第5話

一瞬の沈黙があった後、私はこの洞窟に何か不吉な予感を覚えていた。そして、その不吉さがかえって私の興味を引くのであった。

「でもまあ、知らない人が来ちゃったら中の住人たちは驚くかもしれません。あの人たちはきっと、ここにいることをあまり多くに知られたくはないでしょうから。私は別に、ああいう存在を否定も肯定もしませんし、どうなろうと構わないんですけどね」

女性は淡々と語った。何の話をしているのか明確には分かりかねたが、どうやら洞窟の中で暮らす者がいるのは確からしい。

それでは、と言って彼女は私が来た道と逆の方向へ帰っていった。私は会釈をして、彼女が道の角を曲がって見えなくなるのを待った。


また、一人になった。

正午の日の光が岩塊と私を物憂く照らしている。先ほどの女性は私がこの洞窟の中に入ることを否定はしなかった。というより、何か呆れたような感じで、私を見ていたように思われる。

少し不安を感じながらも、私は洞窟の中に足を一本踏み入れた。

中の住人の怒りを買うことがあれば急いで戻って逃げればいい。少し中を覗くだけ。そう自分に言い聞かせ、地面を確認し、入り口から日光の届く範囲まで中へ入った。

内部は涼しく、緩やかだが深みのある川がすぐ横を流れていた。水の流れる方向に沿って視線を移すと、少し遠くに光が確認できる。あれが出口だろう。

私はその光の差す方へ歩いていった。思いのほか足音が内部を反響したが、誰かがそれに反応するような様子はない。

黙々と歩き続けているうちに、さざなみの音が聞こえ出した。先程の女性がこの洞窟は海に通じていると言っていたのを思い出した。

あっけなく出口まで辿り着いた。洞窟を出て岩礁に降り立つと右手には海があり、左手にそり立つ岩壁は小さな砂浜を囲んでいた。


「アナタ、だれ?」

数メートル先から弱々しく見知らぬ声がした。

その方を見ると、砂浜の奥側に女が一人、脚を抱えるようにして座っていた。服はボロボロで、ほとんど半裸だった。肌の色や髪質、そして私に放った言葉の訛りから、異邦の者であることは間違いなかった。

彼女から警戒心や敵意は全く感じられず、かといって私を歓迎するような素振りも全く見せなかった。海の方へ向き直って、何も応えぬ私の存在をまるで居ないかのように佇んでいた。虚空を眺めるように。その様にはどこか深い諦観が感じられた。

「ゴハンを持ってきたんじゃないんだね」

私の目を見ることもなく女はそう言った。

「私はただ、通りすがりの者だが」

「そう……」

ゴハンとは何だろう。彼女は文字通りの乞食かしれない。だとしても、こんなところで物乞いが成立するとは思えないが。

暫しこの状況に対する思索を巡らしていると、さっき通って来た洞窟の内部からコツコツとした足音が聞こえ出した。

「ゴハンきた」

女はポツリと言って、私は反射的に洞窟の裏側の岩陰へ逃げるように走った。




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