第八章 迷宮ブレイブシスター

8.1. 告白

 空の色がおかしくなった時から、少年の世界は壊れ始めた。

 大人たちの気配は消えて、街から人の気配は消えていった。だと言うのにテレビはいつものように番組を放送して、まるで『そうだったか』のようにスーパーには商品が補充されていく。

 おかしいけれど、回っている世界。


 最初に一日は何もしなかった。

 そんなことは一日で飽きて、学校に行くことにした。


 登校している生徒も居ないし、教師も居ない。

 あてもなく校舎をさまよっていると、とあるクラスから人の気配がした。

 藁にもすがるつもりでドアを開けると、人が居た。


「君たちは、何をしているの?」

「友達を待っているんだ。病気の友達と、それを連れ戻すって言った」


 彼らは、まだやることが残っているから居るのだと。

 そう考えた時、自分にもやり残したことがあると気が付いた。


 少年は待つ。

 体育館裏で、誰かが来るのを。

 それは、無駄にはならなかった。


◆◆◆


 鍵宮マナは校舎の前に立っていた。

 僅か数日の出来事だと言うのに、長い間離れていたように思えた。


「ごめんね、マオちゃん。ここで待っていてもらっていい」


 後ろには親友。そして、その仲間たちが立っている。

 かつては恐怖の対象であった。けれど、今は怖くない。


「行ってきなさい!」

「うん!」


 少女は校舎裏へと走り出した。


「ひふ、まあ、他人の告白の邪魔はしたくないしね」

「そーそー、私の仲間たちは空気を読めるもんね~」


 アイリンとズィーア、完全に弛緩した空気を出す二人は、適当な場所に座り込むと結果を待つ。

 誠は律儀に立っていた。


「誠さんも座ってていいんですよ」

「いや、君が緊張した顔で立っているからね。付き合おう」


 相変わらずの真面目な返答に、少しだけ笑っていた。


「それに、その言葉は兄にも言うべきではないかな。彼も律儀に立っているぞ」

「あ、アニキはそのままでいて。なんか悔しいから」

「なんじゃそりゃ」


 時間の流れは遅かった。

 もういいだろう、と思って校舎の外壁に備え付けられている時計を見ても、一分も過ぎていない。

 一秒が長かった。

 自分自身の事ではないと言うのに、マオカたちは緊張していた。


 暫くして、マナがゆっくりと帰って来た。

 泣いているのがわかった。


「マナ、どうしたの?」

「酷い振られ方をしたのか、そんなら俺が殴ってくるぞ」

「なんならアイリンの夢魔の力で強制的に惚れさせちゃうよ!」


 勝手に盛り上がる周囲を前に、ゆっくりと首を横に振る。


「告白は……受け入れてもらえた……だから、だからそこで全部わかっちゃったの。

 私の中の、本当の心残りが」


 そうして、マナは――魔王は自身の過去を語り始めた。


◆◆◆


 魔王と呼ばれる前、彼女は一人の少女だった。

 王都からは離れた辺境の町で生まれ、そこで一生を終えるであろう平凡な少女。

 家族と笑い、友と遊び、そして当たり前のように恋をした少女。


 ただ、彼女が恋をした相手が少し変わり物だった。

 田舎に隠匿した天才。その卓越した知能で頭角を現したものの、不器用な性格が原因で都を追われた青年。

 彼が時折見せる優しさが嬉しかった。

 貸してくれた本の内容を語らうのが楽しみだった。


 彼はよく口にした。


『自分に力があれば、何か変わっていたのかな』


 ある日のことだった。

 いつものように青年の元を訪れた少女。呼んでも出てこないことに不審に思い、ドアに手をかけると鍵はかかっていなかった。

 家の中、床に倒れ伏す青年の姿を見つけた。

 幸いにして命には別条はなかった。

 彼は、昔の敵に襲われたこと。心配はいらないと言った。


 少女は、青年の力になりたかった。

 彼を守りたい。彼の力になりたい。彼の素晴らしさを知らしめたい。

 その一心で、強くなった。

 だけど、強くなったところで何も出来なかった。


 青年は少女が用事で村を離れている内に殺された。

 目的を失った力は憎しみの心で歪んでいた。


 都の権力者を倒すころには、自分自身は世界の敵になっていた。


 戦いの果てに何を望んだのだろう。

 愛する人を認めなかった世界を壊すことだったろうか。それも目的の一つであることは否めない。

 付き従う魔物たちは、それで満足だったろう。

 リアクタンスもそのうちの一人だった。ただ現状に我慢できず、戦うことを選んだ存在。

 彼にとっては、魔王はただの道具で、都合のいい神輿でしかなかったのだろう。


 戦う彼女には、もはや心は残っていなかった。

 何が目的であるかも、曖昧になっていたのだろう。

 勇者に討ち果たされ、野望を打ち砕かれるのも無理はなかった。


 だけど――

 ――ようやく、彼女は思い出すことが出来た。


「きっと、私はあの人に好きだと伝えられなかったのが悔しかっただけなんだ」


 それは、本当に単純なことだったのだと。

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