した街である。勿論、造船といっても海上船ではなく航空船が主要となっている。だがこれらの技術は現生の人類が生み出したものではなく、あくまで遺物としての技術であり、言うなれば時代の掘り出し物か空の破片に過ぎない。

 「止まれ。ここからはダンケグリーデ領だ。」

 散弾銃を持ち甲冑を着た数人の衛兵に話しかけられた。おそらく検問だろう。

 「私達は旅の物ですわ。そうだ。労いの礼として受け取って頂けます?」

 ベルはそう言いながらベルは1人の衛兵に握り拳くらいの袋を握らせた。

 「そうか、ダンケグリーデへようこそ。」

 数人の衛兵が道を開けた。

 「ベル。あの袋銀貨何枚入ってた?だいぶぱんぱんに見えたけど。」

 「ゲルツ銀貨50枚。」

 その銀貨の量は生存税およそ7ヶ月分だった。衛兵が職務を放棄して道を開けるのも頷ける。

 「あ、勿論精製した物だよ?精巧に作ったから普通のお店でやるような検査では見抜けないし、3日は消えないように作ったから多分大丈夫だと思う。」

 つくづく彼女の魔法の精密性には驚かされる。

 「うん。それなら大丈夫だね。」

 しばらくして街の中に入る。街の中は人が多く非常に活気付いていた。

 「ベル。待ち合わせの時間に近い。少し急ごう。」

 彼女は隣で小さく頷いた。僕たちは大通りを抜けて街の最西端に向かった。

 20分くらい歩いたところだろうか。街の活気は嘘のように消えて薄暗く物寂しい雰囲気と変わり果てた。

 「本当にここ?本当にここなの?ティーツ。ここでいいの?」

 寂れた街の一角にあった木造レストランを見て彼女はそう言った。正直自分も彼女と同じようにそう思うが、隊長から渡された地図を見たところここで間違いなかった。

 「ここみたいだね。入ろうか。」

 中には檜皮色のボロボロマントを着た隻眼の大男と、オーナーと思われる老人がいた。僕たちが入ってすぐにその大男は左手を挙げた。

 「座ろう、ベル。」

 店の一番奥の席に座った。しばらくすると大男がこちらに向かってきて席に座った。

 「隊長さん。久しぶりね。」

 ベルは大男の威圧感に物怖じせず笑いながらそう言った。僕の彼女に続いて似たようなセリフを隊長に言った。

 「生きてたかクソガキ共。」

 「ノア隊長、相変わらず口が汚いな。それにそのセリフはこっちのセリフでもある。よくもまぁそんな身体で。」

 彼の声はガラガラで髭は伸び、顔も以前より老けていた。とても一年の変化とは思えない。

 「言われちまったか。早速だがティーツ、これに目を通しとけ。」

 僕はノア隊長から封筒を貰った。それをその場で開け、中に入った紙を広げて目を落とした。

 「私にも見せてよ。」

 その紙に書いてあったのはこの街で製造される新造戦艦のスペックだった。

 「お前にゃわかんねぇだろ。」

 性能という面だけ見れば従来の戦艦から1.2倍ほどの数値ではある。基本設計や理念が変わっていないのを見るに、おそらく装甲の軽量化に関する新技術を見つけたのだろう。

 「凄いな。新技術でも掘り出したのか?」

 多くの新技術は開発する物ではなく、発見する物だ。我々の技術ツリーは過去の人達の痕跡を辿っているに過ぎない。

 「いや、これは最近落ちてきた物らしい。」

 そしてそれら発見された物の出自は大抵、地下深くか星の世界である。

 「そうか。で、それを盗むんだろ?」

 旧い人々の文明が開発文明だとするのなら、僕らの文明はその死骸を啄むハゲワシの文明ともいえよう。

 「そうだ。察しが早くて助かるぜ。明日の13時にドックに侵入、これを盗んでとんずらだ。」

 偉大なる先達の墓暴き、なればこそ天罰が下るも是非ない。

 「隊長さんも大胆ね。真昼間から警備の堅いドックに侵入するなんて、死人が出ると思うけど?」

 「わかっている。けどよ新造戦艦のドックなんだぜ?夜中に行こうと変わらん。どうせならいいフライトができる時間がいいんじゃないかなってこの時間にしたんだ。」

 「それに俺らは死んでも文句言えない立場なことくらい、全員分かってるはずだ。」

 その言葉が僕らに重くのしかかる。

 「そう。そんなことだと思った。」

 「ノア隊長。話は理解したがこれに僕を連れていく意味はなんだ?戦闘して盗んでとんずらするだけなら僕は要らないはずだ。何かあるんだろ?」

 ベルやノア隊長、旅団のみんなとは違い僕に戦闘のセンス皆無だ。そんな僕をこの作戦に参加されるということは何かがあるのだろう。そう僕は直感的に感じた。

 「その通りだ。この戦艦、ネフェリムというらしいがそいつはまだシステム関連の最終調整がされてない。そこでお前の出番だ。お前には10分以内に最終調整をしてもらう。やれるな?」

