第6話
後からやって来た者に気付かれる前に、どうにか身を隠すことができたようだ。私はしばらく物陰から女のいる方を盗み見、この場を去る好機を伺うことにした。
あの女が私が隠れていることを後から来た者に告げるようなことがあれば速攻で洞窟の中に逃げ込んでやろう。その局面になったら逃げ足の速さで勝負するしかない。
それにしても、ここが女人禁制の聖域だという話はどうなっているのだ。さっきのは間違いなく女だったではないか。
「今日はアンジェか。これ、今週の食糧」
野太い声の薄毛の男が現れ、おそらく食糧の入っているのであろう籠を砂浜に置いて女に見せた。アンジェと呼ばれた女は立ち上がり籠を除き込む。彼女が立ったとき、私は彼女の背の低さに驚いた。というより、その時初めて、彼女がまだ相当若く、少なくとも未成年であることに気がついた。
「ありがとうございます、エマヌールさま」
少女は微妙な笑顔を貼り付けて言った。
このとき私の中で、よからぬ筋書きが脳裏をよぎった。これが私の単なる杞憂に過ぎなければいいのだが……。
「それでは行こうか」
男は籠を置いたまま少女の手を取った。そして再度、私の隠れている方へ、洞窟の入り口の付近に向かって歩き出した。
私はすぐに現場から目を外して岩陰の奥へ移動した。大丈夫だ。まだ私の存在はバレてないはず。きっとあの二人は洞窟の中へ入って行く。
案の定、二人の足音は洞窟の方へと消えて行った。一時的にことなきを得たが、帰り道の方に行かれてしまって私は逃げるタイミングを失ってしまった。
私は少しの間じっとして、この状況についてありえる筋書きを考えてみた。
どうもアンジェと呼ばれた少女には記憶に新しい面影があった。おそらくあれは“奴隷民族”である。私がこれまで運んで来たものと同じものだ。何らかの理由で奴隷船からここまで脱走したか、漂流したか、そんな所だろう。
そしてどういう訳かそれを見つけた現地民によって彼女は秘密裏に養われている。
これは私の空想に過ぎないが、食糧を得る見返りに少女は身を売っているのではないだろうか。だからここに通う男たちは女人禁制などと後付けのしきたりを作った。
とはいえ、そのようなことが仮にあったとしても私にはまるで関係のない話だ。私はあくまで運び屋。脱走した商品がどこでどのように生計を立てているかなんて気にかけることはない。
自分にそう言い聞かせ、再度砂浜の方を見た。誰もおらず、男が置きっぱなしにした籠だけがそこにあった。
しばらく経ったのち、私は岩陰から出て、洞窟の内部を慎重に覗き込んだ。
無慈悲にも私の予想に狂いはなかったようだ。
少女と男の交差する身体がそこにはあった。
境界の住人 水橋 黄土 @ord1962
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