7.3. 聖剣の勇者

 街の中央にある駅。ベンチの上に少女は居た。

 虚ろな瞳で空を見上げている。


 彼女に近づく足音があった。


「や、久しぶり」


 マナは緩慢な動きで声の主を見る。

 視線の先に立っていたのはマオカ。

 その手には、置いてきたはずの宝石が握られている。


「帰ろう、やることが残ってるよ」

「残ってるって? 何?」


 色の無かった瞳に、悲しみが広がっていく。


「マオちゃんは知らないかもしれないけど、私は異世界で魔王だった」

「あ、それは知ってる」

「知らない! 私の力のせいでどれくらいの命が散っていったのか、想像もできない」

「うん、きっとそう。アタシはなーんも分からない。だってアタシは田舎町の女子高生。クラスメイトのあなたの姿しか知らない」


 手のひらを開く。

 宝石は、いつの間にか便箋へと姿を戻していた。


「それでも、あなたにやり残したことがあるのは分かってる。

 それはね――」


 はじまりは、いつもの朝。

 教室に入ってきた挨拶をした少女は、窓の外から校庭を眺めていた。

 その視線は一点に注がれている。

 誰か、と問いかけたら、熱っぽい口調でどんな人なのかを教えてくれた。


「あなたの恋に、決着をつけること」


 それは恋。

 仮に、その世界が『迷宮』の中に作られたものだとしても、本物で。

 その恋を、美しいとマオカは思った。

 美しいと思った心は、本物だと今でも胸を張っている。


 下駄箱に入れたラブレター。

 病気を告げられて、失った機会。

 それでも待ってくれていた先輩。

 それは、世界が壊れても変わらない。


「自分の想いをちゃんと伝えて、ケジメを付けなさい!」


 その気持ちに報いろと、容赦なく突き付ける。


「……それだけ?」

「それ以上に大事なことなんてないでしょ!」


 あまりにも堂々として、迷いのない瞳が迷える少女に突き刺される。

 それは痛くない。

 未来に向かって、心を押してくれる。

 だから、気が付けば笑っていた。

 目の前の友達と同じように、笑っていた。


 少女の瞳の中に存在するのは、ただの友達の姿だった。


「……うん」


 そこに居るのは誰だろう。

 ここに居るのは誰だろう。

 それは罪をもった魔王だろうか。


 ――いや、違う。

 ――ただ、鍵宮マナとして望まれた少女が居る。


「そうだね」


 少女は親友の手を取る。

 ラブレターは輝き出し、ステンドグラスの空を吹き飛ばした。


◆◆◆


 時間にして一瞬だった。

 マオカがマナの肉体へと消えた刹那、リアクタンスは苦しみ始めた。


 変化はすぐに訪れた。

 マナの肉体から光が溢れると、黒い巨大な蝙蝠が肉体からはじき出される。

 同時にユウキの使っていた拘束術式が解ける。

 空中に取り残されたのは二人の少女と誠。


「わわ、落ちる!?」

「マオカ君、もう一度心の中に!」

「うぁ―っ!?」


 パニック状態の三人を粘液の膜が包み込む。

 そのまま地面へと落下するが、トランポリンのように撥ねると傷一つなく着地した。


「まったく、着地方法くらい考えないのかい」


 呆れたように言うズィーアではあるが、微笑んでいた。


「君の兄そっくりだよ」

「そりゃもう、兄弟ですから」


 今度は声を出して笑った。


◆◆◆


 上空では未だに戦いは続いていた。

 巨大な蝙蝠の本体だけになったとはいえ、空中戦は圧倒的にリアクタンスに分がある。

 だが、それも長くは続かない。


「勇者君、待たせたね!」


 地上から粘液の針が飛んでくる。

 それは上空で止まると粘液の石となり、星のように夜空に浮かぶ。

 勇者と魔物を取り囲むように、ドーム状に広がっていく。

 360度を粘石の欠片に囲まれた状態。ドームの真ん中にリアクタンスはいる。


「これだけあれば十分だろ」

「ああ!」


 勇者が石を蹴る。蝙蝠の逃げ道を塞ぐように四方八方に細かく飛び回る。

 跳躍の度に夜空に聖剣の光が奔る。光はまるで稲妻のような速度で広がっていく。

 すれ違いざまに刃が振るわれる。


「あれ、私たちの技じゃないか?」

『うわ、一瞬で奪うとか大人げないなあ、アニキ』


 光の軌跡を見上げながら、呆れたような誠たち。

 先ほどまでの切迫した空気はなかった。


「だろうね。まったく、全力全開じゃないか」


 ズィーラも、もはや勇者の勝利を疑っていない。

 そうしているうちに、また一撃がリアクタンスに入った。


「がっ!?」


 逃れようとしても光の筋は先回りし、襲い掛かってくる。

 裂傷が増えていく。集中力が飛んでいく。

 痛みに耐えかねて、体をよじる。そこに、致命的な隙が生まれた。


「アイリン!」

光刃エッジ! 4連くらいいけるでしょ!』

「もちろん!」


 剣を振るうと斬撃が光の刃となって飛び出す。


「ぐぁぁぁあ」


 翅を切り裂くと、蝙蝠が苦悶の声をあげる。

 もはや飛ぶことすらかなわない。

 落ちていくリアクタンスに、高空から勇者が襲い掛かる。


円空フル!」

ムーン!!』


 逃げることすらできない悪魔に、聖剣の一閃が襲いかかる。

 斬撃の軌道は真円となり、吹き荒れる魔力は円状に広がっていく。


 光の波が空を覆っていた黒煙を吹き飛ばす。黄金の光は満月のように夜空を照らす。

 それも、僅かの間。

 聖剣は光の粒子となって消えていく。


 残されたのは、真っ二つになった敵の残骸だけだった。

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