 「...無茶苦茶だな。やってやるさ。それでSQL汚染度はどれくらいになる?」

 このSQL汚染度が僕らにとって最大の障壁だった。

 「あのドックの広さであれば平時が0.5くらいだな。小規模な戦闘で済めば2、大規模な戦闘になれば3.5くらいになるだろう。」

 「あまり長居はしたくない濃度だ。5分以内に終わらせる。」

 「頼んだぜ。クソガキ。」

 その後、軽い昼食を済ましてから店を出た。そして宿を取り床につくことにした。

 ベルは気持ち良さそうに寝ている。気掛かりなど無いのだろう。


 「行けるか。」

 ダンケグリーデに眩い日差しが降る日だった。ノア旅団、ノア傭兵団呼び名は様々だが、結局は犯罪者である事に変わり無い。またその性質が思想犯や特定の信条を掲げる集団では無いため、動きが読み辛い。だからこそ僕らは統一政府にとって最悪の犯罪者集団なのだ。

 そして、罪人達が再び集結した。 

 「大丈夫。ティーツは私が守るし、隊長さんだっているから。」

 ダンケグリーデ、その中心には巨大な船の残骸がある。およそ1000mの大きさだ。しかしこの船、面白いことに徹底的に武力を排除されているように見えて、その実設計的に武力転換しやすいようになっている。またその証拠に馬鹿みたいに装甲が厚い。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。今重要なのはこの残骸の後部甲板が造船所として運用されているという点だ。

 「ありがとう。それは僕が言いたかったけどね。」

 僕はピストルに弾を込めた。これはベルの作った弾ではなく、実弾だ。

 魔法とは物体の再現であり、その行為がコード、そしてそれを行使することがコーディングとなる。この辺の定義は曖昧であり、人々の怠慢で意味を同一視される事が多いが、としてもそこに絶対的な唯一のルールがある。魔法は虚像であり、決してその域を出ない。

 よって、魔法で精製された物体は通常の物体と比べて質量が小さいのだ。僕はこれを利用する。

 「始めるぜ。」

 今僕らはこの戦艦の後部甲板の下、喫水線丁度の位置にある造船所エントランス前にいる。

 ノア隊長がそういうと同時に造船所の全員でエントランスに向けて発砲した。今の発砲でエントランスにいた警備員10人のうち6人を殺害。3人に傷を負わせた。

 「クソ!ハローワールド!コードB、オブジェクト1!」

 無傷の警備員がそう言いながら全身を水で濡らして突っ込んできた。

 「コードE、構造体出力!」

 魔法は現象の再現だが、その再現が現実的現象からかけ離れる程、その再現難易度は高くなる。よって、ほとんどの人々は魔法によって直接大炎を生み出す事はできない。だからまずガスを産み出し、そして小さな炎を起こして引火させるのだ。

 「ベル。」

 その魔法の順番からするにやつは自爆する気だと一瞬でわかった。水素とセシウムを反応させて自分の身体ごと周囲を巻き込もうとしているのだろう。

 「分かってる!」

 ベルが銃を奴に向かって乱射するが、それは適切な対応ではない。言うなれば魔法とは身体拡張の機能である。しかし、幸か不幸かベルはその才能故、魔法を自らの四肢として解釈してしまっている。

 「バカが、コードEムーブ。」

 操舵手をやっていたバーデスがそう言った。それと同時に警備員の体は奥の壁に叩きつけられながら爆発した。

 「ベネット嬢、たまには弱者を慮るべきだ。」

 いつもの説教が始まった。正直僕は彼の言うことはもっともだと思う。ジャイアントキリング、その言葉、可能性がそこにある限りベルのような強者とて弱者から学ぶ事があるはずだ。それに何よりそうでなければ、僕は救われない。

