5.5. 最奥

 勇者たちの参戦により、戦闘は簡単に終わった。

 周囲から完全に危険が排除されたことを確認したのち、一行は屋根から降りた。

 

「はい、お疲れ様」


 待っていたユウキは、三人に缶ジュースを差し出した。


「フヒヒ、まあ無事に合流出来てよかったよ。やっぱり普段から対策を決めていくことに越したことはないね」

『でしょ! ちゃんと覚えてたんだから』


 ユウキの中に居るので顔は見えないが、自信満々のドヤ顔であることは皆が想像出来た。


「ふ~ん、最初は泣いてたのにね!」

『もう!知らないからね!!』


 笑う誠とマオカを、事情を知らない二人は不思議そうに眺めていた。


「このジュースはどうしたんだ?」

「あそこの自販機です。金入れたらちゃんと動きました」

「なるほど。現実を元に再現された世界だからな、当然か……」


 誠はふと考える。何故電気が通じているのか、入れた金はどうなるのか、気にすればいくらでも疑問は出てくるが、ひとまず深追いをしないと決めた。


「さて、どうするかな。僕たちは大丈夫だけど、君たちは大分消耗している。一度『迷宮』の外に出るのも選択肢に一つだけど」

「ううん、行こう! マナはあと少しなんでしょう」


 マオカが下駄箱で見つけた宝石は、今までよりも強く輝いている。

 確実に、目的の場所は近づいていた。


「私も賛成だ、昨日のホームセンターでの調査が本当なら、少しでも急いだほうがいい」

『私も! ユー君の中なら無敵だもんね!」

 懸念していた三人のモチベーションが高いのなら、ズィーラも否定する要素はなかった。


◆◆◆


 灰色の商店街を一行は往く。

 幸いにして、周囲に敵の気配はない。


「これなら、警戒して剣を出しっぱなしにしておく必要もなかったかな」


 ユウキの手には聖剣が抜刀されたままである。

 先ほどの戦闘での討ちもらしがあるかもしれないと警戒しての行動であるが、無用の判断であったようだ。


「ま、気にしても仕方ないよ」


 結局、先程の戦闘を考えれば驚く程スムーズに商店街を抜けることが出来た。


『ようこそ藍世町商店街へ』


 虹を模したアーチに書かれた、旅人を迎える言葉。商店の入り口をくぐり抜けると、マオカが持つ宝石が再び輝いた。

 光の中に見えたのは、この街の入り口である藍世駅であった。


「ここが……」


 街の中央の駅。待ち合わせのベンチに一人の少女が座っていた。

 色のない瞳で薄明と黄昏の混ざった空を見上げている。


「マナ!!」


 その姿を見つけると、マオカはすぐさま駆け寄った。

 手を握る。冷たいけれど体温は残っている。

 脈も感じられたし、呼吸だった残っている。


「あっあっ……」


 けれど、何かに怯えているようだった。

 どこも見ていいない瞳は恐怖に潰れていて、声も出せない。


「どうする? このまま放置するわけにもいくない」

「とりあえず、『迷宮』から一度連れ出そう。勇者君、背負ってくれるかい」

「分かった」


 ユウキが強引に背負おうとした時だった。


「……あっ、あっ……聖剣」


 マナの瞳に、ユウキが持つ剣が映る。


 それは、トリガーだった。


 突如、マナが苦しみだした。頭を抱えると、体を激しく震わす。

 明らかに怯えていた。その正体も分からず、皆は困惑する。


「落ち着いてマナ! あの光を見て! うちのアニキが守ってくれるんだから!!

 アニキは異世界の勇者で、聖剣の光は怖くないよ!」


 安心させるためにかけた言葉。それが間違いであった。


「聖剣……勇者……やめて、許して!!」


 マナの瞳が赤く染まる。人の物ではない、異形の色に染まる。


「勇者――聖剣、その言葉に怯えるのなら間違いない!

 剣をしまって、勇者君」

「くそ、まさか……」

『もう、目覚めちゃったの『魔王様』が』


 ユウキは剣の両端を持つと、膝に叩きつける。

 棒が折れるように、あっさりと聖剣は折れた。折れた剣から光の粒が生み出され、『迷宮』に溶けていく。


「あっさり折れるんだな」

「結局は俺の中にある力だから」


 あくまで聖剣はユウキの内から生み出された力だ。いくら折っても支障はない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

「大丈夫。俺はこの剣を振るうためにここに来たんじゃない」

「そうだよ、アニキはマナを助けに来たんだ。だから大丈夫」

「マ、マオカ?」


 マオカの言葉に僅かにマナは反応する。


「あっあっあっ……そうだ、私は……」


 親友の言葉に、状況は変わった――


「隙を見せましたね」


 だが、もう遅かった。

 ビルの上から影が降りてくる。

 モザイクの空を背負っての、鬼の仮面が降ってくる。


「くそ、最後まで邪魔をする気か、変態仮面!」


 誠は即座にマオカとマナを守る様に立つ。

 ズィーアは体の一部を液化されると、いつでも術式を発動できるように待機する。

 そして、ユウキは再び剣を取りだす。

 だが、その全てが遅かった。抜刀は一瞬遅れ、それが致命的であった。

仮面の男はユウキたちを無視し、一直線にマナに向かって飛び掛かる。


「つっ!」


 誠が盾になろうとしたが、一瞬にして距離を詰められる。異形の拳によって、容易く吹き飛ばされてしまう。

 それはマオカも一緒で、まったくの無力であった。


「見つけましたよ、魔王様」


 黒い翼がマナを包み込む。

 黒い空間が閉じていき、まるで卵のようになる。


 完全に閉じられたとき、世界にヒビが入った。

 ハリボテのビルはみるみるうちに縮んでいく。大地が崩れて空に吸い込まれ行く。


「ズィーア!」

「分かってる! 強制送還!!」


 強引に発動された術式。マオカは何が起こっているかも理解出来ずに光に包まれた。

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