8.4. 異邦人の責務
そう二人であるのなら。
「フヒヒ、無駄じゃないよ――」
どこからともなく声が聞こえた。
同時に、マオカの横からエメラルド色の柱が突き出ると、リアクタンスを吹き飛ばす。
「これは……まさか」
「ズィーラさんの魔法だ!」
突き出したエメラルドの粘柱は広がると、盾になるようにマオカの前に展開する。そのまま宙に浮かんだリアクタンスに突撃すると、一気に吹き飛ばした。先ほどとは逆に、リアクタンスが壁に叩きつけられる。
「フヒヒ、念のため分けておいて正解だったね、粘だけに」
粘液は人の形をとる。それは、ちょうど小学生くらいの背丈のズィーラだった。
「まさか、ズィーラさん?」
小さな魔女は、二人に振り返る。その得意気な顔は彼女がよく知る魔女そのものだ。
「ちょっと違うね。彼女の一部が分離して使い魔になってるようなものだよ。
僕たち魔法使いが『迷宮』から魔法を取り出すときに、自分の一部を管理者として――って、今はそんなタイミングじゃなかったね」
ズィーラの視線の先には、立ち上がろうとしているリアクタンスの姿があった。
勇者の一撃を受け、今また痛打を受けたというのにその闘志に衰えはない。
「賢者、ズィーラ」
憎々し気に吐き出すと、瞳が怪しく光った。
「何故、だ、何故貴様まで魔王に味方をする」
それはもっともな疑問であった。
彼女にとって、第一の目的であった勇者の捜索は無事に終わった。第二の目的であった魔王の封印も、放っておけば完了する。
戦う理由はない。だからズィーラ本体も既に『迷宮』の外に消えている。
「はあ……君はつまらないね」
心の底から呆れたように、嘲笑う。
「簡単なことだよ。ボクたちはこの世界に呪いをもたらした責任がある。最後まで君のような不埒物と対峙する必要があるのさ」
『迷宮病』をこの世界にもたらしたのは、魔王を封印するためにかけた呪い。
ズィーラ自身もそれが必要であったことは理解している。だが、自分たちの世界が平和になって終わり、とはならないのだ。
「勇者が倒すべきは魔王だろう」
「違うね、勇者は己が意思で倒すべき悪を選ばないといけない」
賢者の端末は凛々しく声をあげる。
勇者の剣は誰かの作った大義のために振るわれるものではない。国家から依頼された魔王の討伐のためだけに存在するのではない。
ユウキ――ユーシアは自分の内に眠る力は、聖剣と言っても誰かを殺すための力であると言った。自分の意思で殺すための力を振るわなければならないと言った。
泣いている人がいた。苦しんでいる人がいた。
いつだって血を流しながら、誰かのために戦ってきた。
「記号としての責務ではなく、内なる聖剣を自分の意思で振る必要がある」
その手で、守るべきものを選んで戦ってきたのだ。
それは、仲間であるズィーラも同じ。
だから、彼がこの場に居た時に言っていたであろう言葉で戦線布告をする。
「彼の言葉を借りるなら、妹の友達を守るだけだ、とね」
粘液が弾けると針になって飛び出していく。
リアクタンスも黒い羽を分離させ、刃にする。
飛び込んでくる針を剣で払いながら迫る。小さなズィーラも杖手に生み出すと、一閃を受け止めた。
「ちっ! 勢い任せの一撃では埒があきませんか」
リアクタンスが距離を取る。再び魔力を練り始めた。
「さあ、行ってきなよ。この使い魔じゃあ足止めが精々だ」
使い魔も粘液を床に広げると、迎撃の姿勢を取る。
「その、ありがとうごございます!」
マナは軽く会釈すると、再び走り始めた。
使い魔は満足へに微笑むと、最後の言葉を背中におくる。
「世界の終わりまで逃げることが出来たのなら、君たちの勝ちだ」
再び戦闘の音が聞こえてくる。
二人は振り返らずに走り続けた。
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