 「魔法は現象であり法則だ。占いのようなスピリチュアル的なものではない。だからこそ規則性がある。またそう言うんでしょ?バーデス。」

 「躾のなってない奴め。」

 「あ、あれ。」

 彼女は蝶を見つけた子供のように寝転がった男性に興味を惹かれた。

 「話を聞かんか!」

 バーデスが声を荒らげてそう言った。でも彼女には届かなかったのだ。

 「ベル、撃たないで。僕たちの目標は戦艦。殺す必要はない。」

 ベルは、いや、この世界の多くの人々は他の人間を躊躇なく殺せる。僕にはそれができない。統一政府の威光は世界の半分しか照らせない。つまり世界の半分では法律が機能しないのだ。であるのなら、正しいのは僕ではなくベルだろう。

 「でも、ここで殺しておいた方がいい。いつも言ってるでしょ?そう決めたから。」

 彼女の言葉に僕は黙るしか無かった。

 「それはそうかも知れないが...」

 目には目を。それに従い世界が盲目になろうとも、死ぬよりかはマシなのだ。

 「へへっ、俺はクソガキの言う通りだと思うぜ。今更何人敵が増えたってかわんねぇよ。」

 「隊長さんが言うなら仕方ないね。」

 ベルは銃を引いた。次にノア隊長がその寝転がっている警備員に銃口を向けた。

 「契約外の労働はする必要はないだろう?その分の給料をお前は貰っていないはずだぜ?」

 そう言いながら威圧的な大男が銃の引き金引く。弾は警備員の頬を横を擦れた。頬の横から血が流れているのがはっきりと見えた。

 「いいか、お前はそのまま帰ればいい。それ以上のことをする必要はない。金と時間の無駄だ。

 彼は理性的だ。だからこそ恐怖を煽る事ができる。

 「喋ってないで進むぞ!ノア隊長!」

 砲手のライデンがそう叫んだ。

 「分かってるぜ。行こう。」

 僕達は奥の扉を開いて階段で上の階に上がることにした。ドックは後部甲板の下部にある。そう、戦艦の中にドックがあるのだ。それほどまでにこの戦艦は巨大だった。

 「だいぶ奥まで来たな。ドルブ、SQL濃度を計測しろ。」

 ノア隊長はそう言ったが、地図を見たところまだ4分の1も進んでいなかった。

 「了解艦長。SQL濃度2.87です。予想より高い。」

 その濃度は1時間いれば動けなくなるレベルだった。

 「そうか。作戦時間を切り上げる。今から20分以内に終わらせるぞ。いいな?クソガキ。」

 ノア隊長は僕のやる作業が一番大変なことを理解していた。

 「分かってる。やってやるから先を急ごう!」

 「話が早くていいじゃねぇか。進むぞ、最短ルートで行く!」

 いつもこうだ。行き当たりばったりなやり方を力で押し通す。いずれ無理が来なければいいけど。

 「来たぞ!撃て!!」

 一本道で機銃掃射を食らった。非常に合理的な手段であると言える。

 「コードE構造体出力。」

 機関士のドルブがそう言い分厚い壁を作り出した。とても銃弾では貫通できず、ロケットランチャーでも撃たれない限りは安全な厚さである。

 「これを蹴飛ばす!俺の合図で全員突撃してください!」

 全員が頷き、次に

 「ハローワールド。」

 ドルブがそう宣言した。SQL濃度計測針は3.77を指している。

 「コードG。部位指定、拡張開始!」

 「3、2、1、GO!!」

 分厚い壁は勢いよく飛んでいき、奥の部屋まで届いた。その壁について行くように一気に置く部屋に駆け込んだ。

 「うわ!」

 部屋の中にいる5人の警備員が次々と倒れて行く。

 「クリア!進むぞ。」

 部屋は数秒のうちに制圧された。

 「ライデン!そいつ生きてる!!」

 ベルがそう叫んだ。ベルはその警備員に向けて発砲する。


 「コードD、整列!」

 ベルの撃った銃弾が跳弾によって機動を変え、整備員の後ろの壁に当たる。SQLの整列によって壁を創り出す魔法。防御魔法と言えば聞こえはいいが、これで実弾を弾くだけの硬度を確保するのは至難の業である。しかし、魔法で精製された銃弾は別だ。精製物特有の見かけよりも軽い質量とSQL同士の干渉力によって辛うじて跳弾する事が可能だ。まぁ最も、実弾ではなく魔法の精製弾を使うなど、物好きか余程の貧乏人のどっちかである。

