第4話
もう1時間以上歩いただろうか。
商業地を抜けて、ぽつぽつと住宅の点在する街の離れに歩み行った。
先程まであった人々の生活音は止み、木の葉の風にざわめく音が私の意識に入り込んできた。
時折、車を引いてやってきた行商人とすれ違ったり、この辺りで暮らしているらしい老人から挨拶を貰ったり、そんなことをしているうちに、私はこの町の最もローカルな部分、すなわち深部へと到達したように思われた。
いつの間にか石畳の舗装はなくなっていて、剥き出しになった土に砂埃が舞っている。
これより先を見知らぬ人間が徘徊していると、住民から不審に思われるのではないかと不安になり始めたとき、私は目の前の道に伸びる一本の陰に気付いた。
陰の元を辿るように視線を移すと左手の方に奇妙な建造物が現れた。
周りの民家とは明らかに建築様式が異なっている。苔の茂った岩が、全体を囲むように連なっている。
私はどことなく宗教施設の雰囲気を嗅ぎ取ったが、実際にそうなのかはわからなかった。
不気味さを覚えながらも興味が勝り、私は吸い寄せられるようにこの建造物へと近づいて行った。
周りを歩きながら外観を観察していると、途中で入口らしき箇所を見つけた。成人の男がかろうじて通り抜けられるくらいの岩肌の隙間である。
私は首を突っ込んで中を見渡した。視界は薄暗く、入り口は地下に続いているらしかった。耳を澄ますと下に川が流れているようで、水面をバシャバシャと何かが跳ねる音が聞こえる。
「あら、見知らぬ方ですね。」
突然背後に声が聞こえて私は息を飲んだ。
振り返ると、背の低い女性が私を怪訝そうに伺っていた。歳は私と同じくらいで20代半ばに見えた。
「これはすみません。近くを通りかかったらここが目に留まりまして。一体何かと思って覗いてしまいました。」
人畜無害な放浪者を演じようとして、通常より高い声で私は応答した。
「そうなんですね。遠くから来られたんですか?」
警戒して訊いているのか単なる世間話なのか、彼女の表情からは判然としなかった。ただ、どこか幸薄な印象の奥二重の目が、私の挙動を静かに捉えている。
「ええ、元々は都にいたのですが、少し休暇をとってこの辺りに泊まりに来ているんです」
反射的に虚言が口をついて出た。
船乗りを認めても良かったが、船で何を運んでいるのか、そこに話題が飛ぶことを私は恐れていた。
「珍しいですね、旅人さんなんて」
彼女は興味ありげにそう答えた。
確かに、わざわざ休暇でこのような地方の港に訪れる人間など滅多にないだろう。海流や風の影響を鑑みた結果、終点をこの町に設定するのが船会社に都合が良かった。ただそれだけの理由で私はここにいる。
「ところで、ここは一体……」
私自身から話を逸らすため、先程から隣に鎮座するこの奇妙な岩の塊について尋ねてみた。
「そこは沐浴場です。中の洞窟に地下水が流れていて、海岸まで繋がっています」
彼女は惜しげもなく、この岩塊の内部について語った。
「まあ、私は入ったこと無いんですけど」
付け足すように彼女は言った。
「ここ、女人禁制で、私たちは入ること許されてないんです」
「そうなんですか。やはり何か神聖な場所なんでしょうか」
「そういうことになっていますが、まあ、あまり大声では言えないんですけどね、中では色々事情があるとは聞きます」
私が内部の詳細について問うと、彼女は急に言葉を濁し出した。この沐浴場は単に身を清める場ではないのだろうか。
「今、中に誰かいるんですか」
これ以上の詮索は悪手のような気もしたが、私は敢えて尋ねた。
「ええ、居ますよ。昔からずっと」
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