 「ティーツ!やって!」

 彼女の呼びかけに答え僕はピストルを抜いて警備員の脳天に向かって撃った。

 「舐めるな!コード!なっ」

 銃弾はそのまま閃光のように警備員の脳天を撃ち抜いた。

 このために僕は実弾を持ってきたのだ。

 「ナイスだ。助かるぜ。」

 「あぁ、ありがとう。ライデン。」

 部屋の窓からドックが見えた。その中には白い船体と巨大な翼を持った戦艦があった。

 「近いな。めんどくせぇこの窓からいくぞ。」

 ノア隊長はそう言いながら窓をかち割った。乱暴だが、侵入から10分が経っていた。そのことを考えたら適切な判断と言えよう。

 1人ずつその窓から突入していった。最後尾はもちろん僕となる。

 「俺が右を担当する、ガキ、お前は左。残り3人はティーツを艦内に上らせろ。」

 「了解。いくぞ、ティーツ。お前にかかっておる。」 

 僕は3人と艦内に入った。外ではノア隊長とベルが暴れている。おそらく任せておいて大丈夫だろう。

 「じゃあ自分は機関室に向かいますんで!あとはよろしくお願いします!」

 機関士のドルブと逸れ、僕達は急いで階段を駆け上がりブリッジへ向かった。

 「ここだ、最終調整を始める。席に座っててくれ。」

 僕は3人にそう言った。そしてブリッジの中央にあったコントロールパネルにノートパソコンを接続した。

 「ティーツ君、俺たちに手伝えることはないのか?」

 バーデスが心配そうにそう言った。

 「ない。速く操舵手の席についてくれ。5分、いや3分で終わらせる。」

 これは僕にしかできない作業だった。

 「はははっ!いうじゃないか、ティーツ。」

 今度はライデンが得意そうに言う。多分彼はこの場面において自分が何もできないことを理解していたのだろう。

 僕は全神経を研ぎ澄まし、コードを体に巡らせる。

 「ハローワールド。」

 震える指先を一旦静止させ、動かす。まるで鍵盤を叩くように。

 「コードβ。構造分析、定義、仮定、想定。」

 β系列魔法、それが僕に唯一許された魔法であった。

 「接続、量子演算、開始。」

 魔法によって編まれる虚構電子の仮想コンピュータ。それを脳に直接接続する。普通、このような魔法を使えば人間の脳に存在するコードが犯されるよって、自分と外界が曖昧になり自己の損失を招く。だが、僕だけは何故か違ったようだ。

 画面に映るものを全て読み込み、処理する。

 「レーダーシステム構築、第一魔法炉チェック、第二魔法炉チェック、エネルギー供給システム確認、ローゼングレイス、ウェルトシュティルナー、バルグランド、シュベルツアイン、ツバイ、トライ、各メイン兵装制御システム構築。」

 大男と少女が戦艦に入り、ブリッジに向かって走っていった。

 「おい、どうなってる。」

 「エネルギー供給テスト、完了。姿勢制御システム構築、スラスターシステム構築。」

 「レーダーに感あり!タルダイダー級3隻!」

 僕が作業を終えるまでオペレーター席に座っていたバーデスがそう言う。

 「まずいぜこれは。ドックをそのまま撃たれたらおわりだな。ティーツあと何分いる?」

 「あと1分欲しい!」

 「ウェルトシュティルナー使えるか?」

 「うん、多分。」

 「ウェルトシュティルナー1番134度、2番32度撃てッ!!」

 ノア隊長はもともと軍の戦艦で艦長をやっていたので、こう言うことには慣れていた。

 「了解!」

 ライデンが今日1番の元気でそう言った。次の瞬間、轟音とともに赤色の光がドックの壁を溶かして外の敵艦に当たった。

 「左のタルダイダー級撃沈、右のタルダイダー級中破。どっちも浮力は失ったが...やれなかったのが残念だな。」

 左の敵艦は赤い光で正面からくり抜かれ空中で爆発四散し、右の敵艦は浮力を失い下の街に沈んでいく。

 「初撃を誤ったな。勘が冴えてないんじゃないか?ライデン。」

 「申し訳ねぇな。久々でね。」

 「まぁ、いい。ティーツ、飛べるか?」

 「あと20秒!」

 「機関士、準備はいいな?」

 「勿論です!艦長!いつでもいけます!」

 「タルダイダー級!撃ち返してくる!」

 さすがのバーデスも焦りながらそう言った。当たり前だ。防御システムが構築されてない今、敵のウェルトシュティルナーに当たれば1発轟沈である。

 「後部3番、4番ウェルトシュティルナー、用意!反動制御を切れ!」

 「そう言うことね!隊長!ウェルトシュティルナー撃ちます!」

 後部のウェルトシュティルナーが発射され、ドックは炎に包まれた。戦艦ネフェリムはその反動で勢いよく外に飛び出した。その後、タルダイダー級の砲撃によってドックは完全に破壊された。

 「骨が折れる!」

 久々だ、こんなに脳みそを酷使させたのは。

 「姿勢制御バーニア制御システム構築、メインブースター制御システム構築、飛べる!」

 「飛べ!」

 ノア隊長はそう叫んだそれと同時に轟音が鳴り響く。

 地面スレスレになってかりネフェリムはブースターを起動し、下にある街の建物を数件吹き飛ばしながら勢いよく空に飛んだ。だが、敵の目はそれをしっかりと見ていた。次の瞬間赤い光が矢の如くこちらに飛んでくる。

 「アサーション防御システム構築、アサーション起動!」

 ネフェリムは青色の光の球に包まれた。その光は赤色の光は球面を滑るように曲がっていく。コードDアサーションの本領、SQLを高密度で整列させることによって物理的な壁を創り出す。

 「ローゼングレイス用意!ウェルトシュティルナー1番、2番撃てッー!」

 「ローゼングレイス用意了解!ウェルトシュティルナー発射!」

 赤色の光が無傷のタルダイダー級を襲った。だがネフェリムのようにタルダイダー級も青色の球に包まれ、赤色の光を曲げた。

 「衝撃に備えろ!」

 今度はこっちが赤色の光を受ける番だった。だがその赤色の光もこちらの青色の球によって曲げられた。

 「ウェルトシュティルナー再度射撃!撃てッー!」

 また同じように赤色の光がタルダイダー級に向かい、青色の球によって曲げられた。そして再びこちらが受ける番となり、また同じように赤色の光が青色の球に曲げられた。

 「ノア隊長!次でアサーションは剥がれる!」

 「わかってる!そろそろいけるな。シュベルツアイン、ツヴァイ、ドライ発射!バーデス!左に48度回頭しろ!その後10秒間戦闘速度で前進!」

 「了解!」

 ネフェリムの左舷主翼下、右舷主翼下、後部甲板のミサイルハッチが開き無数のミサイルが発射される。そしてこれはさらに分裂し、空全体が爆炎の赤色に染まり、その後黒色に転じる。だがこれは対空防御の術であり、決定打にならない。

 「こちらのアサーションが減衰しているなら、敵も同じだ!次で決める!ローゼングレイス、撃てるな?」

 「いつでも撃てるぜ!」

 「この辺りだな、バーデス右に回頭しろ。敵艦を真正面に捉えるんだ。」

 「わかっておる。」

 煙が風に流され空が晴れて行く。ネフェリムは真正面に敵艦を捉えている。そして敵艦のウェルトシュティルナーの砲塔は20度くらいズレていた。理想的な配置である。

 「いけるな。ローゼングレイス!撃てッー!!」

 「ローゼングレイス!発射!」

 ネフェリムの艦底から一つの大きな砲身が現れた。これこそがネフェリム最大の火力である。

 ウェルトシュティルナーよりさらに赤く、そして太い光がタルダイダー級に向かう。タルダイダー級は青色の球に包まれたが、それを貫通して赤色の光はタルダイダー級を撃ち抜いた。

 「タルダイダー級撃沈。どうだ?久々だったがよかっただろう?俺の砲手勘。」

 かつて艦だったものは無数の灼熱の鉄屑となり街を焼いていく。

 「あぁ、最高だったぜ。はははっ。ん?」

 「あ、おいバカガキ!静かだと思ったら!」

 ベルは疲れて寝ていた。無理もない。久々にこんな戦闘をしたのだから。

 「まぁ、いい。素晴らしいファーストフライトになったな。」

 ノア隊長は雲一つない空に向かってそう言った。それを聞いて僕と寝ているベル以外は笑った。

 だけどその時、僕はやるせない思いを抱きながらタルダイダー級の落ちた街を眺めていたのだ。

 

 

 

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